安部裕葵

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愛称 あべちゃん、ヒロキ
カタカナ アベ ヒロキ
ラテン文字 ABE Hiroki
国籍 日本の旗 日本
 安部 裕葵
名前
愛称 あべちゃん、ヒロキ
カタカナ アベ ヒロキ
ラテン文字 ABE Hiroki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-01-28) 1999年1月28日(27歳)
出身地 東京都北区
身長 171cm
体重 65kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 浦和レッズ
ポジション FW / MF
背番号 7
利き足 右足
ユース
-2010 日本の旗 城北ボレアスFC
2011-2012 日本の旗 帝京FC
2013 日本の旗 ST FC
2014-2016 日本の旗 広島県瀬戸内高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2017-2019 日本の旗 鹿島アントラーズ 49 (4)
2019-2023 スペインの旗 FCバルセロナB 28 (4)
2023- 日本の旗 浦和レッズ 2 (0)
代表歴2
2017-2018  日本 U-19 4 (1)
2019  日本 U-20 2 (0)
2019  日本 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月8日現在。
2. 2019年6月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

安部 裕葵(あべ ひろき、1999年1月28日 - )は、東京都北区出身のプロサッカー選手Jリーグ浦和レッズ所属。ポジションはフォワードミッドフィールダー。元日本代表

プロ入り前

北区立浮間小学校時代は城北アスカFC[1]北区立十条富士見中学校時代はS.T.FOOTBALL CLUB(帝京FCジュニアユース)でプレー[2]。高校からは自身の成長のために親元を離れての寮生活を選び、広島県瀬戸内高等学校へ進んだ[3]。2016年に広島県で開催された全国高等学校総合体育大会では3ゴールを挙げるなどチームの8強進出に貢献した。準々決勝で優勝した船橋市立船橋高等学校に敗れるも、大会優秀選手に選出された[4]。9月23日、J1リーグに所属する鹿島アントラーズ加入が内定したことが発表された[5]

鹿島アントラーズ

2017年、鹿島アントラーズに入団。4月1日、J1リーグ第5節大宮アルディージャ戦でプロ初出場を果たした。4月22日、第8節のジュビロ磐田戦でプロ入り初先発を果たした[6]。6月21日、天皇杯2回戦のFCマルヤス岡崎戦でプロ入り初得点を含む2得点1アシストの活躍を見せた[7]。7月22日、JリーグワールドチャレンジセビージャFC戦では後半途中出場し、DFとGKをともに引きつけながらラストパスを出し鈴木優磨の先制点をアシストして勝利に貢献した。7月29日のJ1第19節・ヴァンフォーレ甲府戦でリーグ戦初得点を挙げた。

2018年7月19日、第16節のジュビロ磐田戦では1得点1アシストの活躍を見せた[8]。12月13日、同年のJリーグベストヤングプレーヤー賞を受賞した[9]。12月15日、FIFAクラブワールドカップ1回戦のCDグアダラハラ戦では決勝点を決めて勝利に貢献した[10]。12月20日に行われたクラブW杯準決勝のレアル・マドリード戦ではフル出場するも1-3で敗れた。この試合後に涙を流した場面について、シーズン最後のタイトルを目指して戦っているなかで負けてしまい、自身がケガをして復帰した事も含めてチームのこの一年の戦いを思い返して感極まってしまったと振り返っている[11]

2019年より背番号を10番に変更した[12]

FCバルセロナB

2019年7月12日、リーガ・エスパニョーラFCバルセロナBへの完全移籍でクラブ間合意に達したことが鹿島アントラーズから発表された[13][14]。7月15日、FCバルセロナと正式に4年契約を結んだ。移籍金は110万ユーロで、契約解除金はバルサBの選手である間は4千万ユーロ、トップチームに所属する場合は1億ユーロに設定された[15]

2019-20シーズンは、9月1日、第2節のジムナスティック・タラゴナ戦で公式戦デビューを果たすと[16]、先発16試合を含む公式戦20試合に出場して主力として活躍し、11月17日、第13節のUEコルネジャ戦で移籍後初ゴールを決める[17] など4得点を記録。2月2日、第23節のプラット戦で右大腿二頭筋腱を断裂し、2月11日、フィンランドトゥルクにて手術を受け全治5か月と診断された[18][19][20]

背番号9を付けて臨んだ2020-21シーズンは[21]、11月6日、練習中に右大腿二頭筋を怪我し[22]、12月13日、第9節のエスパニョールB戦で復帰するものの同試合で同箇所を再受傷[23]。4月18日、グループリーグ第3節のビジャレアルB戦で戦列復帰したが[24]、同シーズンは8試合の出場にとどまった。

2021-22シーズン開始前、7月21日、トップチームのプレシーズン初戦となるジムナスティック・タラゴナ戦で途中出場してトップチームデビューを果たしたが[25]、8月8日、バルセロナBのテストマッチ・ジローナ戦で右太腿の違和感により負傷交代[26][27]。以降は登録外となり、2022年2月23日、フィンランドで右ハムストリングの手術を受けた[28]

2022-23シーズン終了後、6月30日、契約満了によりFCバルセロナ・アトレティックを退団した[29]

浦和レッズ

2023年7月3日、浦和レッズへ完全移籍[30]。しかしながらコンディション調整や相次ぐ負傷離脱で試合に出場することはできず、2024年までの1年半で出場は親善試合の1試合に留まった。 2025年10月18日の第34節、横浜F・マリノス戦に交代で入り移籍後初出場[31]。最終節の川崎フロンターレ戦にも途中出場し、イサーク・キーセ・テリンの得点に繋がるクロスを出し初アシストを記録。

代表

2019年5月24日、コパ・アメリカに臨む東京五輪世代中心で構成された日本代表に初選出された[32][33]。6月18日、コパ・アメリカ初戦のチリ戦で途中出場し、A代表デビューを果たした[34]。その後は、世代別代表で時には10番を背負うなどとメンバー入りを果たしていたが、怪我もあってメンバーから外れると、東京五輪まで復帰することなく、本大会にも選出されなかった。

人物

  • 鹿児島ユナイテッドFC所属の岡崎慎とは同じ小学校でクラスメイトだった[35]
  • セビージャとの試合後、対戦相手のスペイン人左サイドバックのセルヒオ・エスクデロ・パロモからもっとも印象に残った選手として積極的な仕掛けで先制点をアシストしマン・オブ・ザ・マッチに輝いた安部裕葵の「ドリブルがいい」と評価された[36]

所属クラブ

ユース経歴
  • 城北ボレアスFC(旧:城北アスカFC)
  • 2011年 - 2012年 帝京FCジュニアユース
  • 2013年 S.T.FOOTBALL CLUB
  • 2014年 - 2016年 広島県瀬戸内高等学校
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017鹿島30J11311122164
20182222051293
2019101410010151
スペイン リーグ戦 国王杯オープン杯 期間通算
2019-20バルセロナB12セグンダB204--204
2020-21980--80
2021-22-00--00
2022-23-00--00
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2023浦和7J100--00
20240000-00
202520000020
2026J1特別--
通算日本J1 5143183628
日本J1特別 --
スペインセグンダB 284--284
総通算 79831839012
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2017鹿島3010-
20188131
20191060-
通算AFC 15131

その他の国際公式戦

出場歴

タイトル

クラブ

鹿島アントラーズ

個人

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 3試合 0得点(2019年)
日本代表国際Aマッチ
出場得点
201930
通算 30

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2019年6月17日ブラジルの旗 サンパウロエスタジオ・ド・モルンビーチリの旗 チリ●0-4森保一コパ・アメリカ2019
2. 2019年6月20日ブラジルの旗 ポルト・アレグレアレーナ・ド・グレミオウルグアイの旗 ウルグアイ△2-2
3. 2019年6月24日ブラジルの旗 ベロオリゾンテエスタジオ・ミネイロンエクアドルの旗 エクアドル△1-1

脚注

関連項目

外部リンク

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