上増田町
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河川
歴史
江戸時代頃からある地名であり、前橋藩領だった。もとは下増田村(現:下増田町)と一村で「増田村」と称していた。
年表
- 天正18年(1590年) - 平岩親吉が前橋城主となり、以降上増田は江戸時代を通じて前橋藩領だった[5]。
- 元禄15年(1702年) - 元禄郷帳に上増田村と下増田村が別に記述されている。寛文8年(1668年)の「上野国郷帳」では増田村として記述されるため、この間に分村されたとみられる[6]。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行により、上増田村は天川大島村、上大島村、下大島村、女屋村、上長磯村、東上野村、野中村、下長磯村、小屋原村、笂井村、下増田村と合併し南勢多郡木瀬村が成立する。
- 明治29年(1896年)4月1日 - 南勢多郡と東群馬郡が統合し勢多郡となる。
- 昭和32年(1957年)1月20日 - 勢多郡木瀬村、荒砥村が合併し城南村が成立する。
- 昭和42年(1967年)5月1日 - 城南村が前橋市へ編入される。そのため前橋市上増田町となる。