観音寺 (豊岡市)
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位置
北緯35度26分39.5秒 東経134度42分44.5秒 / 北緯35.444306度 東経134.712361度座標: 北緯35度26分39.5秒 東経134度42分44.5秒 / 北緯35.444306度 東経134.712361度
山号
信貴山
宗旨
天台宗
| 観音寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 兵庫県豊岡市日高町観音寺746番地 |
| 位置 | 北緯35度26分39.5秒 東経134度42分44.5秒 / 北緯35.444306度 東経134.712361度座標: 北緯35度26分39.5秒 東経134度42分44.5秒 / 北緯35.444306度 東経134.712361度 |
| 山号 | 信貴山 |
| 宗旨 | 天台宗 |
| 本尊 | 十一面観世音菩薩 |
| 創建年 | 天平21年(749年) |
| 開基 | (伝)行基 |
| 中興 | 恵心 |
| 正式名 | 信貴山 観音寺 |
| 別称 | 近衛天皇の勅願所 |
| 札所等 | 但馬三十三観音霊場 五番札所 |
| 文化財 | 仁王門(県指定文化財)、宝篋印塔 |
| 公式サイト | 信貴山 観音寺 |
| 法人番号 | 3140005012379 |
観音寺(かんのんじ)は、兵庫県豊岡市にある天台宗の仏教寺院。山号は信貴山(しきさん)で、信貴山 観音寺と号する。本尊は十一面観世音菩薩。北兵庫屈指の古刹で、近衛天皇の勅願所[1]。
行基が、天平21年(749年)に但馬国を訪れて霊場を開き、この場所に十一面観世音菩薩の安置堂を建立し国家鎮守・郷土豊楽を祈願したことに始まる寺院。所在地は観音寺川の北側、観音寺山(鶴ヶ峰)の山腹南東側にあり、かつては「観音寺村」と呼ばれた地域。村名、山名、川名ともにこの寺院があったことに由来して命名されており1,300年近くの歴史を有する北兵庫屈指の古刹である[1]。
その後、寛仁元年(1017年)、時運の流れによる衰微を惜しんだ恵心僧都(942年-1017年)が中興し、最盛期は、一山九坊の伽藍を備え、久安年間(1145年-1151年)には、近衛天皇の勅願所となり格式を備えた。
南北朝時代・至徳年間(1384年-1387年)に、城崎温泉寺の清禅和尚よって但馬西国第五番札所に定められた[2]。
天正年間(1573年-1592年)に、豊臣秀吉の但馬侵攻で兵火に遭い伽藍が焼失。その後、再建されて今日に至っている[1]。本尊は行基作と伝えられる十一面観世音菩薩で、本堂、庫裏、鐘楼、仁王門を備えている。 戦災や火事の被害にも度々遭いながらも、周囲の崇敬を得て再興され寺歴を継いできた。現在の住職は山本良年法印で、観音寺を再中興した大僧都大阿闍梨豪賢法印から数えて第20世にあたる。
御詠歌 - 千里ある、道と佛の志。貴きからに、わけざらめやは(信貴山 観音寺)