茨城都民
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主に首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスや東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線・関東鉄道常総線沿線に居住しており、広義では守谷市・取手市・龍ケ崎市・牛久市・つくばみらい市・常総市・利根町等に住んでいる都区部通勤者を指して使われる。また、都心回帰と通勤圏縮小、鉄道利便性の関係で、東京都心から40km圏の守谷市と取手市、守谷市と一体化した市街地(絹の台)を持つつくばみらい市を指して使われることもある。つくば市も一定数の都区部通勤者がいるが、ベッドタウンとは一線を画した筑波研究学園都市という独立した都市であることから、あまり茨城都民という言葉は使われない。また、県西地区の古河市からも東京都区部に通勤する者が龍ケ崎・牛久と同程度いるが、埼玉と栃木に挟まれた立地から広義にも「茨城都民」という言葉は使われない傾向が強い。[要出典]
背景
常磐線及びそれに接続する関東鉄道常総線の沿線である茨城県南地区、宇都宮線の沿線である県西地区の一部が東京のベッドタウンとして開発され、茨城県から東京都区部に通勤する者が増えたことに端を発する。
関連年表
- 1885年(明治18年)
- 1886年(明治19年)
- 1924年(大正13年)
- 1946年(昭和21年)
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)
- 1950年代以降、日本住宅公団が、茨城県南部に隣接する千葉県北西部の常磐線沿線地域(東葛地域)において、住宅団地建設に着手。取手町(現取手市)においても1960年代に住宅団地が建設されるとともに、民間業者による宅地開発が急速に進行[8]。
- 1958年(昭和33年)
- 4月14日:東北本線大宮 - (古河) - 宇都宮間直流電化。中距離電車運転開始。
- 1961年(昭和36年)
- 6月1日:常磐線取手 - 勝田間交流電化。中距離電車運転開始。
- 1969年(昭和44年)
- 1970年(昭和45年)
- 1971年(昭和46年)
- 1975年(昭和50年)
- 1977年(昭和52年)
- 1980年(昭和55年)
- 1981年(昭和56年)
- 竜ヶ崎ニュータウン入居開始。
- 1982年(昭和57年)
- 1983年(昭和58年)
- 1984年(昭和59年)
- 1985年(昭和60年)
- 1986年(昭和61年)
- 1990年(平成2年)
- 3月10日:東北本線の上野 - (日暮里) - 尾久 - 赤羽 - (古河) - 黒磯駅間で宇都宮線の愛称を使用開始。