月吉町

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月吉町
月吉町の位置(埼玉県内)
月吉町
月吉町
北緯35度55分14.31秒 東経139度28分23.29秒 / 北緯35.9206417度 東経139.4731361度 / 35.9206417; 139.4731361
日本の旗 日本
都道府県 埼玉県
市町村 川越市
人口
2025年(令和7年)1月1日現在)[1]
  合計 2,181人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
350-0825[2]
市外局番 049[3]
ナンバープレート 川越
座標は月吉町自治会館を示す。
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月吉町(つきよしまち[2])は、埼玉県川越市町名。現行行政地名は月吉町のみ。丁番を持たない単独町名である。住居表示未実施地区。郵便番号は350-0825[2]

川越市の中心市街地に隣接する。東側で新河岸川を挟んで末広町三光町と、南西側で東武東上線の線路を挟んで野田と接する。また西側・北側で今成、北側ではわずかではあるが石原町とも隣接している。

町域は全域が住居用地域に指定され、大部分は第一種中高層住居専用地域である[4]。県営[5]および市営[6]団地が整備されている。

歴史

月吉という地名の由来[7]は、文明年間[8]の川越に月吉某なる人物がいて連歌をたしなんだという『廻国雑記』の記述[9]に遡る。この人物が今成村を開墾した1人であると考えられ、また当時の河越城上杉定正の養子朝良だとする説もある[注釈 1]

新編武蔵風土記稿』によれば、村の南東に月吉屋敷なる館があったが江戸後期には既に陸田になっていたという[11]。1968年の調査でも、月吉屋敷の所在を特定するような遺構は確認されていない[12]

明治期の記録である『武蔵国郡村誌』によれば、今成村の南東部の地域で、東西・南北ともに35の広さの字地が月吉という名であった[13]。隣接する野田村にも月吉町という字地があり[14]、この地名も同じく月吉某が由来と考えられている[15]

また、現在の月吉町の東側には旧城下町のうち境町と鷹部屋町であった地域のそれぞれ一部が含まれている。境町は古くは餌差(の餌となる鳥を飼育する役職)が居住していたことから餌差町と呼ばれ、その後は町の東側が松郷、西側が野田の村域に分かれて境界地となったことから境町の名がついたという[16]。鷹部屋町の由来については末広町の項を参照。

1962年(昭和37年)3月1日の町名地番整理によって、大字今成の一部と境町・鷹部屋町の一部が新たに月吉町となった[17][注釈 2]

世帯数と人口

2025年(令和7年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目世帯数人口
月吉町 1,167世帯 2,181人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[21]

番地小学校中学校
1 - 20、22、24、26、28、47 -川越市立月越小学校川越市立富士見中学校
21、23、25、27、29 - 46川越市立初雁中学校

交通

野田との境界に東武東上本線が通るが、町内に鉄道駅はない。最寄り駅は川越市駅である[5]

埼玉県道15号川越日高線が東上線をまたぐ月吉陸橋が1967年に完成[22]、1972年には月吉陸橋から神明町までを結ぶ都市計画道路境町神明町線(通称・西バイパス)が開通し[23][24]、市街中心部を迂回する交通ルートの一部となっている。

2012年には東武バスウエストが、川越駅東口から県道15号・境町神明町線を経由して神明町車庫に至る川越05系統を新設し、町域に月吉町停留所が設置された[25]

施設

  • 川越市立月越小学校[注釈 3]
  • 川越月吉郵便局[27]
  • 月吉町自治会館
  • 月吉町公園
  • 県営月吉町団地
  • 市営月吉町北団地
過去の施設
  • 川越市立月吉町保育園
川越市月吉歩道橋がある六差路の西南西側約50 mの場所(月吉町39-1)に所在した。1971年(昭和46年)開園、2001年(平成13年)4月に今成2丁目に移転し、川越市立今成保育園と名を変える[28]。跡地には住宅が建ち並んでいる。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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