マネ碁
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白番マネ碁
太閤碁
太閤碁という名称は、碁を知らなかった豊臣秀吉が碁を打たねばならなくなった時、臣下の者の入れ知恵によって第一着を天元に打ち、後を相手のマネをして一目勝ちを収めたという逸話に由来する。ただし、その気になれば碁を知らない相手に太閤碁を打たれても回避は容易であり(下図はその一例)、秀吉自身も実際にはかなり碁をたしなんでいたことから、この話は後世の作り話であろうとされる。
史上有名な太閤碁としては、呉清源が来日初手合で木谷實相手に打ったものがある。呉は63手目までマネを続けたが、結果は木谷の妙手もあり白の3目勝ちに終わった。
- 呉清源(黒)-木谷實(1929年)
太閤碁はコミなしの碁で1目勝ちを目指すならある程度有力な戦法であるが、現代では6目半のコミを出すのが容易でないため打たれることはない。
マネ碁の評価
藤沢朋斎はかなり長期にわたってマネ碁を打ち続けたが、「創造性に欠ける」などとして評価は決して高いものではなかった(藤沢のマネ碁の勝率は通算勝率より相当低い)。また白番マネ碁は、対策が進んだ事もあって勝率は5割を切ったとの統計もあり、戦法としても有効とは言い難い。対策を知らないアマチュア相手にはある程度力を発揮することもある。