下梨地主神社
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| 下梨地主神社 | |
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| 所在地 | 富山県南砺市下梨2424番地 |
| 位置 | 北緯36度26分02.79秒 東経136度56分58.88秒 / 北緯36.4341083度 東経136.9496889度座標: 北緯36度26分02.79秒 東経136度56分58.88秒 / 北緯36.4341083度 東経136.9496889度 |
| 主祭神 | 伊弉諾命 |
| 地図 | |
下梨地主神社(しもなしじぬしじんじゃ)は、富山県南砺市下梨地区にある神社。
下梨地主神社は特色ある伝統行事の舞台とされており、「御巡幸の儀」や「節供行事」が市の無形民俗文化財に指定されている[1][2]。
五箇山地域では南北朝時代に南朝の落人の流入によって集落形成が進み、利賀谷の大豆谷八幡宮や上梨谷の上梨白山宮で五箇山最古の文字資料が刻まれるようになる[3][4]。下梨地主神社の狛犬と木像は南北朝期の作と推定されており、大豆谷八幡宮や上梨白山宮と同時期に形成されたとみられる[5]。
下梨地主神社は古くは単に観音堂と呼ばれており、正徳2年(1712年)作成の『五ヶ山村々神号之覚』でも「観音堂 北野村山伏海乗寺持分」と記されている[6][7]。本殿の建立年は不明であるが、拝殿は天保12年(1841年)6月11日建立と伝えられている[7]。
下梨地主神社の御神体は、お告げがあって奥山に生えていた杉の大木から氏神を作ることとなり、村中の者が出かけて杉を切り倒し、ご神体を彫ったと伝えられる[8]。この時、作業中に日が暮れてしまったため、作業をしていた所(一説には迎えの村人が待っていた所とも)をクレモチと呼ぶようになったという[8]。
春季祭礼は3月23日にあり、秋季祭礼は9月23日にある[9]。
下梨御巡幸の儀

五箇山地域の各集落では春の祭礼が行われるが、そのなかでも下梨集落では毎年4月23日に獅子舞を先導に神興が巡行する「下梨御巡幸の儀」という祭礼が行われる[1]。
まず22日夕刻に地主神社で神事が執り行われた後、神輿を輿堂から拝殿に運び、宮司が奥殿の氏神を奉持して神輿に還す[10]。翌23日には、五色の旗を先頭に、獅子舞、証・笛・太鼓、神主、神前への供物捧げた人々からなる長い行列が地区内を通って神社に向かう [10]。社殿では氏子たちがお神酒を供えて獅子の行列を待ち、獅子舞が境内に入ると式典が始まる[10]。
神輿が巡行する祭礼は、五箇山地方では集落にしかない貴重な祭礼であり、平成13年(2001年)12月18日に平村の無形民俗文化財に指定されている[1]。