栗当の不動明王磨崖像
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砺波郡平野部から利賀谷地域を訪れる際、古くは「藤懸の渡り(現在の庄川合口ダムの辺り)」で庄川東岸に渡り、名原村・落村・湯山村(いずれも旧東山見村に属する)を経て栗当村(利賀谷最北端)に出るルートが主流であった[2]。しかし井波町が発展したことで井波町と五箇山の往来が増えると、「杉谷峠」で山を越え、「仙野原大橋」で庄川を渡り、栗当村に出るルートが主に用いられるようになった[3]。
栗当の不動明王は、この井波町と利賀谷をつなぐ道沿いに刻まれたものである[4]。小牧ダムの建設以前、栗当村の庄川と利賀川が合流する一帯は、河川が渦巻く難所であった[5]。地元の伝承では、河川の渦巻く深淵に雌雄の竜が棲み、仙納原村はその通い道であったという[5]。そのため、不動明王像は利賀川筋往還の守護を、不動明王の霊威に託して刻まれたものと考えられている[5]。
磨崖像には「天保十五年甲辰(1844年)四月 越中住人森准作」の造像銘があり[6]、江戸時代後半の作ではあるが、古くからの歴史と信仰を背景に持つものと評されている[5]。
脚注
- ↑ “南砺市文化芸術アーカイブス 栗当の不動明王磨崖像”. 2024年12月28日閲覧。
- ↑ 利賀村史編纂委員会 1999, p. 415.
- ↑ 利賀村史編纂委員会 1999, p. 418.
- ↑ 利賀村史編纂委員会 2004, p. 741.
- 1 2 3 4 利賀村史編纂委員会 2004, p. 742.
- ↑ 利賀村史編纂委員会 2004, p. 1021.
参考文献
- 利賀村史編纂委員会 編『利賀村史2 近世』利賀村、1999年。
- 利賀村史編纂委員会 編『利賀村史3 近・現代』利賀村、2004年。
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