堂安律

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堂安 律(どうあん りつ、1998年6月16日 - )は、兵庫県尼崎市出身のプロサッカー選手ブンデスリーガアイントラハト・フランクフルト所属。ポジションはミッドフィールダー(攻撃的ミッドフィールダー、右サイドミッドフィールダー)[2]日本代表

愛称 マラドーアン、リツ
カタカナ ドウアン リツ
ラテン文字 DOAN Ritsu
国籍 日本の旗 日本
概要 堂安 律, 名前 ...
堂安 律
サッカー日本代表での堂安 律
(2019年1月 AFCアジアカップ2019 vsベトナム)
名前
愛称 マラドーアン、リツ
カタカナ ドウアン リツ
ラテン文字 DOAN Ritsu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1998-06-16) 1998年6月16日(28歳)
出身地 兵庫県尼崎市
身長 172cm
体重 74kg
選手情報
在籍チーム ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト
ポジション MFAMRSM
背番号 20
利き足 左足
ユース
2005-2011 日本の旗 西宮少年SS(浦風FC)
2011-2013 日本の旗 ガンバ大阪ジュニアユース尼崎市立小田南中学校[1]
2014-2015 日本の旗 ガンバ大阪ユース(私立向陽台高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2015-2018 日本の旗 ガンバ大阪 15 (3)
2016 日本の旗 ガンバ大阪U-23 21 (10)
2017-2018 オランダの旗 フローニンゲンloan 29 (9)
2018-2019 オランダの旗 フローニンゲン 32 (6)
2019-2022 オランダの旗 PSV 43 (10)
2020-2021 ドイツの旗 アルミニア・ビーレフェルト(loan) 34 (5)
2022-2025 ドイツの旗 フライブルク 97 (22)
2025- ドイツの旗 フランクフルト 31 (5)
代表歴2
2013-2015  日本 U-17 4 (1)
2015-2017  日本 U-20 9 (4)
2019-2021  日本 U-24 5 (5)
2021  日本・オリンピック 6 (1)
2018- 日本の旗 日本 69 (11)
獲得メダル
男子サッカー
 日本
AFC U-19選手権
2016 バーレーン
アジアカップ
2019 UAE
1. 国内リーグ戦に限る。2025年8月7日現在。
2. 2026年6月30日現在。
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チャンネル
活動期間 2020年7月17日 -
ジャンル サッカー
登録者数 13.3万人
概要 Ritsu Doan / 堂安律, YouTube ...
Ritsu Doan / 堂安律
YouTube
チャンネル
活動期間 2020年7月17日 -
ジャンル サッカー
登録者数 13.3万人
総再生回数 31,303,228 回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2025年4月19日時点。
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兄は元プロサッカー選手の堂安憂[3]

既婚で妻は明松美玖

クラブ経歴

プロ入り前

尼崎市立浦風小学校尼崎市立小田南中学校出身[4]。小学生時代には浦風FCに所属していた。ヴィッセル神戸のサッカースクールにも通いテクニックを磨いた。途中から西宮SSへ所属。中学校へ進学する際に、ガンバ大阪セレッソ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスエイトのジュニアユースからオファーを受けた末にガンバ大阪ジュニアユースへ入団した。ジュニアユース時代の2012年に史上初となるU-15年代全国3冠を達成[5]。ガンバユースでは左右両方をこなせる攻撃的MFとして早くから頭角を現し、レフティでフィジカルが強いことから同様の特徴を持つガンバユース出身である家長昭博2世と称された[6]

ガンバ大阪

高等学校は全日制の追手門学院高校に進学も、代表に呼ばれるようになると単位習得が難しくなり、通信制の向陽台高校に転校する。高校2年となった2015年にトップチームに2種登録されると開幕からトップチームに帯同し、4月7日のACLブリーラム・ユナイテッドFC戦では初のベンチ入りを果たすと、5月27日のACL決勝T1回戦のFCソウル戦で、クラブ史上2番目となる16歳344日の若さで公式戦デビューを果たした[7]。ACLのFCソウル戦、高校2年でのプロデビューは6年前にプロデビューしたガンバユースの先輩である宇佐美貴史と同じシチュエーションとなった。6月3日、J1第10節の鹿島アントラーズ戦で宇佐美の記録を塗り替える16歳11カ月18日でのクラブ史上最年少リーグ戦デビューを果たし[8]、6月20日のJ1第16節ベガルタ仙台戦で公式戦初スタメンで起用された。2015年11月24日には、翌2016年シーズンからのトップチーム昇格が内定した[9]。飛び級でのトップチーム昇格は井手口陽介以来6人目となった。

2016年3月20日、この年から設立されたガンバ大阪U-23のJ3第2節のグルージャ盛岡戦で公式戦初得点。4月23日、J3第6節の大分トリニータではプロ入り初の1試合2得点を決めて、J3リーグ得点ランキング暫定首位に立った。同年7月にエールディヴィジの名門・PSVアイントホーフェンから正式オファーを受けるが、海外経験がありドイツへ移籍した宇佐美や長谷川健太監督のアドバイスを受けガンバ残留を決断した[10]。7月23日、J1・2ndステージ第5節の柏レイソル戦では後半途中から出場し、トップチームでシーズン初出場。8月13日、J1第8節のジュビロ磐田戦では途中出場からJ1初となるアシストを記録した。11月10日、天皇杯4回戦の清水エスパルス戦でプロ入り初先発を果たした。12月1日、アジア年間最優秀ユース選手賞を受賞した[11]

2017年4月21日、J1第8節の大宮アルディージャ戦ではJ1初得点を含む2得点の活躍を見せた[12]。4月25日、ACL第5節のアデレード・ユナイテッドFC戦ではACL初先発を果たすと、同大会初得点を決めた[13]

FCフローニンゲン

2017年6月23日、オランダ1部FCフローニンゲンに翌年6月末までの期限付きで移籍することが発表された[14]。8月13日、SCヘーレンフェーンとのリーグ戦初戦で公式戦初先発を果たした。9月21日、カップ戦1回戦のデルデ・ディヴィジ所属ヘラクレスとの試合で移籍後初得点を決めた[15]。9月30日、第7節のPECズヴォレ戦でリーグ戦初得点を決めた[15]。11月19日、第12節のSBVフィテッセ戦では連敗ストップに貢献し、ホームゲームで一部観客の投票によって選ばれるマン・オブ・ザ・マッチに選出された[16]。2018年1月21日、第19節のヴィレムII戦では2018年初得点を決めた[17]。4月23日、フローニンゲンは買い取りオプションを行使し、完全移籍での獲得を発表した[18][19][20]。4月29日、第33節のSBVエクセルシオール戦ではシーズン9点目を決め、試合終了後にはサポーターが選ぶMVPに選出された[21]。このゴールで、フローニンゲンの10代選手では歴代3位の記録となった[22]

2年目となる2018-19シーズンでは、背番号を「7」に変更した[23]。8月12日、SBVフィテッセとの開幕戦でシーズン初得点を決めた[24]。2019年3月3日、第24節のVVVフェンロー戦ではプロ入り初の退場処分を課されている[25]

PSVアイントホーフェン

2019年8月27日、PSVアイントホーフェンに移籍した。背番号は「25」。クラブ史上初の日本人選手となった[26]。9月14日、第6節のフィテッセ戦で途中出場から移籍後初出場を果たした[27]。9月19日、UEFAヨーロッパリーグ・GL第1節のスポルティングCP戦で欧州リーグデビューを果たした[28]。9月29日、第8節のPECズヴォレ戦で移籍後初得点を決めた[29]。移籍直前には11番のユニフォーム姿で試合に出場していた。

アルミニア・ビーレフェルト

2020年9月5日、ドイツ・ブンデスリーガアルミニア・ビーレフェルトに2020-21シーズン終了までのレンタルで移籍した[30]。背番号は「8」[31]。加入2日目で古巣フローニンゲン相手のフレンドリーマッチにて途中出場した。10月18日、ブンデスリーガ第4節バイエルン・ミュンヘン戦にてブンデスリーガでの初ゴールを決めた[32]

年間ベストルーキー賞の候補に選ばれ、月間ベストルーキー賞では、ジュード・ベリンガムジャマル・ムシアラサイラス・ワマンギトゥカなどの選手より受賞回数を上回り、月間賞候補のノミネート回数では単独最多だった。

シーズン通してクラブでは残留争いに巻き込まれたものの、2021年5月22日の最終節Vfbシュツットガルト戦で試合を決定付ける2点目を決め残留に大きく貢献した。個人としてもリーグ戦全34試合に出場し、チームトップタイの5得点を挙げた。その後ビーレフェルト側は堂安の完全移籍での獲得を目指したものの、COVID-19からくる財政難でそれも叶わず、2021年6月9日に退団が発表された[33]

PSVアイントホーフェン復帰

2021年9月11日、第4節のAZアルクマール戦で後半から今季初出場を果たしゴールを決めた。[34] 11月26日、UEFAヨーロッパリーグ・GL第5節のSKシュトゥルム・グラーツ戦にて空中でボールを操り、アシストしたことから国内外で大きな話題を呼んだ。2022年5月2日、第31節のヴィレムII戦で開始2分でゴールを決め、4期ぶりに2ケタ得点を記録。KNVBカップ決勝のアヤックス戦では69分から途中出場して好プレーを見せて[35]、日本国籍の選手として初となる優勝を果たした[35]。また、プロ入り初のタイトル獲得にもなった。

SCフライブルク 

2022年7月5日、ブンデスリーガのSCフライブルクへの完全移籍が発表された[36]。背番号は「42」。プレシーズンマッチのRCストラスブール戦で1G1Aを記録した。7月31日、移籍後初の公式戦となるDFBポカール1回戦の1.FCカイザースラウテルン戦で決勝ゴールを決め、逆転勝利した。

2024-25シーズンはリーグ戦全試合に出場。17日にホームで行われた最終節、チームは4位で迎えUEFAチャンピオンズリーグ初出場を懸けて3位アイントラハト・フランクフルトと直接対決。自身は先制点を決めて史上初の1シーズン二桁得点を達成。しかしチームは1-3で逆転負けを喫し、他会場でボルシア・ドルトムントが勝利したため5位フィニッシュとなり、クラブ・自身初のチャンピオンズリーグ出場はならず、来季はUEFAヨーロッパリーグに出場することが決定した。

アイントラハト・フランクフルト 

2025年8月7日、アイントラハト・フランクフルトへ完全移籍して5年契約を結んだことが発表された。背番号はかつて長谷部誠が着用していた20番となる[37]ESPNによると移籍金は2200万ユーロと推定されている[38]。8月18日、移籍後初の公式戦となるDFBポーカル1回戦のFVエンガース07戦で移籍後初ゴールを含む2得点を決めて勝利に貢献。8月30日、第2節のTSG1899ホッフェンハイム戦で移籍後リーグ戦初ゴールを含む2ゴール1アシストの活躍で勝利に貢献した。9月18日、UEFAチャンピオンズリーグ2025-26リーグフェーズ第1節のホーム・ガラタサライ戦で先発出場しUCL初出場を果たす。試合は5-1でフランクフルトが勝利。自身は37分に同点ゴールを決めたが、後に記録上はオウンゴールとなった。加入1年目もチームの主力を務め、リーグ戦31試合出場5得点を記録した。

代表経歴

2014年にU-16日本代表に選出され、9月のAFC U-16選手権では左サイドバックで起用された[39]

2016年10月、AFC U-19選手権のメンバーに選出。10月24日、準々決勝のU-19タジキスタン戦では1得点1アシストの活躍で5大会ぶりとなるFIFA U-20ワールドカップの出場権獲得に貢献[40]。10月30日、決勝のU-19サウジアラビア戦では0-0でPK戦の末優勝を果たし、AFC U-19選手権の大会MVPに選出された[41]

2017年5月、FIFA U-20ワールドカップのメンバーに選出。5月21日に行われた初戦のU-20南アフリカ戦では逆転ゴールを決め、5月27日のU-20イタリア戦では2得点を挙げて、日本の決勝トーナメント進出に貢献した[42]。チームは、決勝トーナメント1回戦で敗れたものの、4試合3得点でチームを牽引し[43]、イタリア戦後にはFIFA公式ツイッターでは「日本のメッシ」と評された[44]

2018年8月30日、キリンチャレンジカップ2試合に挑むA代表に初招集され[45]、9月11日、古巣G大阪のホームスタジアムであるパナソニックスタジアム吹田で行われたコスタリカ戦でA代表初出場を果たした。10月16日のキリンチャレンジカップ2018・ウルグアイ戦でA代表初ゴールを決めた。10月、フランスのサッカー専門誌「フランス・フットボール」が創設した21歳以下の最優秀選手に贈られる若手版バロンドールに当たる賞「コパ・トロフィー」の候補者にノミネートされた[46]

AFCアジアカップ、トルクメニスタン戦より

2018年12月、翌年1月に開催されるAFCアジアカップ2019のメンバーに選出。1月9日、初戦のトルクメニスタン戦ではアジアカップにおける日本代表最年少得点を決めた[47]。なお、この記録は同大会1月22日のサウジアラビア戦で、日本代表DF冨安健洋(20歳77日)に更新されている。右サイドMFとしてグループステージのウズベキスタン戦を除く5試合に出場し、準々決勝ベトナム戦では決勝点となるゴールを決めるなどチームの決勝戦進出に貢献。決勝戦カタール戦でも先発出場するが、チームは1-3で敗れ準優勝となった。大会を通して6試合出場2ゴールという成績を残す[48]FIFAによる今大会の「ブレイクスター」5人のうち1人に選ばれる[49]

2021年6月、東京オリンピックに向けたU-24日本代表で10番のユニフォームを背負い親善試合のガーナ戦で1G1Aを叩き出しチームを勢いに乗せ、6-0と快勝した。直後のジャマイカ戦でも1ゴールを記録した。

2021年6月22日、東京オリンピックに向けたU-24日本代表に選出された。背番号は「10」。

7月12日の東京オリンピック前の強化試合のホンジュラス戦、17日のスペイン代表戦で、1ゴールを記録。U-24日本代表戦では4戦連続ゴールを記録した。東京オリンピック本大会では、全6試合に出場し1ゴールを記録するも、チームは4位で大会を終え、メダル獲得にはあと一歩及ばなかった。

2022年11月1日、2022 FIFAワールドカップに臨む日本代表に選出された[50]。11月23日、GL初戦のドイツ戦で後半から途中出場し、75分に値千金の同点ゴールを決めると、その後チームは83分に浅野拓磨のゴールで逆転し、2-1で勝利し格上ドイツから金星を収め、自身も勝利に貢献した[51]。なお、A代表での得点は2019年1月のアジアカップ以来となった。11月27日、GL2戦目のコスタリカ戦では先発出場するも目立った活躍はなく67分に交代し、チームも81分に先制を許し0-1で敗れた。12月1日、決勝トーナメント進出が懸かったGL3戦目のスペイン戦では後半開始から途中出場し、開始2分に大会2点目となる同点ゴールを決めた。直後に田中碧の逆転ゴールを演出し、チームも逆転勝利を収めてグループ首位で2大会連続決勝トーナメント進出を決めた。W杯で1大会に複数得点を挙げた日本代表選手は、稲本潤一本田圭佑乾貴士に次ぐ4人目となった[52]。12月5日、決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦では先発出場。前半43分にCKを獲得すると、自身がキッカーを務め、前田大然の先制ゴールを演出した。その後は後半に途中交代。試合は延長・PK戦までもつれたが、惜しくも史上初のベスト8進出はならなかった。それでもベスト16進出に大きく貢献した。

2023年6月、キリンチャレンジカップ2023のエルサルバドル戦、ペルー戦の2試合で、これまで背番号10を背負ってきた南野拓実に代わり、背番号10を着用した。エルサルバドル戦では三笘薫のシュートのこぼれ球を押し込んでゴールを決めた。11月16日には古巣G大阪の本拠地であるパナソニックスタジアム吹田で行われた2026 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2027・2次予選初戦のミャンマー戦でフル出場し、86分にチームの5点目を決める。なお、この得点は古巣チームの本拠地での代表戦初ゴールであり、W杯・アジア予選初ゴールにもなった。

2024年6月11日に行われた同予選最終戦となるシリア戦で国際Aマッチ50試合出場となり、当試合で1ゴールも決めた。

2026年3月、イギリス遠征に臨む日本代表メンバーに選出され、負傷離脱中の遠藤航に代わりキャプテンに任命された。31日、ウェンブリー・スタジアムで行われたアウェイ・イングランド戦ではキャプテンマークを巻いて先発出場。

5月15日、2026 FIFAワールドカップに臨む日本代表メンバーに2大会連続で選出された[53]。背番号は引き続き10を着用。W杯の日本代表では6人目の背番号10を背負う選手となった。6月14日に行われたGL初戦のオランダ戦ではキャプテンマークを巻いて先発出場し、75分間プレー。チームは2度勝ち越しを許しながらも終盤に追い付いて2-2でドロー決着し、格上オランダから勝点1を獲得した。続く20日に行われたGL2戦目のチュニジア戦でも先発出場し、74分プレー。チームは4-0で大会初勝利を収め、W杯における1試合最多得点、最多得点差の勝利を挙げた。続く25日に行われたGL3戦目のスウェーデン戦でも先発出場し、66分プレー。56分に前田大然の先制点をアシスト。その後チームは同点に追い付かれ1-1の引き分けで終わったものの、グループ2位で3大会連続決勝トーナメント進出を決め、自身もチームに貢献。29日に行われた決勝トーナメント1回戦となるラウンド32のブラジル戦でも先発出場し、66分プレー。チームは終了間際の失点で逆転負けを喫し、この大会より新設されたラウンド32で敗退した。

人物・エピソード

  • 人名の表記は "DOAN"である。
    • 2022 FIFAワールドカップカタールW杯)のグループステージにおける日本スペイン戦(12月1日開催)では、1点ビハインド(1点差の劣勢状態)で迎えた後半戦の開始直後に堂安が同点ゴールを叩き込んだが、イスラエルの視聴者(インターネットで見ていた人など)の中にはスペイン側が得点を重ねたものと早合点した人がいた[54] という。それと言うのも、英語の"Doan" もそうだが、「堂安」のヘブライ語の綴りである"דואן"は「ドゥアン」「デュワン」などとも読め、フランス人やスペイン人風の名字に見えたためである[54]。つまり、"Doan" なる選手がゴールを決めてにわかに盛り上がっているならそれはスペインの加点に違いないという勘違いを多くの人がしてしまったという話である。
    • "Doan" という綴りは、ベトナムでは一般的な名字 "Đoàn漢字表記:)" (発音、音写例:ドゥワーン)であり、AFCアジアカップ2019でベトナム代表と対戦する際、ベトナム・メディアは堂安のことを「両親は日本人でベトナムにルーツはない」とわざわざ解説している。また、同大会での堂安は、同じく "Doan (Đoàn)" とアルファベット表記されるベトナム代表のドゥアン・バン・ハウと対戦し、Doan対決が実現した[55]
  • プーマと契約期間10年の総額約10億円のスポンサー契約を結んだことが発表された[56]
  • 中学からガンバ大阪の下部組織に所属しているが、小学校4年生の時には、セレッソ大阪のセレクションを受けている。実兄の憂は、創造学園高等学校へ進学するまでセレッソのアカデミーに所属していた。また、親との話し合いで「(当時所属していた西宮SSより)もっとレベルの高いチームへ行こう」と決めた末の挑戦だったが、不合格に終わった。堂安がフローニンゲン在籍中に受けたテレビ番組『情熱大陸』(毎日放送)向けの取材で明かしたところによれば、「セレッソから(入団の)オファーが届くような選手になっても1秒で断る」と決めたほど、このセレクションで大きな挫折だったかもしれないという。そのため、中学校へ進学する際には、セレッソからジュニアユースチームへの入団を誘われても断っている[57]
  • 日本代表において同年代の中島翔哉南野拓実との2列目でのコンビネーションは、メディアからは本田圭佑香川真司岡崎慎司に代わる新ビッグ3、三銃士と呼ばれる事があった[58]
  • アジアカップ2019では長友佑都と共に毎日ジムでトレーニングをし、師弟に近い関係を築いた[59]。準々決勝ベトナム戦の前には長友の前で「ゴールを決められなかったら丸刈りにする」と約束し、その言葉通りゴールを決めた[60]。長友からは「向上心があってホントに情熱がある選手」と評価され、かつて共にプレーしたフィリペ・コウチーニョマテオ・コヴァチッチと比較して、能力的に全然劣ってないと語られた[61]
  • プロ野球、特に読売ジャイアンツ(巨人)のファンとしても知られる[62][63][64][65]。巨人ファンである理由は、家族の影響[64][65]に加えて、巨人が最も強く[64][65]、最も伝統のあるチーム[64]だからだと述べている。PSVアイントホーフェン在籍時には、野球オランダ代表リック・バンデンハークとの対面も実現した[63]
  • 2024年6月2日にXInstagramにて結婚を発表。なお、相手はインフルエンサーの明松美玖[66][67][68]
  • 2025年8月25日にForbes JAPAN 30 UNDER 30 2025 FEATUREを受賞[69]

所属クラブ

ユース時代

プロ経歴

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2015G大阪38J120100030
201630001040
2017103-00103
オランダ リーグ戦 リーグ杯KNVBカップ 期間通算
2017-18フローニンゲン25エールディヴィジ299-213110
2018-197305-10315
2019-2021-0021
PSV25192-20212
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2020-21ビーレフェルト8ブンデス1部345-10355
オランダ リーグ戦 リーグ杯KNVBカップ 期間通算
2021-22PSV25エールディヴィジ248-522910
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2022-23フライブルク42ブンデス1部335-51386
2023-24307-20327
2024-253410-203610
2025-26フランクフルト20315-22337
通算日本J1 1531010173
オランダエールディヴィジ 10425-10311428
ドイツブンデス1部 16232-12317435
総通算 281601023630566
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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2016G大2338J321102110
通算日本J3 21102110
総通算 21102110
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国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2015G大阪3810
201610
201761
UEFA ELUEFA EL
2019-20PSV2540
2022-23フライブルク4271
2023-24102
UCLUCL
2025-26フランクフルト2070
通算AFC 81
通算UEFA 283
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その他の国際大会
備考
  • 2015年は2種登録
出場歴

タイトル

クラブ

日本の旗 ガンバ大阪ジュニアユース
日本の旗 ガンバ大阪ユース

オランダの旗 PSVアイントホーフェン

代表

U-19日本代表

個人

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 69試合11得点(2018年 - )
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日本代表国際Aマッチ
出場得点
201851
2019132
202020
202110
2022122
202382
2024143
202571
202670
通算 6911
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出場

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ゴール

出演

CM

脚注

関連項目

外部リンク

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