末広町 (川越市)

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末広町
妙養寺
妙養寺
末広町の位置(埼玉県内)
末広町
末広町
北緯35度55分18.67秒 東経139度28分41.45秒 / 北緯35.9218528度 東経139.4781806度 / 35.9218528; 139.4781806
日本の旗 日本
都道府県 埼玉県
市町村 川越市
人口
2025年(令和7年)1月1日現在)[1]
  合計 1,130人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
350-0064[2]
市外局番 049[3]
ナンバープレート 川越
座標は栄林寺を示す。
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末広町(すえひろちょう[2])は、埼玉県川越市町名。現行行政地名は末広町一丁目から三丁目。住居表示未実施地区。郵便番号は350-0064[2]

川越市の中心市街地に位置する。北東側で元町、東側で幸町、南東側で仲町、南側で六軒町、南西側で三光町と接する。また新河岸川を挟んで西側で月吉町、北側で石原町と隣接する。

土地利用は多くが住宅地であるが、寺院の敷地も多い。

歴史

末広町という名前は1961年(昭和36年)の町名・地番整理の際に付けられた[4]。末広町の区域は、それ以前は橘町、相生町、鷹部屋町、厩下町と呼ばれていた[5]

橘町は、川越四門前のひとつである妙養寺門前町と呼ばれていた[6]明治に入り、妙養寺の寺紋から橘町という名になった[7]

相生町は、かつては行伝寺養寿院[注釈 1]の門前町であり、最初は行養町という名が付けられた[8]が後に相生町となった。川越氷川神社の神官であった山田衛居の記録では、1872年(明治5年)9月の記録にのみ行養町の名があり[9]、1880年(明治13年)9月16日[10]以降に相生町の名が現れる。また栄林寺過去帳では1877年(明治10年)に記録があるが、一般に用いられるようになったのは昭和に入ってからであり、大正時代までは杉原と呼ばれたという[11]。相生町の名の由来は不明だが、栄林寺境内に相生学校が設置されたこととの関連が示唆されている[11][12]

鷹部屋町には徳川家康に仕えた鷹匠の屋敷[7]が、厩下町には松平信綱馬場[13]がそれぞれあったことによる地名である。幕府や藩に関わる場所であったことから、地元では町を付けず「御鷹部屋」「御厩下」と呼んだという[14][12]。享保年間のものとされる絵図[15]には、当地に御鷹部屋と馬場・厩がそれぞれ記載されている。

世帯数と人口

2025年(令和7年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目世帯数人口
末広町一丁目 196世帯 377人
末広町二丁目 153世帯 311人
末広町三丁目 213世帯 442人
562世帯 1,130人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[16]

丁目番地小学校中学校
末広町一丁目全域川越市立月越小学校川越市立初雁中学校
末広町二丁目全域
末広町三丁目全域

交通

町内に鉄道は敷設されていない。最寄り駅は東武東上本線川越市駅である。

バス

市内でバスを運行する西武バス川越シャトルは町内を通過しない。東武バスの小江戸名所めぐり(名01)[17]イーグルバスの小江戸巡回バス[18]が町内を通過するがバス停留所は設置されていない。

道路

町内を通過する国道および主要地方道一般県道はない。

施設

過去の施設
  • 山仁病院 - 末広町三丁目5-13に所在した。跡地は戸建ての住宅地となっている。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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