勝沢町
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河川
赤城山の南麓に位置している。輻射谷の地形で、藤沢川が貫流している。
- 藤沢川
歴史
江戸時代頃からある地名である。はじめは前橋藩領で、明和4年に幕府領代官前沢藤十郎支配、天明5年から再び前橋藩領になった。
年表
- 1889年4月1日 町村制施行により、勝沢村は小坂子村、五代村、端気村、鳥取村、小神明村、嶺村と合併し南勢多郡芳賀村が成立する。
- 1896年4月1日 郡統合(東群馬郡と南勢多郡の統合)により勢多郡に所属する。
- 1954年4月1日 周辺1町5村(元総社村、上川淵村、下川淵村、桂萱村、群馬郡東村、総社町)とともに芳賀村は前橋市へ編入する。そのため前橋市勝沢町となる。
- 1977年 一部が高花台1-2丁目になる。
- 2012年12月22日 国道17号(上武道路)の群馬県道3号前橋大間々桐生線 - 群馬県道4号前橋赤城線 間の開通に伴い、当町に初めて国道が通る事となる。
地名の由来
藤沢清親が建仁元年頃に字高鼻番城に城を構えていたが、その藤沢氏の「藤」の草冠がとれ「勝」と書き間違えられたため、「フジサワ」が「カツサワ」に読み替えられたといわれている。