1978年、天星観1号墓が発掘された。すでに盗掘に遭っていたが、北室の遺物の保存状態は比較的良好で、銅器・陶器・漆器・玉器・銀器などの随葬品約2500点が出土した。西室から出土した竹簡の文字は比較的鮮明に残っており、判読が可能であった。その中の卜筮記録には「為邸𬀑君番勅貞」という句が繰り返し記されており、邸𬀑君の疾病を占卜した際の記録である。番勅は墓主の名であると考えられる。天星観墓群はおそらく番勅の家族墓地であろう。陳偉は墓主を邸陽君番乗とする。
また卜筮記録中にみえる4種の紀年のうち、「秦客公孫紻聞王于戚郢之歳」が3回現れる。ここの公孫紻は商鞅のことと考えられ、1号墓の年代はおおむね紀元前361年から紀元前340年のあいだとみられる。
遣策の内容は、葬儀に用いる車馬・儀仗の記録、弔いの贈品のリストである。