荒口町
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赤城山南麓の末端にあたり、西部は荒砥川の左岸、東部は台地に位置している。
歴史
江戸時代頃からある地名である。はじめは大胡城主牧野氏領、元和2年に前橋藩領、明和5年に幕府領代官前沢藤十郎支配地、天明6年から山城淀藩領だった。
年表
- 1889年4月1日 町村制施行により、荒口村は荒子村、ニ之宮村、今井村、富田村、泉沢村、下大屋村、飯土井村、新井村、西大室村、東大室村と合併し南勢多郡荒砥村が成立する。
- 1896年4月1日 南勢多郡と東群馬郡が統合し勢多郡となる。
- 1957年2月20日 木瀬村と合併し城南村が成立する。
- 1967年5月1日 城南村が前橋市へ編入される。そのため前橋市荒口町となる。
- 2008年6月22日 国道17号(上武道路)の国道50号 - 群馬県道3号前橋大間々桐生線 間の開通に伴い、当町に初めて国道が通る事となる。
地名の由来
「あらくち」とは、新しい人、よそから移住してきた人々をさし、その人々が新しい集落を作ったので、「あらくち」と呼んだと考えられている。