山口智 (サッカー選手)

From Wikipedia, the free encyclopedia

愛称 サトシ、ちくん
カタカナ ヤマグチ サトシ
ラテン文字 YAMAGUCHI Satoshi
国籍 日本の旗 日本
山口 智
ガンバ大阪選手時代
名前
愛称 サトシ、ちくん
カタカナ ヤマグチ サトシ
ラテン文字 YAMAGUCHI Satoshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1978-04-17) 1978年4月17日(47歳)[1]
出身地 高知県高岡郡佐川町
身長 178cm[1]
体重 74kg[1]
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
ユース
1991-1993 佐川町立佐川中学校
1994-1996 ジェフユナイテッド市原ユース(成立学園高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1996-2001 ジェフユナイテッド市原 128 (5)
2001 ガンバ大阪loan 22 (2)
2002-2011 ガンバ大阪 298 (30)
2012-2014 ジェフユナイテッド千葉 116 (13)
2015 京都サンガF.C. 17 (1)
通算 581 (51)
代表歴2
1996-1997  日本 U-20 5 (0)
1998-2000  日本 U-23
2006-2009 日本の旗 日本 2 (0)
監督歴
2021-2025 日本の旗湘南ベルマーレ
2025-  日本 U-20
1. 国内リーグ戦に限る。2016年1月15日現在。
2. 2009年5月31日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

山口 智(やまぐち さとし、1978年4月17日 - )は、高知県高岡郡佐川町出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。元日本代表

プロ入り前 - ジェフユナイテッド市原時代

小学生の頃に地元の佐川サッカースクールでサッカーを始め(当時のチームメイトに吉村光示圭司兄弟や森田真吾、声優の小野大輔がいる)、中学卒業後に高知県を離れて、高校時代はジェフユナイテッド市原ユースに所属。

1996年3月20日京都パープルサンガ戦にJリーグ史上初の高校生Jリーガー(17歳11か月と3日、当時最年少記録)としてデビューした[2]。同年はリーグ戦12試合に出場した。翌年、正式にトップチームに昇格[3]。1997年、成立高校卒業後、明海大学に進学。

ガンバ大阪時代

2001年に市原からガンバ大阪期限付き移籍[3]。翌2002年に完全移籍した[3]。G大阪では主に3バックの左CBを務め、2005年のG大阪初のリーグ優勝に貢献。2006年シジクレイの後を継いでゲームキャプテンに就任[4] し、2009年まで務めた[5]。同年はFC東京から右サイドバックを本職とする加地亮が入団したことで4バックへシステムを変更したため左サイドバックにコンバートされ、2007年以降は安田理大下平匠が左サイドバックに定着したこともありCBに戻った。G大阪の多くのタイトル獲得に貢献し、2006年から3年連続でJリーグベストイレブンに選出された。

2009年12月5日には古巣のジェフ千葉戦でJリーグ史上4人目となるリーグ通算400試合出場を果たした。

ジェフユナイテッド千葉時代

2012年、G大阪からジェフユナイテッド市原・千葉に完全移籍で加入[6][7]。千葉へは12年ぶりの復帰となる[8]。契約期間は3年[9]。5月3日、ザスパ草津戦で復帰後初ゴールを挙げた。この年、千葉はJ1昇格を逃すも山口はファン・サポーター投票によって選ばれるJ2 Most Exciting Playerを受賞した[10]。2013シーズンは主将を務めた[11]

在籍した2012年から2014年までの3シーズン、チームは毎年J1昇格プレーオフに進出したが、いずれも敗れた[12][3]。2014年12月、契約満了に伴い千葉を退団することが発表された[13]。同年末にはJPFAトライアウトに参加した[14][3]

京都サンガF.C.時代

2015年1月、京都サンガF.C.へ完全移籍により加入し[1]、主将に任命された[3][15]。7月に和田昌裕が成績不振により監督を解任されてからは出場機会が減り、その後は2試合の出場にとどまった[3]。京都とは翌年まで契約を残していたが、2015シーズン終了後に双方合意のもと契約を解除した[3]レノファ山口FCなどからオファーがあったが[16]、2016年1月12日に現役引退を発表した[17]

日本代表

U-20日本代表として1997 FIFAワールドユース選手権に出場。2000年シドニーオリンピックでは本大会に出場するU-23日本代表には選出されず、予備登録メンバーにとどまった[3]

2006年10月に、イビチャ・オシム率いる日本代表に初めて選出される[18]。A代表初出場となった試合は2009年5月27日キリンカップ・対チリ戦。

指導者歴

2016年1月、古巣ガンバ大阪の強化スタッフに就任[19]。2月14日に開催されたガンバ大阪の新スタジアム「市立吹田サッカースタジアム」のこけら落としマッチで引退セレモニーが行われた。2016年、Jリーグ功労選手賞を受賞。2017年よりガンバ大阪U-23のヘッドコーチ、2018年よりトップチームのコーチを、2020年はヘッドコーチを務めた。

2021年より湘南ベルマーレのトップチームコーチに就任[20]。2021年9月1日、浮嶋敏の退任に伴い湘南ベルマーレ監督に就任[21][22]。10月23日第33節横浜FC戦にて監督としての初勝利を飾ったあと12月4日の最終節の第38節古巣のG大阪戦でチームを残留に導いた。2022シーズンも引き続き監督として続投する事が決まり6月には月間最優秀監督賞を受賞した。

2025年は開幕3連勝したものの、5月11日の勝利を最後に19試合勝ちなしを記録するなどしてチームはJ2に降格。10月31日に責任を取る形で同年限りでの退任が発表された[23]。12月11日にU-20日本代表監督に就任[24]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1996市原-J1202010150
199752828011373
19983016110372
1999J12900010300
20002923030352
2001G大阪2223030282
20022928120393
200362926121374
20042757131377
20053339031454
20063262050396
200733311240485
200853453052427
20093322060412
20101802050250
20113022000322
2012千葉J2375-20395
2013416-10426
2014382-20402
2015京都3171-10181
通算日本J1 4483774645656749
日本J2 13314-6013914
総通算 5815174650669563
  • 1996年度は市原ユース所属

その他の公式戦

  • 1998年
  • 2006年
  • 2007年
    • スーパーカップ 1試合0得点
  • 2009年
    • スーパーカップ 1試合0得点
  • 2012年
  • 2013年
    • J1昇格プレーオフ 1試合1得点
  • 2014年
    • J1昇格プレーオフ 1試合0得点
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2006G大阪662-
2008512330
200961-
201030-
201150-
通算AFC 32630

その他の国際公式戦

Jリーグ

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 2試合 0得点 (2009年)
日本代表国際Aマッチ
出場得点
200920
通算 20

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2009年5月27日日本の旗大阪大阪長居スタジアムチリの旗 チリ○4-0岡田武史キリンカップサッカー2009
2. 2009年5月31日日本の旗東京国立競技場ベルギーの旗 ベルギー○4-0

タイトル

クラブ

ガンバ大阪

代表

日本代表

個人

  • Jリーグ優秀選手賞:4回 (2006年 - 2009年)
  • Jリーグベストイレブン:3回 (2006年 - 2008年)
  • J2 Most Exciting Player:1回 (2012年)
  • Jリーグ功労選手賞 (2016年)[25]
  • J1月間最優秀監督賞4回 (2022年6月、2023年10月、2024年7月、2024年10月)

指導歴

監督成績

年度所属クラブリーグ戦カップ戦
順位勝点試合ルヴァンカップ天皇杯
2021J1湘南16位1111254-4回戦敗退
202212位4134101113プレーオフ敗退3回戦敗退
202315位343481016グループステージ敗退ベスト8
202415位4538129172回戦敗退ベスト16
2025 19位 32 38 8 8 22 3回戦敗退 3回戦敗退
  • ※2021年は9月より指揮。順位はシーズン最終順位。

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI