小川勝也

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首相補佐官就任時、菅直人らと(右端)

北海道上川郡和寒町西町出身[1]。実家は小さな鉄工所で、「鍛冶屋のかっちゃん」と親しまれた。和寒町立和寒小学校、和寒町立和寒中学校、北海道旭川北高等学校を経て、日本大学法学部卒業。日大法学部在学中は新聞奨学生だった。

大学卒業後、鳩山邦夫衆議院議員の秘書を経て、1995年新進党公認で第17回参議院議員通常選挙北海道選挙区(定数2)から出馬し、初当選。1996年12月、新進党を離党し旧民主党に入党。2001年第19回参議院議員通常選挙には民主党公認で出馬し、再選。2007年7月の第21回参議院議員通常選挙では民主党への追い風に乗り、自由民主党伊達忠一が獲得した票を上回り、得票数トップで3選。

2009年9月、鳩山由紀夫内閣内閣総理大臣補佐官(農山漁村地域活性化担当)に任命され、2010年5月の鳩山内閣総辞職まで務める。2011年1月、菅直人第2次改造内閣では防衛副大臣に任命された。同年9月、野田内閣発足に伴い防衛副大臣を退任し、参議院農林水産委員長に就任した。2013年7月の第23回参議院議員通常選挙では民主党への逆風の中、自民党の伊達忠一に次ぐ得票数2位で4選。2015年民主党代表選挙では元代表岡田克也の推薦人に名を連ね[2]、岡田が党代表に選出された[3]

2017年11月2日、長男である小川遥資が強制わいせつ容疑で逮捕、起訴後の保釈中、同様のわいせつ目的で小学校低学年の女児を転倒させ暴行容疑で逮捕(3度目)されたことを受け、民進党に離党届を提出した[4]。なお自身の参議院議員辞職については否定している[5]民進党執行部は離党届の扱いを保留し、12月25日の常任幹事会で離党届は不受理扱いとなった[6][7]。2018年5月の民進党解党後は無所属のまま立憲民主党会派に参加。

2019年6月26日、次期参議院議員選挙に出馬しない意向を示した[8]

政策・主張

所属団体・議員連盟

人物

脚注

関連項目

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