勝部賢志

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1959-09-06) 1959年9月6日(66歳)
出身校 北海道教育大学札幌分校
勝部 賢志
かつべ けんじ
2024年撮影
生年月日 (1959-09-06) 1959年9月6日(66歳)
出生地 日本の旗 日本 北海道千歳市
出身校 北海道教育大学札幌分校
前職 小学校教員[1]
北海道教職員組合役員[1]
所属政党民主党→)
民進党→)
旧立憲民主党→)
立憲民主党近藤G
称号 教育学士(北海道教育大学)
配偶者
公式サイト 勝部けんじオフィシャルWebサイト
選挙区 北海道選挙区
当選回数 2回
在任期間 2019年7月29日 - 現職
北海道の旗 第33代 北海道議会副議長
在任期間 2017年6月20日[2] - 2019年4月29日
北海道の旗 北海道議会議員
選挙区 江別市選挙区
当選回数 4回
在任期間 2003年4月30日 - 2014年
2015年4月30日 - 2019年4月29日
テンプレートを表示

勝部 賢志(かつべ けんじ、1959年9月6日[1] - )は、日本の政治家立憲民主党所属の参議院議員(2期)、同党副幹事長、同党北海道総支部連合会代表[3]

参議院文教科学委員長、参議院懲罰委員長北海道議会副議長(第33代)、北海道議会議員(4期)などを歴任。愛称は「カツケン」。

北海道議会議員

1959年、北海道千歳市出身[1]江別市在住[1]。石狩町立花川中学校[1]北海道札幌北陵高等学校[1]北海道教育大学札幌分校を卒業後、1984年より江別市の大麻東小をはじめ、千歳市、旧厚田村などの小学校教員として19年間勤務。その間、北海道教職員組合の役員も務めた[1]

旧厚田村では生徒の数の少なさ故に行き届いた教育を行えることを実感。その後、道議会や国会で少人数学級の実現に向けて奔走するきっかけとなった[4]

2003年第15回統一地方選挙にて北海道議会議員(江別市選出)に立候補し初当選。2014年12月の第47回衆議院議員総選挙北海道5区から民主党公認で立候補するも落選。翌年、道議に復帰した。2017年、第33代北海道議会副議長に就任。2018年3月6日に立憲民主党に入党[5]

参議院議員

2018年8月21日、立憲民主党は翌年の参院選北海道選挙区への勝部の擁立を決定[6]2019年第25回参議院議員通常選挙北海道選挙区から立憲民主党公認で出馬し、初当選。2020年9月15日、旧立憲民主党、旧国民民主党などが合流し、新「立憲民主党」が結成され[7]、勝部も新党に参加。2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙で立憲民主党は議席を「109」から「96」に減らし、11月2日、枝野幸男代表が引責辞任[8]。枝野の辞任に伴う代表選挙(11月30日投開票)では逢坂誠二の推薦人に名を連ねた[9]

2024年6月18日、翌年7月の参院選の北海道選挙区公認候補として擁立することが発表された[10]。同年9月23日に実施された代表選挙では枝野幸男の推薦人に名を連ねた[11]。同年11月11日、参議院懲罰委員長に就任[12]

2025年7月20日の第27回参議院議員通常選挙で2回目の当選を果たした[13]。同年8月1日、参議院文教科学委員長に就任[14]

エピソード

  • 2019年の12月4日、日米貿易協定の承認に立憲民主党は反対することを決めていたものの、投票ボタンの押し間違えにより誤って賛成票を投じてしまった[15]。なお、押しボタン式投票での押し間違えはこれまでも何度か発生しており、1998年に押しボタン式が採用されて以来、本件を含めて5回発生している[要出典]
  • 大学生の頃は配管工のアルバイトをしていた[16]
  • 北海道日本ハムファイターズ所属の伏見虎威選手は幼いころ、近所に住んでいた勝部とよくキャッチボールをしていた。こうした経緯もあって勝部は伏見選手を応援している[17]

所属団体・議員連盟

  • 日本民主教育政治連盟
  • 税理士制度推進議員連盟
  • 生活衛生業振興議員連盟
  • 北海道商工連盟
  • 北海道日本ロシア協会
  • 北海道技能士会
  • 北方領土復帰期成同盟
  • 江別パークゴルフ協会
  • 江別市軟式野球連盟
  • 江別バレーボール協会

選挙歴

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI