木村睦男
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| 木村 睦男 きむら むつお | |
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| 生年月日 | 1913年7月29日 |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 2001年12月7日(88歳没) |
| 出身校 | 東京帝国大学(現・東京大学) |
| 前職 | 国家公務員(運輸省) |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 |
正三位 勲一等旭日大綬章 参議院永年在職議員 法学士 |
| 在任期間 | 1983年7月18日 - 1986年7月22日 |
| 天皇 | 昭和天皇 |
| 内閣 | 三木内閣 |
| 在任期間 | 1974年12月9日 - 1976年9月15日 |
| 選挙区 | 岡山県選挙区 |
| 当選回数 | 5回 |
| 在任期間 | 1964年12月10日 - 1989年7月9日 |
その他の職歴 | |
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総裁:中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑 (1986年 - 1989年) | |
木村 睦男(きむら むつお、1913年〈大正2年〉7月29日 - 2001年〈平成13年〉12月7日[1])は日本の政治家、運輸官僚。位階は正三位。参議院議員、参議院議長、運輸大臣を歴任。
岡山県阿哲郡千屋村(現・新見市千屋)出身[1]。東京帝国大学法学部卒業[1]。
田中派に属し、ロッキード事件では公判に証人として立ち田中角栄を擁護した[1]。1987年7月4日、竹下登、金丸信らによる新派閥「経世会」が結成され[2]、田中派が竹下派、二階堂グループ、中立系の3派に分裂した際は二階堂グループにはついていかず、中立系に属した[3]。
自民党系の改憲団体で、「自主憲法期成議員同盟」(現・「新憲法制定議員同盟」)の関連団体である「自主憲法制定国民会議」(現・「新しい憲法をつくる国民会議」)会長をつとめ、憲法改正私案を発表するなど改憲論者であった[1]。
秋山長造は、同一選挙区における長年のライバルとして知られた。