荻窪町
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用水
歴史
江戸時代ごろからある地名である。はじめは大胡城主牧野氏領、元和4年に前橋藩領、明和5年に幕府領、天明5年からは再び前橋藩領だった。古くは東荻窪村、西荻窪村に分かれていて、明治5年に一村になったという記録がある[5][6]。
年表
- 天正18年(1590年)8月 - 牧野康成が大胡城主となり、荻窪村は大胡藩の領地となる[6]。
- 元和2年(1616年)7月 - 牧野氏が越後国長峰藩に転出し、荻窪村は前橋藩領となる[6]。
- 明和4年(1767年) - 天領となり代官支配を受ける[6]。
- 天明5年(1785年) - 以後廃藩置県まで前橋藩領となる[6]。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行により、荻窪村は上泉村、江木村、堤村、亀泉村、堀之下村、石関村、東片貝村、西片貝村、幸塚村、上沖之郷、下沖之郷、三俣村と合併し南勢多郡桂萱村が成立する。
- 明治29年(1896年)4月1日 - 郡統合(南勢多郡と東群馬郡の統合)により、桂萱村は勢多郡に所属する。
- 昭和29年(1954年)4月1日 - 桂萱村は周辺1町5村(上川淵村、下川淵村、芳賀村、東村、元総社村、総社町)とともに前橋市へ編入され、前橋市荻窪町となる。
- 昭和48年(1973年) - 当町に荻窪清掃工場が建設された。
- 平成20年(2008年)6月22日 - 国道17号(上武道路)の国道50号 - 群馬県道3号前橋大間々桐生線 間の開通に伴い、当町に初めて国道が通る事となる。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 前橋市立桂萱東小学校 | 前橋市立桂萱中学校 |
交通
鉄道
鉄道駅はないが、町の南端に隣接する位置に上毛電気鉄道上毛線江木駅がある。
バス
道路
国道17号(上武道路)が町の南西端をかすめるように通っており、群馬県道3号前橋大間々桐生線が町の南端を通っており、群馬県道34号渋川大胡線が町の中央を通っている。