後閑町
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前橋市の南部、利根川に注ぐ端気川左岸の前橋台地南側に位置している。南側には水田が点在している。
歴史
江戸時代からある地名で、前橋藩領だった。かつて同町付近には一大古墳群が形成されており、1935年に行われた調査では43基ほどの古墳が確認された。
年表
- 1889年4月1日 - 町村制施行により、後閑村は六供村、市之坪村、上佐鳥村、朝倉村、橳島村、宮地村、下佐鳥村と紅雲分村、宗甫分村、前代田村、天川原村の各一部が合併し東群馬郡上川淵村が成立する。
- 1896年4月1日 - 郡統合(東群馬郡と南勢多郡の統合)により勢多郡に所属する。
- 1954年4月1日 - 周辺1町5村(元総社村、下川淵村、芳賀村、桂萱村、群馬郡東村、総社町)とともに上川淵村は前橋市へ編入する。そのため前橋市後閑町となる。
- 1975年 - 一部が広瀬町一丁目、広瀬町二丁目、広瀬町三丁目、朝倉町四丁目となり、宮川用水以西が後閑町として残った。
- 2017年3月31日 - 町内の前橋市立天神小学校が閉校。
- 2021年4月1日 - 町内の天神小学校跡地に前橋市立明桜中学校が開校。
地名の由来
地名の由来は不詳。律令制下における所有者なしの土地「空閑地(ごかんのち)」、または平安期での政府に未登録の土地「こかん」のどちらかに由来するかとされる。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 一部 | 前橋市立上川淵小学校 前橋市立わかば小学校 | 前橋市立明桜中学校 |