創建年は不詳。江戸期まで六所大明神と呼ばれ、春日井郡大野木村の氏神であった。所蔵する最も古い棟札は康安元年(1361年)のもので、「六所大明神御宝殿」と書かれている。この他に応永年間・永享年間など多くの棟札を所蔵する。江戸前期成立の『寛文村々覚書』には「大野木村...大明神 当村祢宜久右衛門持分」とある。
『延喜式神名帳』に見える尾張国山田郡「太乃伎神社」は、『尾張国内神名帳』に見える山田郡「大簷天神」と同一である。江戸中期に天野信景は『本国神名帳集説』の中で所在地が大野木村であったことから、当社を太乃伎神社に比定し、これが定説化した。