日本プロスポーツ大賞

From Wikipedia, the free encyclopedia

2018年内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞受賞式典。授賞者安倍晋三と受賞者大谷翔平

日本プロスポーツ大賞(にほんプロスポーツたいしょう)は、公益財団法人日本プロスポーツ協会が制定する賞。

日本プロスポーツ大賞(1名)・殊勲賞(3名)・最高新人賞(1名)・功労賞・特別賞・新人賞を決定し、大賞受賞者には内閣総理大臣杯が贈られる。また、功労賞受賞者は「スポーツ功労者顕彰(プロスポーツ分野)」として文部科学大臣から顕彰される[1]

大賞および殊勲賞は、選考委員の代表者立会いの下で開票された投票結果を基に、理事会の審議を得て決定する。

功労賞・特別賞・新人賞は、選考委員、各加盟団体及びスポーツに関する有識者の推薦を基に、理事会の審議を得て、決定する。

最高新人賞は、新人賞の受賞者の中から、もっとも貢献度の大きい成績を残したと認められる選手を、理事会の審議を得て決定する。

大賞、殊勲賞、最高新人賞は、本人に授賞の意志または授賞式に出席の意志がない場合は、当選を無効とし次点の者に繰り上げられる。特別賞、功労賞、新人賞も上記に準じて無効となる。但し、客観的な理由があり、やむを得ず欠席する場合は、Web参加若しくは、ビデオメッセージにより、代理人による授賞が認められる。

選考

マスコミ各社の運動部長、もしくはそれに準ずる役職の人間が選考委員となり、総数54の1回投票で選定する[2]。選考委員が属するマスコミとは、三大紙を始めとする一般紙、スポーツ紙、夕刊紙、地方紙、通信社、英字新聞、在京テレビ局、地方局、UHF局、衛星放送、AM・FM全局と一部の地方局が連なる[2]。この記者投票制で選考するようになったのは、7年目の1974年からである[2]

歴史

第6回目までは大賞候補として、数名の選手を事前にエントリーし、組織の理事による内々の投票で決めていた[2]。候補者の属する競技の代表者が全体会議の場で、推す候補者をアピールする演説をした後に、投票が行われていた[2]

後年、同協会の副会長となる山口弘典によると、当時の同賞は参加団体の親睦会程度のもので、読売新聞社への配慮もあり、隔年で読売が推す候補者が選ばれてきた[2]。第6回の1973年は、三冠王獲得、野村克也の通算本塁打記録を抜き、V9_(読売ジャイアンツ)に貢献した、プロ野球王貞治が本命だった[2]。しかし受賞したのはキックボクシング沢村忠で、彼が受賞できるよう、格闘技プロモーターの野口修が暗躍していた[2]。これが原因で、翌年から公平に選定しようと記者投票制になり、この結果に怒った読売は、新たに報知プロスポーツ大賞を設けている[2]

日本プロスポーツ協会の組織運営に問題があることを理由に日本野球機構が協会を脱会[注 1]したことがきっかけで、2019年度から2021年度まで表彰が中止となっていた[4][5]。日本野球機構は2022年12月に再加盟しており[6]、2022年度は4年ぶりに実施された[7][5]。この時最高新人賞に代わり新たに敢闘賞が設けられたが、翌年には敢闘賞を維持した上で最高新人賞も復活している。

歴代受賞者・団体

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI