吉田六彦

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名前 吉田六彦
生年月日 (1910-03-01) 1910年3月1日
没年月日 (1991-10-07) 1991年10月7日(81歳没)
プロ入り年月日 1943年1月1日(32歳)
 吉田六彦 七段
名前 吉田六彦
生年月日 (1910-03-01) 1910年3月1日
没年月日 (1991-10-07) 1991年10月7日(81歳没)
プロ入り年月日 1943年1月1日(32歳)
引退年月日 1956年(46歳)
棋士番号 33
出身地 東京都中央区
所属 将棋大成会→日本将棋連盟(関東)
師匠 土居市太郎名誉名人
段位 七段
棋士DB 吉田六彦
戦績
通算成績 35勝91敗(0.2778)
順位戦最高クラス C級1組(2期)
2023年8月28日現在
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吉田 六彦(よしだ むつひこ、1910年3月1日 - 1991年10月7日)は、東京都中央区出身の将棋棋士土居市太郎名誉名人門下、棋士番号33。

1928年に土居市太郎門下に入門。1943年に四段に昇段し、専門棋士となった。

プロ入りから3年が経過した1946年順位戦が創設され、1946年度・第1期は段位ごとにクラス分けがされ、当時四段だった吉田はC級に参加、3勝11敗と振るわなかったが当期順位戦のC級に参加した棋士は成績上位者が六段に昇段し、成績下位者も五段に昇段できたため、吉田も同規定に基づき1947年5月10日付で五段に昇段。

その後も順位戦における成績不振が続いたが、1950年度・第5期では一転してC級2組において8勝4敗とトップの成績を修めC級1組に昇級、これに伴い当時の規定に基づき1951年4月1日付で六段に昇段。

C級1組には第6期第7期とのべ2期在位し、C級2組で第10期順位戦を迎えた1955年10月2日以降を休場し、そのまま1956年4月1日付で引退。

引退から13年が経過した1969年11月3日付で七段に昇段。1991年10月7日、心不全のため享年81歳で死去。


人物

  • 生前は能筆家として知られた。
  • 弟子は取らなかったと見られる。

昇段履歴

  • 1948年 : 四段
  • 1947年5月10日 : 五段(順位戦C級下位:当時の昇段規定)
  • 1951年4月1日 : 六段(順位戦C級1組昇級:当時の昇段規定)
  • 1956年4月1日 : 引退
  • 1969年11月3日 七段(贈七段・将棋の日表彰)

主な戦績

順位戦・竜王戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[1]
(出典)竜王戦
出典[2]
名人 A級 B級 C級 0 竜王 1組 2組 3組 4組 5組 6組 決勝
T
1組 2組 1組 2組
1946 1 C127 2-11
1947 2 C132 2-10
1948 3 C2 0-3
1949 4 C2 2-6
1950 5 C2 9-4
1951 6 C115 4-8
1952 7 C111 3-6
1953 8 C201 5-5 第5期九段戦 一次予選敗退
1954 9 C205 3-9 第5期九段戦 一次予選敗退
1955 10 C214 2-14 1956年4月1日引退
順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )
順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。
竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。

年度別成績

公式棋戦成績
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1946 132110.1538[3]
1947 122100.1667[4]
1948 3030.0000[5]
1949 8260.2500[6]
1950 141040.7143[7]
1946-1950
(小計)
551634
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1951 13490.3077[8]
1952 153120.2000[9]
1953 15590.3571[10]
1954 155100.3333[11]
1955 192170.1053[12]
1951-1955
(小計)
711957
通算 12635910.2778
1956年4月1日引退

参考文献

  • 令和4年版 将棋年鑑 2022 643ページ (日本将棋連盟出版・ISBN:978-4-8399-8025-2)

脚注

関連項目

外部リンク

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