牛立町
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歴史
町名の由来
江戸期の愛知郡牛立村の名による[2]。由来については、「潮立(うしおだて)」の転訛によるものという説、川の水をせき止めるための木組み石積みの「うし」なる装置に由来するという説、牛頭天王が当地に鎮座する予定があったものの熱田神宮に近いために津島神社に発たれることになり、当地の木に繋がれていた牛に立てと言われた伝説に由来するという説などがある[2]。
地名は戦国期から確認でき、『信雄分限帳』に「牛立郷 安井小法」とある。江戸後期には牛立村の東部に「切戸」と称する枝郷が成立していた。
牛立村は1878年(明治11年)に隣接する中野村と合併し野立村となり、1889年(明治22年)にはさらに八熊村・西古渡村・中野外新田と合併し八幡村となっている[3]。八幡村は1921年(大正10年)に名古屋市南区に編入されている[4]。
行政区画の変遷
世帯数と人口
2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 牛立町 | 808世帯 | 1,725人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年)[WEB 5] | 2,019人 | ||
| 2000年(平成12年)[WEB 6] | 1,950人 | ||
| 2005年(平成17年)[WEB 7] | 1,793人 | ||
| 2010年(平成22年)[WEB 8] | 1,705人 | ||
| 2015年(平成27年)[WEB 9] | 1,627人 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年)[WEB 5] | 715世帯 | ||
| 2000年(平成12年)[WEB 6] | 728世帯 | ||
| 2005年(平成17年)[WEB 7] | 693世帯 | ||
| 2010年(平成22年)[WEB 8] | 711世帯 | ||
| 2015年(平成27年)[WEB 9] | 694世帯 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立八幡小学校 | 名古屋市立八幡中学校 | 尾張学区 |
施設
- 八幡社
- 四門寺
- 願興寺
- 牛立公園
