愛知町 (名古屋市)
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字一覧
歴史
江戸時代は愛知郡北一色村の一部であった[1]。町村制施行に伴う合併で笈瀬村が成立し、その後笈瀬村は町制施行に合わせて愛知町と改称した[2]。愛知町は1921年(大正10年)に名古屋市に編入され、かつての北一色村の区域は中区北一色町となった[3]。
人口が増加する中、分離・独立する形で1928年(昭和3年)、北一色町に愛知尋常小学校が創立された[4]。学制改革により名古屋市立愛知小学校となった後、1980年に移転するまで愛知町に所在した[5]。これは笹島駅と中川運河の建設に伴い、露橋尋常小学校を露橋耕地整理組合地区内に移転、愛知高等小学校を中京土地区画整理組合地区内に移転・改築して愛知尋常小学校として利用したものであったという[6][7]。
1937年(昭和12年)に北一色町は新設された中村区の所属となった[8]。翌1938年、北一色町の一部により新たな町名「愛知町」が設けられた[1]。その後、愛知町は1944年に中川区に移されている[9]。
1973年に愛知町を含む愛知地区で住居表示が実施された[10]。
町名の変遷
- 1938年(昭和13年)4月1日 - 中村区北一色町の一部により、同区愛知町として成立[11]。愛知県告示第346号による[12]。
- 1942年(昭和17年)1月15日 - 一部が運河通に編入される[13]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 行政区域の変更により、中川区愛知町となる[11]。
- 1973年(昭和48年)11月10日 - 中川区運河通・小栗通・五月通・中京通の各一部を編入[11]。また、一部が豊成町・澄池町となる[14]。
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 愛知町1丁目 | 1938年4月1日 | 北一色町(字大南・西浦・浦山) |
| 愛知町2丁目 | 北一色町(字西浦・大南・浦山・大海・柳原) | |
| 愛知町3丁目 | 北一色町(字柳原・大海・船戸) | |
| 愛知町4丁目 | 北一色町(字柳原・大海・船戸) | |
| 愛知町5丁目 | 北一色町(字船戸・大海) | |
| 運河通 | 1942年1月15日 | 愛知町 |
| 愛知町 | 1973年11月10日 | 愛知町 |
| 運河通 | ||
| 小栗通 | ||
| 五月通 | ||
| 中京通 | ||
| 豊成町 | 愛知町 | |
| 澄池町 |
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立愛知小学校 | 名古屋市立長良中学校 | 尾張学区 |
交通
- 大須通(名古屋市道愛知名駅南線)
- 明石通
施設
- 愛知コミュニティセンター - 会議室を2室、10畳の和室を2室備える[WEB 13]。
- 愛知公園[1] - 街区公園[16]。1989年(平成元年)7月1日開園[16]。0.62ヘクタール[16]。
- 善行寺[1] - 山号を安井山と号する[17]。山号については、第2世の海善師なる人物が、京都東山の安井御門跡に仕え、春日井郡安井村に隠遁したことに由来すると寺伝にあるとされる[18]。
- 熊野神社[1]
- 神明社[19] - 天照大神を祀る[19]。熊野社は神明社の末社であったが、合殿となった[19]。境内に安井徳左ヱ門の顕彰碑がある[17]。安井は文久ごろの豪農であり、当地の水害を案じて私財により水路を拓いた[17]。そのために安井の名をとって、徳左川と呼ばれ顕彰されたという[17]。
- 法誓幼稚園
- 善行寺(2017年5月)
- 神明社(2014年10月)
- パイロットコーポレーション中部支社(2014年10月)
