林佳龍

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生年月日 (1964-02-13) 1964年2月13日(61歳)
所属政党 民主進歩党
林佳龍
生年月日 (1964-02-13) 1964年2月13日(61歳)
出生地 中華民国の旗 中華民国 台湾省台北市万華区
出身校 中華民国の旗 国立台湾大学政治学部
アメリカ合衆国の旗 イェール大学哲学・政治学[1]
所属政党 民主進歩党
配偶者 廖婉如
内閣 卓栄泰内閣
在任期間 2024年5月20日 - 現職
在任期間 2023年1月31日 - 2024年5月20日
総統 蔡英文
内閣 第二次蘇貞昌内閣
在任期間 2019年1月14日 - 2021年4月20日
当選回数 1回
在任期間 2014年12月25日 - 2018年12月24日
選挙区 台中市第六選挙区
当選回数 1回
在任期間 2012年2月1日 - 2014年11月25日
その他の職歴
中華民国の旗 第11代 総統府簡任副秘書長
2007年10月17日 - 2008年5月19日
第11代 民主進歩党書記長
(代表:游錫堃陳水扁

2006年1月25日 - 2007年10月15日
中華民国の旗 任務型 国民大会代表
2005年5月30日 - 2005年6月7日
中華民国の旗 行政院新聞局長
2004年5月20日 - 2005年3月13日
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高架化後の台中駅に視察で訪れた総統の蔡英文に状況説明する市長の林と交通部長の賀陳旦(2016年10月)

林 佳龍(りん かりゅう、リン ジアロン、1964年民国53年〉2月13日 - )は中華民国台湾)の政治家民主進歩党所属)。第24代外交部長(現職)。党職員、立法委員台中市長交通部長を歴任した[2]台北市万華区出身(本籍は雲林県麦寮郷)。

父親は雲林県麦寮郷出身の裁縫師だったが職を求めて台北市艋舺に住むようになった。母親は彰化県鹿港鎮出身。

妻の廖婉如は上場企業奇美電子元董座廖錦祥の娘で、奇美実業創設者許文龍の姪にあたる[3]

学歴

自由主義学者の胡佛中国語版に師事、三月学運などで活躍したほか、「大陸問題研究社」のサークル長を務めた。大陸社を率いた理由は国民党以外に異論を発せるグループの発展を願ってのことだとしている。

政治経歴

中央政府

実績

行政院新聞局局長

第八期立法委員

公民監督国会聯盟中国語版の議員評価では第八期任期中の教育・文化委員会で第一会期、第二会期のトップ、第三会期、第四会期では最優秀立法委員に選ばれた[9]。また本会議出席は第4会期まででトップの出席率、第5会期までは無欠席だった[10][11]

実績

  • 2012年に日本で発生した台湾人留学生殺人事件は自害した犯人も台湾人だったが、その父も被害者遺族への補償をすることなく失踪したため、台湾国外での殺人傷害行為の被害者またはその家族が20万台湾ドルの見舞金支給を申請できるように条文を修正した「改正犯罪被害者保護法」の通称。「百合」は被害者が留学先の日本で使っていた和名。
  • 財団法人商業発展研究院の台中分院設立と、中小企業支援のための育成センターの先行設置を実現[25]

台中市長(第一期、2014~)

実績

社会
  • 社会的弱者の食育普及のために「フードバンク自治条例」制定[26][27][28]
  • 「托育一條龍」政策を通じて2歳以上5歳未満の児童とその両親の片方が市籍在住者であれば公立幼稚園での学費を無料化または私立幼稚園での学費補助(地縁関係者の居住地と勤務地を考慮し隣接3県の10km以内であれば補助申請も可能に)[29]
  • 2016年より市立図書館の開館時間を3.5時間拡大し12.5時間に延長、サラリーマンの利用を促進[30]
  • 2016年下半期に市内の自動車・二輪車窃盗事件数が6大都市中最多の減少幅を記録。月間平均が2011年比で114件・422件から8割減の18・95件に改善[31]
  • 18歳以下の欠食児童減少のために社会局との協力でスーパーおよび5大コンビニチェーンで利用可能なミールクーポンを配布[32]
  • 「人口10万人当たり犯罪発生率」でワースト常連だったが2016年1-8月は6大都市中最少件数を記録、減少幅21.07ポイントも6大都市中最良だった[33]
交通

大台中一二三」計画(山手線=x1、台中空港と台中港整備=x2、烏日・豊原・台中港の3副都心構想=x3)[34]、「Mr.B&B交通網」(Metro+Rail+Bike+Bus)[35] による複合公共交通網の整備実現を掲げている。

  • 市長選公約の市内バス路線(台中市市区公車中国語版)10km以内無料を実施(前市長時代は8km)、2015-16年度の市政88項目評価で首位になった[50]
  • 台中空港の国際化を推進、正式名称を「台中国際空港」に改めた。
  • 予定より数か月遅れたものの、台中線の市内高架化が完工を迎えた[51][52][53]。2006年の民進党政権時代に交通部長だった林陵三中国語版とともに高架化区間を原案の14.4kmから21.7kmに延伸させることに成功、市長就任時にその林陵三を副市長として迎え入れていた[54][55][56][57]
文教
  • 国家歌劇院は自治体所管級のホールだったが、立法委員時代に中華民国文化部所管の国家級ホールへ昇格する法案を提出しており[12]、2014年1月に法案は成立した。
  • 東アジア競技大会からカテゴリーが変更された「東アジアユースゲームズ」の2019年大会の招致に成功。
都市外交・経済

自らの政策遂行のため、日本・欧州の視察や企業誘致を精力的に行っている[58][59][60]

その他
  • 食の安全を推進すべく、6大都市で初めて100坪以上の店舗面積をもつ200件の飲食業者に対して建築基準、消防基準、食品安全検査結果を赤・黄・緑の3段階で評価した結果を専用アプリで検索できるサービスを開始[82]
  • 荒天時の登山を強行した登山客に対し、救護費用の請求が可能な条例改正を実施[83][84][85]

市長任期中の騒動

BRT廃棄

台中駅から静宜大学間にあったBRT専用レーンをバス専用レーンに変更した優先区間を設定し、区間内の運行本数を426便から855便とほぼ倍増。乗客数を30%増加させた[86][87]。反対派からは浪費を指摘されたが、BRT時代は乗り場と改札こそあったものの、専用レーンが全く無い区間や運行開始時点で未完成だったりと、不完全なまま始動したことで失敗に終わったと反論[88][89][90][91][92]

台湾タワー中止

2015年1月20日、予算が80億元からほぼ倍増の150億元に達した直轄市昇格記念事業台湾タワーを中止、前市長時代の設計・見積が過少だったとして調査を遂行し、前市長派から反発を受けている[93][94][95][96]

捷運建設現場作業員死傷事故

2015年4月10日,北屯区で発生した遠揚建設による「捷運橋桁落下事故」で国民党の立法委員だった邱毅は就任間もない林を嘲る「(林を選んだ)台中市民のミスだ」というFacebookの投稿が論議を呼んだ[97]。 同じく台中選出の民進党立法委員王定宇は「建設に関わる監督官庁は行政院傘下の交通部と委託先の台北市政府およびその傘下の捷運工程局でありそれぞれ国民党出身の毛治国郝龍斌胡志強がその責任者だ。」と反論した[98]。 台中市政府には建設事業での監督権限が無かったため、林は台北市長に就任して間もない柯文哲の協力を得て、工事を中断しての捜査と台中市側への監督権限強化を図り[99]、8月に工事は再開した[100](ただし、その後も事故・労働災害は発生している)。

予算審議

2015年12月25日、民進党は市議会では単独過半数に至っていない首長と議会のねじれ現象下で、市の隔年度予算1,771億元が可決されないまま会期末を迎えた。 前市長の13年間では二次、三次審議もなく通過させていただけでなく、1億元程度の削減で済ませており、議会のチェック機能欠如を市長が逆批判する展開となった。 これに対し議会も翌年1月26日までに三度の審議を経て補正予算総額1,263億元を通過させた[101][102][103][104]

台中国家歌劇院閉鎖

独特の造形により最も施工難易度が高いと言われた[105]、歌劇院は本来2014年11月23日開館予定で、プレオープンこそしたものの[106]、多数の施工不良が見つかり、選挙期間と重なったため一旦閉鎖して再施工を呼びかけたが、建築デザインを手掛け落成式典にも招かれていた日本の建築士伊東豊雄の前で過度な政争を見せつける形となり、伊東は不機嫌だったという[107][108]。その後行政院公共工程委員会主催の「公共工程金質獎」受賞で再視察に訪れた伊東も満足げなコメントを残し、騒動は収束した[109]。歌劇院は2016年9月末に再オープンしている[110][111][112][113][114][115]

ランタンフェスティバル断頭羊事件

2015年3月6日、地元台中で開催された2015年ランタンフェスティバルで、開幕直前に春節の縁起物である山羊の巨大ランタンの首が落下してしまい、前途多難さを予感させたが、市職員総出で修復を急ぎ、予定通りの開催に漕ぎ着け、来場者数も1000万人を超える過去最高の動員となった[116]。 なお、ネット上では開幕前日の完成式典に馬英九が参列していたことから[117]、「デス握手(死亡之握)[118]」で知られる馬との関連が想起されることとなった[119][120][121]

逸話・エピソード

旧来からの市章
選出された新市章
  • 3月学運発起人として、2014年のひまわり学生運動も側面支援していた[122]
  • 時代力量洪慈庸とは洪仲丘事件で立法委員として真相究明に協力して以来良好な関係を築いており[123]、林の市長選・洪の立法委員選挙で互いに選挙協力したほか[124][125]。元自由時報記者で林の広報担当を経て台中市新聞局長を務めていた卓冠廷中国語版が洪と結婚することとなり、式典にも参列した[126]
  • 2015年、教科書改訂反対運動では中高生を擁護しつつも冷静な行動を呼びかけていたが、8月3日の市議会の答弁で生徒たちを「屁孩(Pìhái、腕白な子供の意)」と表現しようとして原稿と異なる「屁眼(Pìyǎn、肛門の意味)」と言い間違えてしまい、取材陣が騒然となった[127]

[128]

  • 同年のプロ野球台湾シリーズで地元球団の中信兄弟桃園市が拠点のLamigoモンキーズが対戦することとなり、同じ民進党系の桃園市長鄭文燦と「負けた方のチームの市長が勝った方のユニフォームを着る」賭けを行った。1勝3敗からLamigoが逆転制覇したため翌2016年3月19日のLamigo開幕戦でピンク色のLamigoユニフォームを着用した姿を披露[129][130][131]
  • 2016年4月25日、台湾最大のインターネット掲示板PTT(批踢踢)で「最も酷い市章」として黄色地に赤字だけの台中市のものが選ばれ、林はFacebookで事実確認とどうすればよいかについて意見を募った[132][133]。市新聞局によると、当該市章は2003年に市民のオンライン投票で決められたもので、現在もそのまま使われているものだったことがわかり、公募された最終候補3作品から再度オンライン投票で決めることになったという[134]。PTTは日本での2ちゃんねるに相当するアングラ色が高い掲示板で、通常はそこでの論争に政治家が直接絡むことは極めて少ない。

日本との関係

  • 他の民進党系政治家と同じく、日本統治時代については全肯定も全否定もせず、古蹟の再活用や保存には積極的である[135][136][137][138][139][140]
  • 留学後の研究員、立法委員、台中市の首長と肩書が変遷しつつも度々訪日し、親台派国会議員(岸信夫)や首長(小池百合子)との会談も多い[141][142][143][144]
  • 市内の烏日国民小学卒業生と日本統治時代の当時教員だった熊本県在住の日本人女性をインターネットビデオ通話での再会に市が協力しており[145]、地震発生後も市職員が行った当該女性の安否確認とともに被災地への哀悼文をフェイスブックで公表[146]、その後自身の所得1ヶ月分を被災地に寄贈することも表明した[147][148]
  • 「日本統治時代の建設計画が台中市の輝かしい1ページを開いた」と発言し、国民党系議員が「田中佳龍」に改名すべきと皮肉った[149][150]
  • 2017年4月に八田與一の銅像が破壊された事件に際しても、実行犯およびその賛同者に対して寛容さを呼びかけている[151]

中国との関係

研究員時代に大陸側人材との交流はあったが、日台関係への介入には否定的である[152]

米国との関係

ドナルド・トランプの大統領就任式典に民進党代表団の一員として出席している[153]

選挙記録

年度 選挙 選挙区 所属政党 得票数 得票率 当選 注釈
2005 任務型国民大会代表選挙 民主進歩党 1,647,791 42.52%
第15回台中市長選挙 台中市 175,592 39.00%
2012 第8回立法委員選挙 台中市第六選挙区 96,685 51.78%
2014 第2回台中市長選挙 台中市 847,284 57.06%
2018 第3回台中市長選挙 619,855 42.35%
2022 第4回新北市長選挙 新北市 693,976 37.58%

2005年台中市長選挙

2005年当時の民進党は陳水扁政権2期目での汚職や権力闘争で党勢が失速しており、有力な候補者を立てられずに林を擁立。敗色濃厚で大敗だったが、半ば敗戦処理とも言える役割を引き受けた林はその後も翌年から約1年半、党中央本部の秘書長に就任しつつも、台中を去らずに地盤としていった[154]

  • 2005年11月29日、選挙期間中に林佳龍陣営の民進党立法委員で医師の林進興中国語版法医学者高大成中国語版の医師連所属の12名が現職の胡が健康問題を抱えていることをメディアを通じて公開していたが、その病歴が偽りであったことで謝罪に追い込まれ、医師法違反による1年の資格停止を受けた[155]

2012年立法委員選挙

第8代立法委員選挙で台中市第6選挙区(東区南区中区西区)の公認候補として国民党の黄義交中国語版を退けた。

選挙戦

2010年県市合併に伴う合併後の初代市長選挙は旧台中県県長(2005年選出)の任期を1年延長する形で行われた。前回県長選挙で敗れていた林は捲土重来を期して立候補予定だったが[156]、党中央本部は林では勝算の見込みが薄いとして、蘇嘉全を候補にした。林は2015年1月の遠見雑誌で「公認候補を譲ることになったのは生涯最大の決断だった。」と語っており、投票1か月前の時点でも夫人とともに「蘇が当選すれば、一生立候補することはない。」と語っていた。結局蘇が敗れたため胡志強の市長任期は13年間に及ぶことになり、林は2012年の立法委員選挙で公認候補として当選した。

2014年市長選得票率分布

2014年台中市長選選挙

2013年4月、林はいち早く翌年市長選挙の参戦を表明[157] 2014年2月、民進党は林を正式に市長選公認候補とし、選挙期間中は立法委員の職務を離脱した[158]

11月29日、林は現職の胡志強を21万票の大差で破り第2代台中市長に当選。2005年の敗北から10年で雪辱を果たした[159][160][161][162][163]

選挙戦

  • 2014年9月26日、市選挙管理委員会は第27回監察部会を招集、政見放送で「直轄市昇格後4年で現市長の市政満足度は年々低下している。」と発言した林に発言内容が個人を名指しした批判を禁じる公職人員選挙罷免法中国語版に違反しているとしてリコール決議を発動。出席委員35人中が賛成した。
  • 9月30日、委員会本会議招集時、リコール決議は覆された。
  • 10月9日、林の選挙本部は委員会から3日以内の発言修正を要求されるも拒否、委員会は該当部分の文言を直接カットした。選挙本部のスポークスマン張廖萬堅は「行政側優越による圧力に反対する」と表明、また選罷法第55条規定についても『これは言論の自由を奪うだけでなく、民主主義下での悪しき前例となる』と批判している[164]

中国国民党胡志強陣営からは林が市内住居物件を購入していないことについて「選挙に負ければ台中を去る気だ」と猛烈な批判を展開されただけでなく、「新北市の豪邸に住みながら、故人の父を僅かばかりの納骨堂に押し込めている」などと度を越した人格攻撃を行い[165]、あまりにも非人道だと却って胡陣営が批判されることになった。

胡は任期中に建造した高級住宅街「七期豪宅区」が投資物件として扱われ、庶民層の住宅政策が手薄だったことから逆効果しか生まない結果となった[162][166][167][168]

胡が任期中に市建設局局長に任命していた呉世瑋が林を「現代版陳世美中国語版(註:中国戯曲に登場する、皇帝の娘婿であり、恩を忘れて妻子を捨てた人物[169])」と罵る文章を拡散した。 台中地方法院はこれが林を落選させるために投票8日前に行われたネガティブキャンペーンであり、林の名誉を棄損しているだけでなく、有権者への冒涜であるとして選罷法に基づき呉に4カ月の実刑と1年間の公民権剥奪を課した[170][171]

2018年台中市長選挙

現職として立候補するも中央政府の政策不支持が響き再選はならなかった[172]

著書一覧

学術論文

  • 1988年:《國民黨與民進黨的群眾基礎:台灣選民政黨支持的比較分析(1983-88)》、国立台湾大学政治学研究所碩士論文
  • 1998年:(英語)《Paths to Democracy: Taiwan in Comparative Perspectives》、Ph.D. dissertation(博士論文),Yale University(イェール大学

研究報告

  • 1998年:《民主化與憲政變遷:台灣經驗的國際比較第二期研究報告》行政院国家科学委員会発行。朱雲漢中国語版との共同
  • 1999年:《民主化與憲政變遷:台灣經驗的國際比較第三期研究報告》行政院国家科学委員会発行 - 朱雲漢との共同

著書

口述、翻訳、共著

関連図書

関連項目

出典

外部リンク

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