1953年、長沙市南門外にある仰天湖で楚墓が発掘された。この墓は二度の盗掘によって大部分の副葬品が持ち去られていたものの、陶器・銅器・手に剣を持った木俑など20点ほどが残されていた。棺内に残されていた竹簡はすでに破損し、散乱していた。表側にあった竹簡は黒く変色し、文字は判読困難だが、内側にあった竹簡の保存状態は比較的良好であった。
内容は遣策(副葬品のリスト)で、各組の簡の最後尾に小さく「已」や「句」の文字が記されているが、これは下葬時に随葬品と照らし合わせた確認のしるしとされ、「已」は物品がすでに入葬された意で、「句」はまだ入葬されていないことを表しているという。