川崎新町駅
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| 川崎新町駅 | |
|---|---|
|
駅舎(2022年4月) | |
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かわさきしんまち Kawasakishimmachi | |
![]() | |
| 所在地 | 川崎市川崎区渡田山王町26-4 |
| 駅番号 | JN52 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 | ■南武線(南武支線) |
| キロ程 | 2.0 km(尻手起点) |
| 電報略号 | ワシ←カワシ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
1,134人/日(降車客含まず) -2020年- |
| 開業年月日 | 1930年(昭和5年)4月10日[1] |
| 備考 | |
川崎新町駅(かわさきしんまちえき)は、神奈川県川崎市川崎区渡田山王町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)南武線(南武支線)の駅である。駅番号はJN 52[3]。
- 1930年(昭和5年)
- 1943年(昭和18年)9月14日 : 並行する東海道本線貨物支線に小田操車場(おたそうしゃじょう)を開設[5]。
- 1944年(昭和19年)4月1日:南武鉄道が国有化、運輸通信省南武線(南武支線)の駅となる[1][4]。同時に貨物営業を廃止。
- 1973年(昭和48年)10月1日:東海道本線貨物支線を廃止、小田操車場を川崎新町駅に統合[5]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR東日本の駅となる[1][4]。
- 2002年(平成14年)3月22日:ICカード「Suica」供用開始[6]。
- 2014年(平成26年)12月26日:出札窓口の営業終了。
- 2022年(令和3年)
駅構造
単式ホーム2面2線を有する地上駅。互いのホームは地下通路で繋がっている。
当駅場内より南武支線と東海道貨物線が合流するため[注 1]、構内には浜川崎に向かって左手から南武支線の上り本線、同線の上り待避線(南武支線上りホーム設置)、東海道貨物線の上り本線、南武支線・東海道貨物線の下り本線(南武支線下りホーム設置)の計4本が走っている。当駅より浜川崎駅までは、南武支線と東海道貨物支線が同じ線路を共有する。鶴見方より東海道貨物線、新鶴見信号場・尻手方より南武支線経由で浜川崎駅・川崎貨物駅・東京貨物ターミナル駅に発着する貨物列車が多数設定されているため、当駅を通過する貨物列車を旅客列車より頻繁に見ることができる。
また、貨物列車が遅延している場合、当駅で旅客列車が貨物列車通過・交換待ちをすることがある。かつては小田操車場が併設されており、広い構内はその名残である。
2014年(平成26年)12月26日まで営業していた出札窓口では、長距離乗車券や指定券等も発売していた。簡易Suica改札機が設置されている。
改札を入って右手に男女共用水洗式トイレ、改札を出て右手に飲料自販機が設置されている。エレベーター・エスカレーターは設置されていない。
当駅は川崎市内にあるが、JRの特定都区市内制度における「横浜市内」の駅として扱われる。
のりば
駅舎側を1番線として、以下の通り。
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 下り | 八丁畷・尻手方面 | |
| 2 | 上り | 浜川崎・扇町方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
- 改札口(2022年4月)
- 1番線ホーム(2022年4月)
- 2番線ホーム(2022年4月)
利用状況
2020年(令和2年)度の1日平均乗車人員は1,134人である。2016年度 - 2019年度の値には、運賃計算上同一駅として扱われた小田栄駅の乗車人員も含まれている。
近年の推移は以下の通り。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
出典 |
|---|---|---|
| 1995年(平成7年) | 1,180 | [* 1] |
| 1996年(平成8年) | 1,081 | |
| 1997年(平成9年) | 1,005 | |
| 1998年(平成10年) | 1,002 | [* 2] |
| 1999年(平成11年) | 1,005 | [* 3] |
| 2000年(平成12年) | [JR 1]1,003 | [* 3] |
| 2001年(平成13年) | [JR 2]994 | [* 4] |
| 2002年(平成14年) | [JR 3]971 | [* 5] |
| 2003年(平成15年) | [JR 4]986 | [* 6] |
| 2004年(平成16年) | [JR 5]1,047 | [* 7] |
| 2005年(平成17年) | [JR 6]1,069 | [* 8] |
| 2006年(平成18年) | [JR 7]1,154 | [* 9] |
| 2007年(平成19年) | [JR 8]1,260 | [* 10] |
| 2008年(平成20年) | [JR 9]1,314 | [* 11] |
| 2009年(平成21年) | [JR 10]1,322 | [* 12] |
| 2010年(平成22年) | [JR 11]1,348 | [* 13] |
| 2011年(平成23年) | [JR 12]1,336 | [* 14] |
| 2012年(平成24年) | [JR 13]1,355 | [* 15] |
| 2013年(平成25年) | [JR 14]1,372 | [* 16] |
| 2014年(平成26年) | [JR 15]1,358 | [* 17] |
| 2015年(平成27年) | [JR 16]1,461 | [* 18] |
| 2016年(平成28年) | [JR 17]2,261 | [* 19] |
| 2017年(平成29年) | [JR 18]2,615 | |
| 2018年(平成30年) | [JR 19]2,820 | |
| 2019年(令和元年) | [JR 20]3,009 | |
| 2020年(令和2年) | [JR 21]1,134 |
