高田寛 (参議院議員)
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1922年、東京帝国大学法学部政治学科を卒業[4]。アメリカ合衆国、ドイツに留学[4]。1922年、鉄道省に入省。戦前から戦中にかけて、小郡駅長、鉄道局副参事、名古屋鉄道局運輸旅客掛長、逓信局事務官、鉄道省事務官、東京鉄道局長、国際観光局長などを歴任した[4][2]。
1947年の第1回参議院議員通常選挙において全国区で当選し、緑風会に所属して1953年まで1期を務めた[2]。在任中には、参議院議院運営委員会委員長も務めた。また、参議院議員当時から日本交通公社理事長を務め[5]、後には会長を務めたが[6]、造船疑獄に関わって贈賄で逮捕され[7]、1959年9月21日に東京地方裁判所において懲役4か月執行猶予1年の有罪判決を受けた[8]。
その後も、1959年に大利根カントリークラブの初代社長となるなど[9]、要職を歴任した。
脚注
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- ↑ 『読売年鑑 昭和28年版』433頁。
- 1 2 3 “(訃報)高田 寛 氏”. 朝日新聞・東京朝刊: p. 23. (1979年5月5日) - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
- 1 2 “(訃報)高田 寛 氏”. 読売新聞・朝刊: p. 23. (1979年5月5日) - ヨミダス歴史館にて閲覧
- 1 2 3 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』346頁。
- ↑ 鈴木忠義「人間の「喜び」と「生きがい」を生む観光地づくり (特集 観光地づくりの本質を探る : 観光まちづくりの「心」とは)」(PDF)『観光文化』第36巻第5号、日本交通公社、2012年、2-7頁、2013年9月22日閲覧。 :図1 (p.3) =出典は、「東京都総務局観光課「観光の理論と実際」(第1回観光講座全集)昭和24年発行」
- ↑ “衆議院会議録情報 第016回国会 決算委員会 第23号”. 国立国会図書館. 2013年9月22日閲覧。
- ↑ “衆議院会議録情報 第019回国会 本会議 第30号”. 国立国会図書館. 2013年9月22日閲覧。
- ↑ “造船疑獄 山下、名村グループ 判決十一被告に懲役 執行猶予 五年ぶり、四人だけ無罪”. 読売新聞・夕刊: p. 5. (1959年9月21日) - ヨミダス歴史館にて閲覧
- ↑ 田野辺薫. “田野辺薫の名コースめぐり 第33回 大利根カントリークラブ”. 桜ゴルフ. 2013年9月22日閲覧。
参考文献
- 『読売年鑑 昭和28年版』読売新聞社、1952年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』1990年。
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| 先代 梅原真隆 |
1949年 - 1950年 |
次代 竹下豊次 |
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| †:当選無効・失格など、↓:途中辞職・死去など、↑:繰上げ当選または補欠選挙で当選(合併選挙で当選した3年議員を除く)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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