山本武雄

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名前 山本武雄
生年月日 (1917-01-05) 1917年1月5日
没年月日 (1994-07-25) 1994年7月25日(77歳没)
出身地 富山県
 山本武雄 九段
名前 山本武雄
生年月日 (1917-01-05) 1917年1月5日
没年月日 (1994-07-25) 1994年7月25日(77歳没)
出身地 富山県
棋士情報
プロ入り年月日 1941年1月1日(23歳)
引退年月日 1968年(51歳)
棋士番号 27
所属 将棋大成会
日本将棋連盟(関東)
師匠 金易二郎名誉九段
段位 九段
棋士DB 山本武雄
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
通算成績 185勝256敗(0.4995)
順位戦最高クラス B級(4期)[注釈 1]
2017年8月21日現在
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山本 武雄(やまもと たけお、1917年大正6年〉1月5日 - 1994年平成6年〉7月25日)は、富山県出身の将棋棋士金易二郎名誉九段門下。棋士番号27。

1951年(昭和26年)頃からの執筆活動では「山本陣太鼓」のペンネームを使用[1][2]

  • 1917年(大正6年)、富山県中新川郡上市町正印で農家の二男として生まれる[3][2]。10歳の時に一家そろって上京し父が銭湯を営むも[2]、自身は高等小学校の卒業前後の1929年(昭和4年)頃に、脚気肝臓など3つを同時期に患い、通院生活が2年間ほど続き、この頃に将棋を覚える[2]
  • 1933年(昭和8年)、金易二郎に入門する[4]。同門には高柳敏夫がいる。
  • 1937年5月、初段に昇る[2]。その3日後に徴兵検査があり「丙種合格」であったが、父は兵隊検査までに初段を取らなければ将棋を止めさせようと考えており、あとで父の考えを知り「三日違えば、私の人生なんてどうなっていたかわからない」と語った[2]
  • 三段時代の1940年、陸軍病院に手弁当で慰問を続けたことが顕彰され[2]、将棋大成会(日本将棋連盟の前身)から第1回「模範棋士」の表彰を受ける[2]
  • 1941年(昭和16年)に四段昇段(プロ入り)。
  • 順位戦には第1期(1946年度)から参加。第3期にC級が1組と2組に分かれるにあたって、第2期(1947年度)C級順位戦で上位の成績を挙げ、次期C級1組在籍となり六段昇段。さらに、第3期(1948年度)C級1組順位戦で6勝3敗(10人中2位)の成績でB級昇級を決め、2年連続昇段で七段となる。第6期(1951年度)順位戦B級では6勝6敗の指し分けで第7期でB級1組在籍となるが、第7期では5勝7敗の成績ながら、次期のB級1組定員削減のためB級2組へ降級する。
  • 1953年(昭和28年)、第1回「B級選抜トーナメント」で優勝
  • 第21期順位戦(1966年度)・第22期順位戦(1967年度)のC級1組で2期連続降級点を喫したところで、次期のC級2組では指さず、1968年に引退。同年、八段の段位を贈られ、永年勤続棋士表彰も受ける。
  • 読売新聞社の嘱託を務め、日本将棋連盟の常務理事を長く務めた[3]
  • 第14回(1987年将棋大賞で東京将棋記者会賞を受賞(同賞制定から8人目)。
  • 1992年、春の叙勲勲五等双光旭日章受章。
  • 1993年、九段に推され、七段以下で引退した棋士として初の九段に昇段した(2026年4月時点で唯一人)。
  • 1994年肺炎のため死去した[4]。77歳没。

昇段履歴

  • 1933年 : 入門 [4]
  • 1937年 : 初段
  • 1938年 : 二段 [5]
  • 1940年 : 三段 [2]
  • 1941年1月1日 : 四段 = プロ入り
  • 1944年 : 五段
  • 1948年4月1日 : 六段(順位戦C級上位)
  • 1949年4月1日 : 七段(順位戦B級昇級)
  • 1968年3月31日 : 引退[6][2]
  • 1968年5月24日 : 八段(贈八段)[6][2]
  • 1993年11月17日 : 九段(贈九段、将棋の日表彰)

主な成績

一般棋戦優勝

合計1回

在籍クラス

順位戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[7]
名人 A級 B級 C級 0
1組 2組 1組 2組
19461 四・五段戦
順位19位
5-8
19472 C級 23位
東組
7-5
19483 C級1組6-3
19494 B級4-3
19505 B級5-6
19516 B級 17位6-6
1952 7 B116 5-7
1953 8 B204 4-6
1954 9 B209 5-7
1955 10 B211 4-9
1956 11 C102 5-6
1957 12 C104 6-6
1958 13 C102 6-6
1959 14 C107 5-7
1960 15 C107 6-9
1961 16 C104 5-6
1962 17 C105 5-6
1963 18 C107 7-4
1964 19 C104 7-5
1965 20 C103 5-5
1966 21 C105x 2-10
1967 22 C113*x 3-9
1968年3月31日引退
順位戦の 枠表記 は挑戦者。
右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位
( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )

年度別成績

公式棋戦成績
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1945 0.
1946 0.
1947 0.
1948 0.
1949 0.
1950 0.
1945-1950
(小計)
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1951 0.
1952 0.
1953 0.
1954 0.
1955 0.
1956 0.
1957 0.
1958 0.
1959 0.
1960 0.
1951-1960
(小計)
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1961 0.
1962 0.
1963 0.
1964 0.
1965 0.
1966 0.
1967 0.
1961-1967
(小計)
通算 4411852560.4195
1968年3月31日引退

将棋大賞

第14回(1986年度) - 東京将棋記者会賞

表彰

日本将棋連盟
  • 1983年 - 盤側50年表彰[4]
その他
  • 1992年春 - 勲五等双光旭日章

著書

  • 将棋百年時事通信社、1966年。(599ページ) - 国立国会図書館デジタルコレクション
  • 将棋百年 改訂増補版』時事通信社、1970年。(673ページ) - 国立国会図書館デジタルコレクション
  • 将棋百年 改定新版』時事通信社、1976年。(822ページ) - 国立国会図書館デジタルコレクション

脚注

関連項目

外部リンク

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