東武鉄道のダイヤ改正
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1950年代
1953年8月1日
1953年11月20日
1960年代
1962年5月31日
- 営団日比谷線との相互直通運転開始に伴うダイヤ改正。
1962年9月22日
1963年2月28日
1963年9月21日
- 日光線(板荷~下小代間)を複線化 [3]。
1964年5月31日
- 6000系電車による快速運転を開始 [4]。
1964年8月26日
- 営団日比谷線の全線開通に伴うダイヤ改正。
- 日比谷線直通列車を増発し、朝ラッシュ時の運転間隔が12分間隔から9分間隔に、日中時の運転間隔が15分間隔から12分間隔に、それぞれ変更され[5]一部列車の両数が6両に増強された。
1965年6月7日
- 日光線の快速を増発し、上下23本での運行となった[6]。
1965年9月18日
1966年9月1日
- 北春日部駅が開業し、日比谷線直通列車が北春日部までに延長された[6]。
- 日比谷線直通列車の両数が全車6両になった。
- 2000系を24両投入し朝ラッシュ時における日比谷線直通列車の運転本数をラッシュ時間帯9分ヘッドから2分30秒~3分ヘッドにし、本数も7本から12本に増便する。
- 日光線近代化のため一部時間帯の列車において6000系を投入し一部列車は行先も変更。
1967年11月13日
- 伊勢崎・日光線の8000系を追加投入、これにより浅草~館林間は全て4・6両で運行。
- 野田線大宮駅のホームが1線増え、1面2線となる。
1968年7月1日
1969年8月1日
1970年代
1970年11月24日
1973年7月24日
- 日光線の全線複線化に伴うダイヤ改正。
1974年7月23日
- 北千住~竹ノ塚間の複々線化に伴うダイヤ改正。
1976年7月20日
1977年8月2日
- 初の冷房車(8000系)が導入された [15]。
1978年11月14日
- 野田線(初石~柏間)が複線化 [15]。
1979年10月31日
- 野田線で一部の列車を6両編成化 [16]。
1980年代
1980年8月5日
- 本線系統でのダイヤ改正[17]。
1981年3月16日
1981年4月15日
- 貨物系統のダイヤ改正
- 北千住・栗橋での貨車中継を廃止し久喜に移行する。
- 東武動物公園~野田市間の貨物列車が廃止され、野田市発着・柏中継となる。
1982年7月27日
- 一部の列車を8両編成化 [20]。
1982年11月15日
- 国鉄のダイヤ改正に伴う改正で貨物のみ行われた。
- 佐野での貨車中継が葛生発の上りについては開放、国鉄から葛生方面へ向かう下りについては貨車連結のみとなる。
- 業平橋、千住、羽生での日曜における貨車入換及び秩父鉄道からのセメント列車が日曜のみ運行廃止となる。
1983年7月21日
- 日光線方面の特急の本数を増強し一部列車が新栃木と新鹿沼に停車するようになる。
- 朝ラッシュ時に春日部始発の準急を3本新設。
- 同年4月に平日朝の通学対策として7300系で運行していた東武動物公園始発の普通加須行きが準急に格上げされたうえで始発地を浅草に、終点を館林にそれぞれ変更されたと同時に7300系の定期運用がこれをもって消滅となった。
- 野田線(新柏~増尾間)の複線化と新柏駅の新設 [21]。
- 野田線(馬込沢~塚田間)の複線化と馬込沢始発の船橋行き新設。
- 伊勢崎方面と日光方面に各一往復ずつあった社用品輸送の荷物電車が廃止。
1984年2月1日
- 国鉄のダイヤ改正に伴う改正で貨物のみ行われた。
- 新設も多少あるが45本もの貨物列車が廃止された。
- 伊勢崎と柏における貨車中継が廃止され久喜と佐野のみが中継場所として残った(但し佐野は上りのみ)。
- 専用貨物線が一部及び全面廃止、(千住、木崎、葛生、宮本、第三会沢、壬生、新鹿沼)。
- 葛生~山菅(山菅1号荷扱所)間廃止。
1984年8月21日
- 東武動物公園以北の運転速度アップ[22]。
1984年11月27日
- 野田線でのダイヤ改正
- 輸送力の増強と一部の最終列車の繰り下げ[22]。
今改正より5000系列6両での運転を開始、大宮~川間間のホームを20m車用に延伸し大宮方でも全区間20m車6両での運行が可能になった。
1985年9月1日
1985年3月14日
- 国鉄のダイヤ改正による改正で貨物のみ行われた。
- 貨物列車9本が新設され13本が廃止となった。
- 今改正で廃止された列車の中に久喜~野田市間の貨物列車が含まれておりこれにより野田線の貨物列車は全廃となった。
- 日曜のみ運休する列車と日曜・祝日で運休する列車が設定された。
- 館林・第三会沢・野田市・築地において貨物専用線が一部及び全面廃止、及び築地においては一社のみ休止。
1985年11月19日
- 野田線でのダイヤ改正。
1986年8月26日
- 準急の一部を10両編成化[23]。
- 10両準急は全て曳舟行とし同駅到着後は業平橋の貨物ヤードまで回送し、折返し南栗橋まで回送していた。
- 準急の増発[23]。
- 日光線に杉戸高野台駅と南栗橋駅の新設 [23]。
- 従来の幸手での折返し及び分割・併合を南栗橋駅に変更。
1986年10月9日
1986年11月1日
国鉄のダイヤ改正と草加付近の高架化進歩に伴う改正で貨物列車のみ行われた。
- 佐野における貨物中継が廃止、久喜のみとなった。
- 会沢線・大叶線廃止。
- 上記2線廃止に伴い築地・第一会沢・第三会沢・宮本・築地の各駅が廃止となった。
- 葛生での貨物取り扱いが廃止され入換及び日鉄鉱業への専用列車の中継・折返しは全て上白石に移行された。
- また上記貨物取扱廃止に伴い葛生の線路が大幅に整理されそれまでの20線から4線と大幅に減った。
- 業平橋・北舘林荷扱所・葛生・上白石・築地・第一会沢・第三会沢・宮本・大叶の各駅において貨物専用線が一部及び全面廃止。
- 今改正で業平橋発着の砂利輸送が廃止されたため同駅構内にあったホッパー線も使用停止、後に撤去された。
1987年2月
- 貨物列車のみの改正。
- 上白石駅構内の配線一部変更及び葛生~上白石間の推進運転廃止。
1987年5月1日
- 貨物列車のみの改正。
- 秩父鉄道の三ヶ尻発羽生経由千住行きのセメント輸送列車が廃止。(4月30日限り)
- 上記列車廃止に伴い羽生での貨車中継(東上線との電車中継は残存)及び千住駅と千住貨物線が廃止となった。
1987年7月21日
- 全ての特急が下今市に停車 [25]。
- 浅草~東武日光・東武宇都宮間で運行していた通勤快速を準急に格下げ。
- 朝ラッシュ時、日比谷線直通列車の霞ヶ関行きを一部分のみ六本木行きに延長。
- 朝間下りの浅草発東武日光行きの準急列車3本のうち1本を新栃木行きに変更。
- 東武動物公園以南の定期貨物列車と日光線関連の貨物列車が1本のみとなったため館林地区に運用を集結。
- 杉戸機関区廃止(1987年6月30日限り)
- 同機関区廃止により東武動物公園構内の杉戸機関区関連線路及び一部側線等が使用停止された。
1987年12月1日
- 伊勢崎線高架複々線化工事の進捗に伴うダイヤ改正[26]。
- 1800系が1本新造(1819F)され急行りょうもう号が増発された。
1988年8月9日
- 竹ノ塚~草加間の高架複々線化完成に伴うダイヤ改正。
- 日光線の上り準急4本を10両編成化[27]。
- 上りの準急1本増発し、午前ラッシュ時に竹ノ塚~浅草間の上りの普通列車4本を草加に延長 [28]。
- 準急の運転間隔を15分間隔から10分間隔に変更[28]。
- 浅草~宇都宮間の急行「しもつけ」の新設 [29]。
- 草加まで複々線化完成に伴い草加行きが新設された。
- 準急羽生行きの大多数を館林・太田までそれぞれ延長。
- 日中時の浅草発普通藤岡行及び新栃木行を準急に格上げした上で全列車新栃木発着となる。
1989年4月21日
- 日光線・野田線でのダイヤ改正。
- 六実~新鎌ヶ谷信号所間を複線化 [30]。
- 夕方時の準急新鹿沼・東武日光行きが新鹿沼までの単独運行となった。
1989年11月28日
- 浅草~会津高原間の快速を20分短縮 [30]。
- 日光・宇都宮線における貨物列車全廃、柳原信号所も廃止となった。
- 廃車車両、レール輸送の臨時貨物列車全廃、前者に関しては廃車場所(北舘林)まで自力回送となる。
- 甲種輸送及び特大貨物の輸送に関しては残置。
- 東武動物公園での貨車入換廃止。
1989年12月19日
- 野田線でのダイヤ改正[31]。
1990年代
1990年9月25日
- 館林からの準急の一部が10両編成化 [31]。
- 急行「りょうもう」上下1本と急行「しもつけ」上下1本にビジネスライナーを設定 [31]。
- 業平橋駅の10両対応ホームが完成し朝ラッシュ時に運行されていた準急と普通の曳舟行きを全て業平橋まで延長。
- 夕方においても一部8両での運行を開始(業平橋→南栗橋のみ)
1991年7月21日
1991年11月26日
- 新柏~柏間の複線化に伴う野田線でのダイヤ改正。
- 朝ラッシュ時において、6本から9本に増発[33]。
- 3000系電車から5000系電車・8000系電車に置き換え、輸送力を増強[34]。
- 昼間時において、毎時4本での運転から毎時6本での運転に増発[34]。
1991年12月9日
- 深夜時における準急2本増発と普通2本の運転区間の延長により、最終列車を繰り下げた[34]。
1992年9月21日
- 伊勢崎線で利根川新橋梁完成により、羽生~川俣間の複線化に伴うダイヤ改正。
1992年12月1日
- 野田線でのダイヤ改正。
- 大型冷房車の導入[36]。
1993年3月24日
- 貨物列車のみの改正。
- 業平橋までの貨物列車1往復廃止。これにより久喜以南からの貨物列車が全廃された。
- 上記列車廃止に伴い業平橋での貨物取扱廃止。
1994年8月2日
- 本線系統でのダイヤ改正[37]。
- 平日朝間時の10両運転が増発され準急浅草行き2本も10両化された。
- 浅草行き2本が10両化されたと同時に曳舟駅での10両分割作業も開始となる。(浅草まで10両が入線できないため)
- 東武宇都宮発着の準急の大多数が新栃木まで短縮された。
- 北越谷駅の高架複々線化工事の進歩に伴い、同駅構内にある引上げ線2本が使用停止及び大袋の配線を変更し外2線を本線に、中2線を待避線にそれぞれ変更すると共に待避線の浅草方に交差渡り線を新設し北越谷始終着の列車は大袋まで回送し待避線で折り返した後再度回送し北越谷まで行くという措置がとられた。
1995年3月28日
- 本線系統でのダイヤ改正。
- 一部列車の運転時刻を変更。
- 早朝初電の北越谷始発普通浅草行きが滞泊元の大袋駅まで延長された。
1995年8月2日
- 野田線でのダイヤ改正[38]。
1996年10月1日
- 貨物列車のダイヤ改正。
- 館林~赤城間の貨物列車廃止(実際の終了日は9月25日)、及び赤城駅の貨物取扱終了。
1997年3月25日
- 区間準急新設に伴い準急の列車番号が変更となりそれまで3桁だったものが4桁となった。(千の位は2000代で固定)
- 下りの特急と急行が全て北千住に停車[40]。
- 朝ラッシュ時に北千住~越谷間の所要時間で、準急は25分から19分に短縮し、普通は32分から29分に短縮[40]。
- 準急が新越谷に停車[40]。
- 区間準急を新設[41]。運行区間は浅草(最終1本のみで北春日部行き、同改正前は準急北春日部)・北千住~南栗橋。
- 北千住駅の工事完成に伴い準急と普通の北千住行きが新設され業平橋発着の列車は減便された。
- 日中時の浅草~南栗橋間の各駅停車が全廃、北千住~南栗橋間は日比谷線直通と区間準急が受け持つ形となる。(浅草~北千住は準急A・Bが受け持つ)
- 越谷まで複々線が完成したことに伴い従来の草加・北越谷行きが終電時間帯の北越谷行2本を除き全て越谷での折返しとなる。
- 下り準急列車の10両運転を開始。
- 1995年改正で誕生した大袋始発の普通浅草行きが北春日部まで延長された。
- 平日・土曜・休日の3ダイヤを平日・土休日ダイヤに変更。
1997年10月1日
- JR東日本のダイヤ改正と貨物列車の改正。
- 一部列車のJR線との接続時刻を調整。
- 川俣・上白石での貨物取り扱い終了と会沢線の廃止。
- 車掌車の連結を終了。
1999年3月16日
1999年11月25日
- 野田線新鎌ヶ谷駅完成に伴うダイヤ改正。[43]
- 鎌ヶ谷駅の高架化完成、9か所の踏切が除去される。
- 岩槻~東岩槻間、鎌ヶ谷~馬込沢間の複線化が完成、東岩槻始終着の列車を新設および馬込沢始発の列車を六実まで延長。
- 東岩槻まで複線化されたことに伴い岩槻~東岩槻間の列車が4本から6本に増発。
- これまでの平日・休日ダイヤを平日・土休日ダイヤに変更。
- 高柳駅留置線(逆井方)の一部使用開始。
2000年代
2001年3月28日
- 伊勢崎線(越谷~北越谷間)の複々線化完成に伴うダイヤ改正。[44]
- 特急「けごん」・「きぬ」の停車駅を新栃木から栃木に変更[45]。
- 特急「けごん」・「きぬ」の全列車が春日部、新高徳に停車[45]。
- 越谷折返しの列車が全て北越谷まで延長される。
- 朝ラッシュ時に10両の区間準急が2本増発された。
- 日中時の区間準急が一部10両化された。
- 複々線化完成に伴いこれまで大袋駅で行われてきた北越谷~大袋間の回送及び夜間滞泊は終了し待避や折返し設備も撤去され2面2線となった。
2003年3月19日
→東急側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2003年3月19日改正」を参照
- 営団地下鉄半蔵門線との相互直通運転開始に伴うダイヤ改正。
- 営団地下鉄半蔵門線、東急田園都市線との相互直通運転を開始し、日光線の南栗橋までの乗り入れとした[46]。
- この改正で通勤準急が新設され区間準急と共に半蔵門線・東急田園都市線に乗り入れる。
- 大師線、小泉線(西小泉・東小泉~太田間)でワンマン運転開始[46]。
- 半蔵門線直通開始に伴い業平橋駅の10両対応ホームが廃止された。
- 朝ラッシュ時の曳舟駅での10両分割作業を廃止し全て北千住で行われる形となった。
- 伊勢崎線の太田以遠各駅停車の準急(準急A)を廃止し東武動物公園以遠各駅停車の準急(準急B)に統合、また案内上における準急A・Bの表記もこの改正で廃止された。
- 早朝2本のみ存在した北春日部始発普通伊勢崎行きの列車番号がそれまでの準急Bによる扱いから普通列車への扱いに変更された。(東武動物公園~館林間まで普通列車の扱いがなかったため)
- 亀戸線の朝ラッシュ時減便。
2003年10月1日
- 久喜での貨物中継廃止と北館林荷扱所での貨物取扱終了ならびに久喜~北館林荷扱所間の貨物列車の運行廃止(実際の運行は前日の9月30日まで)、これにより東武の貨物輸送は全廃となった。
2004年10月19日
- 野田線での東岩槻~春日部間、及び新鎌ヶ谷~鎌ヶ谷間複線化に伴うダイヤ改正。[47]
- 従来の東岩槻発着をすべて春日部まで延長。
- 日中時、毎時4本運行を6本運行に変更。
- 朝ラッシュ時に春日部始発及び平日夕ラッシュ時の下り列車を増発し大宮発の16~19時台は毎時8本での運行となる。
- 吊りかけ駆動車(5070系)の引退によりスピードアップを実施。
- 上記改正以外にこの日より亀戸・大師線でワンマン運行を開始。
2005年3月1日
- 野岩鉄道・会津鉄道直通の快速「AIZUマウントエクスプレス」を運行開始[48]。
2006年3月18日
→東急側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2006年3月18日改正」を参照
- JR東日本との相互直通運転による特急「日光」、「きぬがわ」の運転開始[48]。
- 東京メトロ半蔵門線直通列車の運転区間を伊勢崎線の久喜までに拡大[48]。
- 残りの本線系統の有料急行を特急に昇格させる形で全廃された[48]。
これらに伴い種別の変更・新設が行われ新たに区間快速が追加、これまでの準急を区間急行に変更、半蔵門線直通で使用されていた通勤準急と区間準急を前者は急行、後者は準急にそれぞれ変更した。
- 東武伊勢崎線(太田~伊勢崎間)、佐野線、桐生線でワンマン運転開始[48]。
- 日中時の運行形態を大幅に変更しこれまでの地上車による館林太田・新栃木までの通し運行を廃止、久喜・南栗橋で乗り換える形態となった。
- 夕方時に存在した準急東武日光・東武宇都宮行が廃止。
2007年3月10日
- 野田線のダイヤ改正
- 日中時の大宮~柏間のうち岩槻・春日部・清水公園・運河始終着の区間列車を全て大宮~柏間の通し運行に変更、同区間はそれまで時間間隔がバラバラだったものを全て10分間隔に統一。
- 平日の朝ラッシュ時の岩槻始発を春日部始発に延長。
- 一部駅の構内改良により大宮~柏間で3~4分ほど短縮。
- 平日深夜時間帯の運転区間延長。
2009年6月6日
→東急側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2009年6月6日改正」を参照
- 早朝・夜間における特急の増発。
- 特急「りょうもう」の一部が久喜に停車。
- 朝ラッシュ時において、日比谷線直通列車、半蔵門線直通列車の増発。
2010年代
2012年3月17日
→東急側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2012年3月17日改正」を参照
- 業平橋駅をとうきょうスカイツリー駅に改称し、一部の特急が当駅に停車[49]。
- 伊勢崎線(浅草・押上~東武動物公園間)の路線愛称名を「東武スカイツリーライン」とした[49]。
2013年3月16日
→東急側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2013年3月16日改正」を参照
- とうきょうスカイツリー駅に停車する特急の本数の増加[50]。
- 日比谷線直通列車の運転区間を南栗橋までに拡大[50]。
- 伊勢崎線(館林~太田間)の列車の一部でワンマン運転開始[50]。
- これまで行われてきた地上車10両での運行と朝ラッシュ時の北千住・館林・南栗橋での分割・併合を廃止し8両での運行となった。
2016年3月26日
→東急側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2016年3月26日改正」を参照
- 野田線(春日部~大宮間)で急行運転開始[51]。
2017年4月21日
→東急側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2017年4月21日改正」を参照
- 500系電車「リバティ」が特急に導入され、野岩鉄道・会津鉄道にも乗り入れた[52]。
- 特急「スカイツリーライナー」、「アーバンパークライナー」を新設[52]。
- 特急「りょうもう」のすべての列車が久喜に停車[52]。
- 全ての特急がとうきょうスカイツリーに停車[52]。
- 浅草発着の日光線・鬼怒川線直通の快速・区間快速を廃止し、南栗橋~東武日光・新藤原間の急行・区間急行を新設した[52]。
2020年代
2020年3月14日
- 野田線でダイヤ改正を実施。
- 野田線全線で急行運転開始[51]。
2020年6月6日
2021年3月13日
2022年3月12日
2023年3月18日
- 特急の一部が南栗橋に停車[53]。
2024年3月16日
2025年3月15日
- 特急の一部が新高徳に停車[62]。
東上線系統のダイヤ改正の変遷
1960年代
1962年12月9日
1965年5月17日
- 川越市~坂戸町間複線化工事完成に伴う改正
- 上記工事と同時に行っていた坂戸町駅の改良工事が完成し東上線ホームと越生線ホームの2面に変更。
- 複線化工事完成に伴い川越市行きの一部列車が坂戸町行に延長され大幅に増発。
- 越生線の列車を4両編成化し、毎時2本での運行となる [4]。
- この改正に伴いこれまで無人駅だった越生線4駅(一本松・川角・武州長瀬・武州唐沢)の駅舎が新築・有人化された。
1967年9月11日
- 高坂~東松山間の複線化に伴うダイヤ改正。
- 新造車を投入し、乗車効率を平均化 [64]。
1968年10月21日
- 8両編成の列車を増発[7]。
1970年代
1971年3月1日
1972年12月26日
- 川越電機乗務区、川越検車区を廃止し、坂戸電機乗務区、坂戸検車区を設置[67]。
1973年10月29日
- 越生線でダイヤ改正[68]。
1974年8月6日
- 朝霞台駅の開業に伴うダイヤ改正。
- 急行の増発 [69]。
- 準急の各停区間を志木以遠から成増以遠に、急行を川越市以遠各駅に変更。
- 夕方ラッシュ時に中距離列車を増発、これにより夕方の上板橋始終着の普通列車が入庫便を除き廃止。
1976年11月1日
- 一部列車で10両運転開始。
1977年10月21日
- みずほ台駅の開業と鶴ヶ島~森林公園間の複線化に伴うダイヤ改正。
- 10両編成の準急と8両編成の普通を増発 [70]。
- 急行の増発 [70]。
- 上記複線化に伴い東松山発着の列車がすべて森林公園まで延長されるとともに東松山駅構内の線路配線を変更、2面4線のうち両外側2線と折返し機能を撤去し2面2線の駅となった。
- 越生線直通特急のかまきた・くろやまが廃止され東上線内の特急愛称であるちちぶ→みつみね、森林→むさしのへそれぞれ愛称が変更となる。
1979年11月8日
- 柳瀬川駅の開業に伴うダイヤ改正。
1980年代
1981年11月24日
- 一部の普通を10両編成化 [20]。
1983年8月22日
- 朝ラッシュ時の輸送力の増強 [71]。
- 森林公園・小川町からの準急列車を増発。
- 今改正で準急列車のときわ台停車と朝時間帯の普通列車による上板橋始終着が廃止された(留置線からの出庫列車のみ1本残存)
- 上記変更により普通列車の中板橋・上板橋待避を朝ラッシュ時にも実施。
1985年10月22日
- 朝ラッシュ時の輸送力の増強 [71]。
1986年10月20日
- 東上線において貨物列車全廃。
1987年8月25日
- 営団有楽町線との直通運転開始と東上線(和光市~志木間)の複々線化完成に伴うダイヤ改正。
- 直通の普通列車が朝ラッシュ時に1時間に5本、昼間時と休日時に1時間に4本で運行し、10両編成での運行とした [72]。
- 直通の普通列車が朝ラッシュ時に1時間に5本、昼間時と休日時に1時間に4本で運行し、10両編成での運行とした [72]。
- 朝ラッシュ時に上りの通勤急行を7本新設[72]。
- 夕ラッシュ時の急行が8本に増強し、19時以降も毎時2本から3~4本での運行となった [72]。
- 越生線の一部で複線化が完成したことにより、朝ラッシュ時には、1時間に5本から6本に、昼間時には、3本から4本に増発された [73]。
1989年10月24日
1990年代
1991年12月9日
- 深夜0時台に池袋発の準急2本、普通1本を新設し、最終列車を繰り下げた [34]。
- 朝ラッシュ時において、通勤急行、普通、有楽町線直通列車を各1本増発し、8両編成の普通1本を10両編成化した [34]。
- 17時~22時台において、急行と準急を合わせて、6本増発 [34]。
- 土曜ダイヤを導入 [32]。
1992年3月31日
- 特急列車の秩父鉄道直通が終了となる。
愛称については同年12月限りで撤廃。
1993年11月15日
- ふじみ野駅に伴うダイヤ改正。
- 最高速度が時速95kmから時速100kmにスピードアップし、所要時間が短縮[74]。
- 朝ラッシュ時に列車の増発と一部の列車を10両編成化[74]。
- 池袋発小川町行きの終電を繰り下げ23:00発となる。
1994年12月7日
- 有楽町線新線池袋に乗り入れ開始 [38]。
- 土曜ダイヤを休日ダイヤと統合し土休日ダイヤとなる。
1998年3月26日
- 急行が朝霞台に停車[75]。
- 特急の停車駅変更、志木を通過駅とし小川町~寄居間を各駅に。
2000年代
2002年3月26日
- 森林公園~武蔵嵐山間の複線化に伴うダイヤ改正。
- つきのわ駅を新設。
2005年3月17日
- 小川町~寄居間でワンマン運行開始[48]。
2008年6月14日
- 東京メトロ副都心線との相互直通運転開始に伴うダイヤ改正。
2010年代
2011年3月5日
- 平日の夕方ラッシュ時において、TJライナーを増発。
- 昼間時において、急行の運転間隔を12分間隔俊、準急の運転間を20分間隔とした。
2013年3月16日
→東急・横浜高速側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2013年3月16日改正」を参照
- 東京メトロ副都心線を介して、東急東横線、横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転開始[50]。
2016年3月26日
→東急・横浜高速側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2016年3月26日改正」を参照
2019年3月16日
→東急・横浜高速側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2019年3月16日改正」を参照
2020年代
2021年3月13日
2023年3月18日
→東急・横浜高速側のダイヤ改正については「東急電鉄のダイヤ改正 § 2023年3月18日改正」を参照