早川忠孝
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- 長崎県佐世保市出身、埼玉県朝霞市在住。
- 都立西高校卒[1]、東京大学法学部[2]在学中の1968年に23歳で司法試験合格、同学卒業後、自治省職員、27期司法修習を経て、弁護士[3]。
- 1996年 第41回衆議院議員総選挙に埼玉4区から自民党公認で初出馬したが、新進党現職の上田清司に敗れ落選。
- 2000年 第42回衆議院議員総選挙にも同選挙区から自民党公認で再挑戦したが、落選。
- 2001年 第19回参議院議員通常選挙に埼玉県選挙区から保守系無所属で立候補したが、落選。
- 2003年 第43回衆議院議員総選挙では、選挙区で落選したが、比例復活で初当選した[4]。総裁派閥(当時)の森派に加わる一方、50歳以上で初当選した自民党国会議員による「クローニンの会」(知命立志会、会長は福田康夫)にも所属。
- 2005年 第44回衆議院議員総選挙で再選。構造計算書偽造問題では、『自民党耐震偽装問題対策検討ワーキングチーム』座長に就任。
- 2007年 『自民党民法772条[5]見直しプロジェクトチーム』座長に就任。
- 2008年 自民党総裁選で小池百合子を支持。
- 2009年
政策
エピソード
- 2015年に第3次安倍第1次改造内閣が野党の要求に応じて臨時国会の開催をしないことを決定したことに関して、「安倍内閣の退陣を求めたい」「憲法の規定は解釈次第でどうにでもなる、憲法の規定は必ずしも守らなくてもいい、などと思っているのだとしたら大変な思い違いだ」と批判した[8][9]。
