唐浦海戦

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唐浦海戦
戦争文禄の役
年月日:文禄元年6月2日(1592年7月10日)
場所朝鮮国慶尚道統営(唐浦)
結果:朝鮮水軍の勝利
交戦勢力
豊臣政権 朝鮮国
指導者・指揮官
得居通幸 
亀井茲矩
李舜臣
元均
戦力
軍船21隻 軍船26隻
  • 板屋船22隻
  • 亀甲船1隻
  • (元均指揮)板屋船4隻
損害
21隻撃沈 損失なし

唐浦海戦(とうほかいせん)は、文禄・慶長の役の一環として1592年7月10日に行われた海戦であり、李舜臣率いる朝鮮水軍が勝利した[1]

泗川海戦の翌日、李舜臣は艦隊を泗梁沖の外海で休養させた。ここは日本水軍が反撃を行った場合に戦術的優位を確保できる位置であった。1592年6月2日(西暦7月10日)の朝、李舜臣は日本軍船21隻が唐浦の港に停泊しているとの報告を受け、再び艦隊に出動を命じた[1]

一方、唐浦では来島通総の配下である得居通幸が部隊を率い、沿岸の町で略奪と放火を行っていた。

戦闘の経過

海戦後の経緯

脚注

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