外国人集住都市会議
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1990年、出入国管理及び難民認定法が改正され、ブラジルなどの南米系日系人は3世まで就労制限がない在留資格が認められた。バブル景気による製造業の人手不足が背景にあり、出稼ぎの日系人が自動車産業の集積地である浜松市や群馬県大泉町などに移り住んだ。彼らはニューカマーと呼ばれた。こうした地域の自治体が、外国人住民に関わる施策や活動状況に関する情報交換のほか、各地域で顕在化しつつある様々な問題の解決に積極的に取り組んでいくことを目的として、外国人集住都市会議を設立した[1]。政府に対する法・制度改正の要望も行った。
加盟自治体はピーク時の29から2018年度は15へと減っている(後記の「加盟自治体」参照)。これは外国人技能実習制度(1993年~)などにより日本に長期滞在する外国人の出身国がアジアを中心に多様化し、主に南米日系人向けを念頭に置いた施策に取り組んできた外国人集住都市会議の活動では対応しきれなくなったことが背景にある[2]。
また、外国人集住都市会議では「浜松宣言及び提言」が決定され、外国人児童に対する指導体制を充実させようという目標のもと指導要綱マニュアルの作成を行ったり、教員の増加や通訳配置にかかわる経費助成を関係機関に提言した[3]。