下大屋町
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赤城山南麓の末端に位置している。南東には産泰神社の小高い丘がある。
歴史
江戸時代頃からある地名である。はじめは大胡城牧野氏領、元和2年に前橋藩領、明和5年幕府領代官前沢藤十郎支配地、天明5年に前橋藩領、天保14年に幕府領岩鼻代官林部善太左衛門支配地、弘化2年から武蔵岩槻領となる。
もとは当町と北に隣接する上大屋(現:上大屋町)と1つであったが、上、下に分かれた。
年表
- 1889年4月1日 町村制施行により、下大屋村は荒子村、ニ之宮村、今井村、富田村、荒口村、泉沢村、飯土井村、新井村、西大室村、東大室村と合併し南勢多郡荒砥村が成立する。
- 1896年4月1日 南勢多郡と東群馬郡が統合し勢多郡となる。
- 1957年2月20日 木瀬村と合併し城南村が成立する。
- 1967年5月1日 城南村が前橋市へ編入される。そのため前橋市市下大屋町となる。
地名の由来
大屋の「おお」は美称であり、「や」は家のこと、「おおや」は大家、豪族を意味している。