中原貴之

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愛称 タカ
カタカナ ナカハラ タカユキ
ラテン文字 NAKAHARA Takayuki
国籍 日本の旗 日本
中原 貴之
名前
愛称 タカ
カタカナ ナカハラ タカユキ
ラテン文字 NAKAHARA Takayuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-11-18) 1984年11月18日(41歳)
出身地 山口県の旗 山口県
身長 181 cm
体重 76 kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
2000-2002 多々良学園高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2014 日本の旗 ベガルタ仙台 184 (25)
2006 日本の旗 アルビレックス新潟 (loan) 15 (2)
2015-2017 日本の旗 アビスパ福岡 37 (8)
2018 日本の旗 ラインメール青森 8 (0)
通算 244 (35)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

中原 貴之(なかはら たかゆき、1984年11月18日 - )は、山口県山口市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード (FW) 。

選手時代

2003年、多々良学園高校(現・高川学園高校)からベガルタ仙台に入団。2006年、アルビレックス新潟期限付き移籍した。2007年、仙台に復帰。

2009年、序盤は出場機会に恵まれなかったものの、7月以降はスーパーサブ、試合終盤の切り札として活躍。J2第38節ファジアーノ岡山戦でJリーグ史上初となる途中出場での4試合連続得点を記録するなど、自身初のシーズン2桁得点を挙げ、仙台のJ1昇格に貢献した。

2011年以降は膝などの怪我に泣かされ出場機会が減少。2014年12月3日、クラブから契約満了が発表された[1]

2015年、アビスパ福岡へ移籍[2]。開幕戦となる京都サンガ戦でチームのシーズン初得点となるゴールを記録すると、続く第2節愛媛FC戦でも2試合連続のゴールをマークし、以降はチームに欠かせない戦力として活躍。34試合に出場し8得点と、自身の復調を印象付けるとともに、チームのJ1昇格に寄与した。2017年シーズン終了後、契約満了により退団[3]

2018年、JFLラインメール青森に移籍[4]。同シーズン末に退団し[5]、現役を引退した[6]

指導者時代

2019年、古巣・ベガルタ仙台のジュニアサッカースクールコーチに就任した[6]

2020年、ベガルタ仙台ユースのコーチに就任。2026年、トップチームのコーチに就任した[7]

プレースタイル

181 cmの長身と優れたフィジカルを生かしたポストプレーと打点の高いヘディング、強引なシュートなどが武器。「週刊サッカーマガジン」では、元チリ代表FWイバン・サモラーノにあやかって「ヘリコプター」と呼ばれたことがある(2010年10月5日号など)。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2003仙台29J140400080
2004J2182-00182
200520-1030
2006新潟14J11525100203
2007仙台9J2201-10211
2008386-21407
20093610-524112
2010J12747010354
2011903010130
20121625220234
20131101030150
201430100040
2015福岡J2348-30378
2016J130200050
2017J200-1111
2018青森JFL80-0080
通算日本J1 8882837012311
日本J2 14827-13416131
日本JFL 80-0080
総通算 2443528320429242
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2013仙台951
通算AFC 51

その他の公式戦


タイトル

チーム

ベガルタ仙台

指導歴

  • 2019年 - 日本の旗 ベガルタ仙台
    • 2019年2月 - 2020年1月 スクール コーチ[7]
    • 2020年2月 - 2025年1月 ユース コーチ[7]
    • 2026年2月 - トップチーム コーチ[7]

脚注・出典

関連項目

外部リンク

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