連雀町 (川越市)
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歴史
江戸時代初期、川越藩主酒井重忠が連雀商人に対して新しい町の設置を認めた旨の文書が残っている[4]。これが現在の連雀町であるとする著述もある[5]一方、この時に形成された連雀町は現在と異なり大手町付近にあった[6][7]とする説もある。明治期に刊行された資料には蓮馨寺の所在地として「連雀町ニアリ」と記載されており[8]、この頃には現在の区域が連雀町と呼ばれていたことがわかる。
1962年3月1日に町名と町界の整理が行われ、町域の一部が新富町一丁目に移され、旧松江町の一部が合流する形で、現在の連雀町の町域が形成された[9]。
1963年10月5日には、当時国道16号に含まれていた連雀町交差点に、川越市内で初となる交通自動信号機が設置された[10]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 川越市立中央小学校 | 川越市立富士見中学校 |
交通
道路
- 埼玉県道12号川越栗橋線
- 埼玉県道15号川越日高線
- 埼玉県道229号本川越停車場線
- 上記3路線は連雀町交差点を結節点とする。
- 大正浪漫夢通り