ライプツィヒ市電
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| ライプツィヒ市電 | |||
|---|---|---|---|
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Goerdelerring停留所で並ぶ路面電車 | |||
| 基本情報 | |||
| 国 |
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| 所在地 | ライプツィヒ | ||
| 種類 | 路面電車 | ||
| 停留所数 | 522 | ||
| 輸送実績 | 1億2,700万人(2018年度) | ||
| 開業 |
1872年5月18日(馬車鉄道) 1896年4月17日(路面電車) | ||
| 運営者 | ライプツィヒ運輸有限会社(LVB) | ||
| 路線諸元 | |||
| 路線距離 | 146 km | ||
| 営業キロ | 213.6 km | ||
| 軌間 | 1,458 mm | ||
| 線路数 | 313.7 km | ||
| 電化区間 | 全区間 | ||
| 電化方式 |
直流600 V (架空電車線方式) | ||
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ライプツィヒ市電(ドイツ語: Straßenbahn Leipzig)は、ザクセン州最大の都市であるライプツィヒを走る路面電車。ライプツィヒ中央駅に接続するライプツィヒ中心部の環状線を中心に放射状に延びる路線を有する。2019年の時点で総延長は146kmに達しており、ドイツの路面電車ではケルン・シュタットバーン、ベルリン市電に次ぐ大規模な路線網を誇る。2019年現在は路線バスと共にライプツィヒの公共交通管理企業であるライプツィヒ運輸有限会社(Leipziger Verkehrsbetriebe GmBH、LVB)によって運営される[1][2][3][4]。
ライプツィヒ市電のルーツは、1860年に設立され1872年5月18日から営業運転を開始したライプツィヒ馬車鉄道(LPE)に遡る。建設の際、車輪のフランジとレールの間に塵埃などの異物が詰まると発車時に馬の負担が増加する事から、標準軌用の車輪の外側とレールの外側を合わせ、フランジとレール間の隙間を広く取った結果、現在まで用いられる1,458 mmという独特の軌間になったと言われている[注釈 1]。最盛期の1895年には路線長92km、馬2,100頭、客車172両、年間利用客数は2,100万人に達したが、翌1896年4月17日に大ライプツィヒ路面鉄道(GLSt)が、同年5月20日にライプツィヒ電化路面鉄道(LGSt)という2つの電化路面鉄道が営業運転を開始した事で、LPEの馬車鉄道は1897年4月16日をもって廃止された。それに代わってライプツィヒ市内で路線延長を重ねた2社の車両はそれぞれ異なる塗装を纏っており、GLStは側面腰羽目板部分が青色に塗られていた事から"青電"(Blaue)、LGStは腰羽目板および窓枠が赤色だった事から"赤電"(Rote)という愛称で呼ばれていた[2][6]。
- 路面電車開業100周年記念に復活した馬車鉄道(1972年撮影)
- "青電"
GLStの電車 - "赤電"
LGStの電車
1900年にGLStは運輸業務を子会社のライプツィヒ郊外鉄道(LAAG)に移管した。1916年12月31日にはGLStがLGStを吸収合併し、総延長144.8kmの路線網となった。それに伴い"青電"・"赤電"と呼ばれていた塗装が全面をアイボリーに塗り窓下に細い青色の線を描たものに変更され、以降長期に渡ってライプツィヒの路面電車の標準塗装となった。また合併後は一部廃止を伴う大規模な路線再編も実施された。1926年からは低床構造を取り入れた車両が多数導入したが、1931年を最後に新車の導入は長らく途絶える事となった[2][6]。
1933年にGLStの運輸業務がライプツィヒ市に移管された事で、路面電車は実質的に公営路線となった。それに伴い略称も"LVB"に変更され、1938年には社名も市営ライプツィヒ運輸に改められた。第二次世界大戦中の1945年にライプツィヒは連合軍による空襲に晒され、市電も運行不能になるほどの大きな被害を受けた他、終戦後も再建されず廃止される路線も多数存在した[2][6][7]。
東西ドイツ分割によりライプツィヒは社会主義国家の東ドイツ側の都市になったため、1951年にソ連の指導により他の都市と同様市電は国営企業(国営ライプツィヒ市運輸)に改められた。同年以降、東ドイツ国内で製造された二軸車や連接車{の配給が実施され、1969年以降は更なる輸送力増強のためチェコスロバキアのタトラ国営会社スミーホフ工場(ČKDタトラ)で製造されたタトラカーの大量配給が行われた[2][6][7]。
東西ドイツが併合した1990年、ライプツィヒ市電は再度民営会社となり、社名もライプツィヒ運輸有限会社(LVB)となった。1994年には初の超低床電車となるNGT8形が導入された。だが特殊な技術を用いた超低床電車は導入のコストが嵩む事から、ライプツィヒ市電は自社工場を用い既存の技術を用いた安価な超低床電車を製造するプロジェクトを立ち上げた。そして2003年以降、子会社として設立したライプツィヒ車両サービス企業有限会社(現:ハイターブリック)[6]によって製造されたNGTW6形"レオライナー"の導入が行われた。それ以外にもLVBでは子会社の分離を含めた事業再編が進行し、1999年以降軌道の保守はライプツィヒ軌道・道路保全会社(Leipziger Gleis und Straßeninstandhaltungsbetriebe、LIB)が担当している[2][6][8]。
- ライプツィヒ市電の工場で製造された"レオライナー"(2005年撮影)
環境意識の高まりに伴う公共交通の見直しに加え、運行間隔の調整やバスとの連携、イベント時の臨時系統の設定など需要を踏まえた様々な施策が功を奏し、ライプツィヒ市内の公共交通機関の利用客は年々増加している。路面電車とバスを合わせて1億5600万人が利用した2017年度には前年度に比べて利用客数は5.3%も増加した他、収益も関税措置や利用客の増加により、前年から3.9%増加した1億980万ユーロを記録している。今後は新型車両の導入や、チケット購入も可能なスマートフォン用アプリ"easy.GO"の展開など、更なる利用客の増加や定着を図っていく[2][4]。
- NGT12-LEI形は登場時世界最長の路面電車車両だった
- 最新鋭車両であるNGT10形
- ライプツィヒ市電の路線図
運行
車両
現有車両
2017年時点でライプツィヒ市電の定期列車に使用されている車種は以下の通りである(2012年に引退したB4D-M形を除く)[4]。
T4D-M・B4D-M形



東ドイツ時代に導入されたタトラカーのT4D形(電動車)およびB4D形(付随車)に長年の酷使による老朽化が目立った事から、1980年代以降に製造された車両に対して民営化後に延命を兼ねた更新工事が行われた。1992年から1995年に行われた工事の内容は窓や座席、前照灯の交換、方向幕の大型化、換気装置の改善、運転台の空調装置の設置、台車更新など多岐に渡り、1994年以降は騒音防止のため台車外側にカバーが設置された。また制御装置もIGBT素子を用いた電機子チョッパ制御に変更され、メンテナンスの簡素化が図られた。これらの改造が施された車両はT4D-M形(97両)・B4D-M形(45両)と形式名が改められた。更に1996年から1999年にはT4D-M形70両の更新工事が行われたが、工事内容は簡素化し運転台の空調装置の搭載や制御装置の交換が省略された。また2001年以降は保安対策のため車内に監視カメラが設置された。これらの車両は更新時期や内容の違いにより、以下の形式名でも呼ばれる[13][14][15]。
B4D-M形は後述するB4D-NF形も含め、NB4形などの新型車両に置き換えられ2012年までに廃車された一方、T4D-M形は2019年現在も営業運転に用いられているが、こちらも後継車両の導入に伴い廃車が進行しており、新型電車への置き換えにより2028年までに引退する事が予定されている。一方、2010年以降一部車両がブルガリア・ソフィア市電(ソフィア)やウクライナ・ドニプロ市電(ドニプロ)など国外へ譲渡されている[14][15][16][17]。
| 形式 | 改造年 | 総数 | 軌間 | 編成 | 運転台数 |
|---|---|---|---|---|---|
| T4D-M B4D-M |
1992-98 (T4D-M) 1992-95 (B4D-M) |
167両(T4D) 45両(B4D) |
1,458mm | 単車 | 片運転台(T4D-M) |
| 全長 | 全幅 | 重量 | 車輪径 | 営業最高速度 | |
| 14,940mm | 2,200mm | 17.0t(T4D) 13.5t(B4D) |
900mm | 55km/h | |
| 着席定員 | 立席定員 | 電動機出力 | 車両出力 | 備考・参考 | |
| 28人(T4D) 28人(B4D) |
50人(T4D) 53人(B4D) |
43kW(T4D) | 172kW(T4D) | [3][7] | |
NGT8形

1994年から1998年にかけてデュワグ、DWAで製造された、ライプツィヒ市電初の超低床電車。片運転台式の3車体連接車車内の70%が低床構造となっている。56編成が製造された[3][18]。
NB4形

低コストで低床化を進めるために導入されたボンバルディア・トランスポーテーション製の超低床付随車。T4D形やNGTW6形などの動力車と連結して用いられる。ロストック市電との同時発注が実施され、2013年以降はロストック市電から譲渡された5両も運用に就く[3][19][20]。
NGTW6-L形

ライプツィヒ車両サービス企業有限会社(現:ハイターブリック)によって2003年から2011年まで製造された部分超低床電車。社内の60%が低床構造となっており、動力台車をT4D形と同型のボギー台車とするなど製造コスト削減やメンテナンスの簡素化を図っている。愛称の"レオライナー"の由来はライプツィヒの市章に描かれた獅子である[3][21][22]。
NGT12-LEI形

タトラカーの置き換えに導入された部分超低床電車。タトラカーによる3両編成に匹敵する定員数を有する全長45m級の5車体連接車で、製造メーカーのボンバルディア・トランスポーテーションからはフレキシティ・クラシック・XXLとも呼ばれる。2005年から2012年まで計33編成が導入された[3][23][24]。
NGT10形

ポーランドのソラリス(現:シュタッドラー・ポルスカ)によって製造が行われている最新形式。全長37.6mの4車体連接車で、製造メーカーからはトラミーノ・XLとも呼ばれている。2016年から2020年までに61編成が導入される予定である[25][26]。
過去の車両
引退した車両の一部はライプツィヒ路面電車博物館(Straßenbahnmuseum Leipzig)に保存され、本線上での動態保存運転も実施されている[27]。
二軸車・連接車
第二次世界大戦終戦後、東ドイツの国有路線となったライプツィヒ市電には1951年から1971年まで東ドイツやチェコスロバキアの国営工場で生産された二軸車やフローティング車体を有した3車体連接車が大量に配給され、増加する輸送需要に対応した[7][28]。
T4D形・B4D形


東側諸国の標準型路面電車であるタトラカーのうち、軌道とプラットホームの間が狭い東ドイツの条件に対応した形式。ライプツィヒ市電ではT4D形(電動車)が33形(Typ 33)[32]、B4D形(付随車)が65形(Typ 65)[33]とも呼ばれていた。戦前製の車両の老朽化に加え上記の二軸車や連接車でも追いつけないほど輸送需要が逼迫した事を受けて大量導入が行われ、1972年から1986年まで東ドイツに導入されたT4・B4形の中で最多の両数となる計680両(T4D形483両、B4D形197両)が配給された[13][34][35]。
1991年以降、1980年代製車両の一部が前述のT4D-M・B4D-M形へ更新された一方、実施されなかった車両についても塗装変更や座席の交換が実施された。しかし老朽化が進んだ事で後継車となる超低床電車への置き換えが進み、2006年のFIFAワールドカップ時に増便された列車に用いられたのを最後に同年7月21日をもって営業運転から引退した[3][7][34][35]。
| 形式 | 製造年 | 総数 | 軌間 | 編成 | 運転台数 |
|---|---|---|---|---|---|
| T4D B4D |
1969-1986 | 483両(T4D) 197両(B4D) |
1,458mm | 単車 | 片運転台(T4D) |
| 全長 | 全幅 | 重量 | 車輪径 | 営業最高速度 | |
| 14,940mm | 2,200mm | 17.0t(T4D) 13.5t(B4D) |
900mm | 55km/h | |
| 着席定員 | 立席定員 | 電動機出力 | 車両出力 | 備考・参考 | |
| 26人(T4D) 28人(B4D) |
47人(T4D) 59人(B4D) |
43kW(T4D) | 172kW(T4D) | [3][7] | |
B4D-NF形

B4D-M形を改造した部分超低床付随車。65d形(Typ 65d)とも呼ばれた。中央部が低床構造となった他、中央の乗降扉が隣り合った2基に増設され、扉面積が拡大した事で車椅子やベビーカーの乗降の容易さが図られた。2003年から2004年にかけて4両(791-794)が改造された他、2009年にもNB4形の故障頻発に伴う4両(795-798)の追加改造が実施された。T4D-M形に牽引される形で運用されていたが、T4D-M形の廃車進行やB4D-NF形自体の老朽化に伴い2017年までに全車廃車された[36][37][38]。
KT4D形

車体間がサブフレームによって接続されている、小型2車体連接式のタトラカー。ライプツィヒ市電には1976年に8両(1301-1308)が配給され、34形(Typ 34)の形式名も与えられたが、T4D形と比べて収容量が不足していた事から1984年に全車ともベルリン市電へ移籍した。そのうち1308は1997年にライプツィヒ路面電車博物館が購入する形で里帰りを果たし、2005年以降ライプツィヒ市電での動態保存運転が実施されている[32][31][39]。
塗装については最初に導入された1301・1302が他形式と同じアイボリーを基調としたものだったが、1303・1304は車体の上半分をアイボリー、下半分を濃い青色とした塗装に変更され、1301・1302も後年同様の塗装に改められた。1305-1308は車体下半分の塗装がオレンジ色となったが1306-1308については後に青色へ変更されている。2019年現在動態保存されている1308については登場当時のオレンジ色に復元されている[32][31][39]。
| 形式 | 製造年 | 総数 | 軌間 | 編成 | 運転台数 |
|---|---|---|---|---|---|
| KT4D | 1976 | 8両(KT4D) | 1,458mm | 2車体連接車 | 片運転台 |
| 全長 | 全幅 | 全高 | 車輪径 | 重量 | |
| 19,230mm | 2,180mm | 3,400mm | 900mm | 21t | |
| 営業最高速度 | 着席定員 | 立席定員 | 出力 | 備考・参考 | |
| 55km/h | 38人 | 133人 | 43kW×4基 (TE 022H) |
[39][31] | |
T6A2・B6A2形


T4D形・B4D形の後継車として製造されたボギー車タイプのタトラカー。T6A2形(電動車)は35形(Typ 35)、B6A2形(付随車)は67形(Typ 67)とも呼ばれていた。制御装置の部品にサイリスタを用いることでエネルギー消費量の削減が実現した他、車体の形状も角ばったものに改められた。1988年から導入が開始されたが、ドイツ再統一に伴う社会情勢の変化により1991年をもって製造は打ち切られ、両数はT6A2形が28両(1001-1028)、B6A2形が14両(801-828)に留まった。その結果、多数を占めるT4D・B4D形と機器が異なる少数派になってしまった事で早期に置き換えが進み、2007年11月30日をもって定期運用から引退し、2011年までに全車廃車となった。2019年現在、トップナンバーである1001(T6A2形)と801(B6A2形)が保存されている[2][7][40][41]。
| 形式 | 製造年 | 総数 | 軌間 | 編成 | 運転台数 |
|---|---|---|---|---|---|
| T6A2 B6A2 |
1988-1991 | 28両(T6A2) 14両(B6A2) |
1,458mm | 単車 | 片運転台(T6A2) |
| 全長 | 全幅 | 重量 | 車輪径 | 営業最高速度 | |
| 15,340mm | 2,200mm | 18.3t(T6A2) 14.3t(B6A2) |
900mm | 55km/h | |
| 着席定員 | 立席定員 | 電動機出力 | 車両出力 | 備考・参考 | |
| 28人(T6A2) 29人(B6A2) |
49人(T6A2) 55人(B6A2) |
43kW(T6A2) | 172kW(T6A2) | [3][7] | |
観光用車両

市内観光用として、ライプツィヒ市電にはT4D・B4D形を改造した2種類の観光列車が導入された[42][43][44]。
- Offener Leipziger- ライプツィヒ市電電化開業100周年を記念し、1996年にT4D形1両の車体の大部分を改造し、窓が無い開放式の客席とした車両。集電装置がある箇所などを除き屋根も透明な素材を用いて新規に製造された。形式は33o形(1600)に変更されている。2001年にはT4D-M形に準拠した機器の改造を受け、2017年にはドレスデン市電への貸し出しも実施された[5][45]。
- Gläsernen Leipziger - それまで市内観光用に使用されていたゴータカー(1332)に代わる車両として2001年に登場した車両。T4D-M形(電動車)が2両、B4D-M形(付随車)が1両ずつ改造され、中央扉が撤去された他窓は天井まで伸びるパノラマ構造となった。形式名はそれぞれ33g形(Typ 33g)(電動車、1700,1800)、65g形(Typ 65g)(付随車、700)に改められた。"Offener Leipziger"と共に休日に運行されるツアー列車に使用されたが、1800の屋根の破損が報告された事により、他の2両と共に2019年5月14日に行われたさよなら運転を最後に引退した[43][46][47]。
導入予定の車両
NGT12+形
2019年、ライプツィヒ市電を運営するライプツィヒ運輸有限会社はゲルリッツ市電、ツヴィッカウ市電それぞれの運営事業者と共同で新型車両に関する入札を実施し、2021年にハイターブリックとキーペ・エレクトリックのコンソーシアムであるLEIWAGへの発注が決定した。そのうちライプツィヒ市電に導入される車両は「NGT12+形」という形式名が付けられる事になっており、T4D-M・B4D-M形やNGT8形の置き換えを目的に2023年から2025年にかけて片運転台・全長45 mの車両が25両導入される。また、全長45 m級・66両に加えて全長30 m級の車両が64両、合計130両の追加導入が可能なオプション契約も結んでおり、これらの契約がすべて行使された場合、LEIWAG製の車両はライプツィヒ運輸有限会社史上最大の導入両数となる[48][49][50]。