鎌田大地
日本のサッカー選手
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鎌田 大地(かまだ だいち、1996年8月5日 - )は、愛媛県伊予市出身のプロサッカー選手。日本代表。プレミアリーグ・クリスタル・パレスFC所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。
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フランクフルトでの鎌田大地(2022年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| 愛称 | カマ、ダイチ | |||||
| カタカナ | カマダ ダイチ | |||||
| ラテン文字 | KAMADA Daichi | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1996年8月5日(29歳) | |||||
| 出身地 | 愛媛県伊予市(大阪府岸和田市生まれ) | |||||
| 身長 | 184cm[1] | |||||
| 体重 | 76kg[2] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション |
MF(CM、AM、WH) FW(ST) | |||||
| 背番号 | 18 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2012-2014 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2015-2017 |
| 65 | (13) | |||
| 2015 |
→ | 2 | (0) | |||
| 2017-2023 |
| 127 | (20) | |||
| 2018-2019 |
→ | 34 | (15) | |||
| 2023-2024 |
| 29 | (2) | |||
| 2024- |
| 58 | (0) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2019- |
| 49 | (12) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月17日現在。 2. 2025年12月17日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
来歴
プロ入り前
大学サッカーの名門・大阪体育大学でサッカーを専修していた父・幹雄が高い技術力のある選手を目指し[4]、父の教えで3歳からサッカーを始め、3歳でクワトロ(キッズFCの前身)に入団[5]。
キッズFC(現・FCゼブラキッズ)では小学5年時に一学年上のナショナルトレセンU-12四国に選出。キャプテンだった小学6年時には、愛媛県少年サッカー選手権大会で優勝[6]。
中学からは、大阪府岸和田市に住む祖父母の家から通える距離にあったガンバ大阪ジュニアユースに進んだ。しかし主戦場であるトップ下のポジションには井手口陽介ら多くのライバルがいた[7]。鎌田は中学入学時に小柄で150cm程だったが、3年間で175cmまで伸び、成長に筋肉が追いつかず、思うようなプレーができない「クラムジー」に陥り[8]、中学1年生時に腕の骨、中学3年生夏の全国大会直前には腰の骨を骨折した影響もあり[9] 思うようなパフォーマンスが発揮できず、中3になっても途中出場が多かった。守備面やハードワーク面での物足りなさも指摘され、ユースへの昇格は叶わなかった[10][11][12]。中学一年時の2009年にJOMOカップU-13Jリーグ選抜に選出され、韓国戦に出場。この時、同じ小学校でキッズFCのチームメイトだった山本亮太が愛媛FCジュニアユースから選出されている[13]。
技巧派を求めている他Jクラブユースへの道もあったが、選手権への憧れやハードワークを身に付ける目的、父幹雄と福重監督が大阪体育大時代の先輩後輩だった縁もあり、東山高校に進学。一年生ながら出場した第91回全国高校サッカー選手権京都府大会決勝戦では後のJリーガー仙頭啓矢、小屋松知哉らを擁し同選手権で準優勝した京都橘高校に2-3で敗れ[14][15]、選手権出場はならなかった。
二年生時、関西強豪校ひしめくプリンスリーグ関西1部2013では、18試合22得点18アシストの圧倒的数字で得点王とアシスト王のダブルを達成し[8][16][17]、チームを3位に導く。東山高校では三年生が早くに引退し三年生不在で臨み、4校で争われたプレミアリーグ参入決定戦トーナメントでは帯広北高校戦で2ゴール1アシストし[18]、初戦で前橋育英高校を降した藤枝東高校戦でも決勝ゴールを挙げ[19] トーナメントを制し[20]、これらの活躍が翌年のプレミアリーグWESTへ昇格の原動力になった。プリンスリーグの活躍が目に留まり、二年生秋に清水エスパルスに練習参加し、ゴトビ監督に大層気に入られ清水入団が濃厚だった。
主将を務めた[21]三年時には、高校年代日本最高峰のプレミアリーグWEST2014でチームが最下位となり全18試合で総得点が19点の中、プリンスリーグの活躍で徹底したマンマークに遭い、苦しみながらも得点ランキング4位の10得点を記録した[22][23][24]。複数の強豪大学から熱心に誘いを受けるが「大学は必要な道かもしれない、でもやっぱり譲れない思いがある。世界的に見て22歳でプロになるのは絶対に遅いと思う。高卒Jリーグ1年目から出ることが理想だし、そうしないといけない。Jリーグの先のことも考えている、世界に出てプレーしたいという夢はずっと持ち続けている、僕の中ではやれる自信は十分にある。」という考えの基[25]、プロ入りを志願し、5つのJクラブが興味を示した中、ゴトビ監督が解任され清水入りが流れて、翌期からのサガン鳥栖への加入が内定した[26]。2014年11月17日、東山高校にてサガン鳥栖との仮契約と入団会見が行われた[27]。
サガン鳥栖時代
2015年1月15日、鳥栖スタジアムで新体制発表記者会見が開かれサガン鳥栖に入団[28][29]。5月10日のJ1リーグ1stステージ第11節松本山雅戦で後半27分から途中出場し、J1リーグ戦初出場を果たし、同試合で同点ゴールとなる鮮やかなダイレクトボレーでプロ初ゴールを挙げる[30]。
8月、京都で行われたU-22日本代表のトレーニング・キャンプに招集される。
フィッカデンティ体制2年目となる鳥栖3年目のシーズンは、背番号が24番から7番に変更になった[31][32]。
2017年5月27日のコンサドーレ札幌戦では決勝点を挙げ、自ら結婚を祝った[33]。6月25日、第16節の浦和レッズ戦では先制点をアシストして、自身のラストゲームを勝利で飾った[34]。
鳥栖最終年の2017シーズンには平均走行距離12.80キロを記録し、そのシーズンのJリーグ全選手の中でトップになった。
フランクフルト時代
2017年6月24日、ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトに完全移籍することでクラブ間が合意したことが発表された[35]。その後6月29日にはフランクフルト側から、鎌田と2021年までの4年契約を結んだことが公表された[36]。8月12日、DFBポカール1回戦のエルンテブリュック戦で公式戦初先発を果たした。8月20日、開幕戦のフライブルク戦でリーグ戦デビューを飾った。シーズン序盤は好調だったものの、その好調を維持することができず、2017-18シーズンでの出場試合はわずか3試合にとどまった。
シント=トロイデン時代
フランクフルトではニコ・コヴァチ監督の後任としてアドルフ・ヒュッターが新監督に就任し[37]、昨季出場機会がほぼなかった鎌田は戦力と見なされず[38]、シュテンデラやマルコファビアンらとともに構想外となり、2018年8月31日、ベルギー1部リーグ・シント=トロイデンVVへレンタル移籍する事が発表された[39]。背番号は15番。
2018年8月31日と移籍市場が閉まるギリギリのタイミングで遅れてのレンタル移籍となった為[40]、デビューは遅れて9月16日ベルギーリーグ第7節のヘント戦となったが、途中出場から移籍後初得点を決めて勝利に貢献した[41]。
12月8日、スタンダール・リエージュ戦での得点でシーズン2桁得点に到達した[42]。
2019年4月20日、ベルギーリーグプレーオフ2オイペン戦で15ゴール目を挙げ、日本人主要欧州リーグシーズン最多得点記録を更新した[43][44]、この得点でベルギーリーグデビューが第7節途中出場と遅れながら15得点を記録し、18-19シーズンのベルギージュピラーリーグ得点ランキング最終順位第5位になった[45]。
フランクフルト復帰
シント・トロイデンでの活躍によりジェノア移籍が濃厚だったが、ジェノヴァ行きの当日にヒュッター監督とボビッチSDから熱心に慰留され[46][47]、フランクフルト残留となった[48]。 この残留を受け、期待の高さからプレシーズン中に背番号が40番から15番に変更になった[49]。
2019年8月11日、DFBポカール1回戦のマンハイム戦で加入後初得点を決めた[50]。8月29日、ヨーロッパリーグ予選3回戦ストラスブール戦2ndレグで、2点目となるFKを獲得し、更にアシストを記録、逆転でチームをヨーロッパリーグ本戦に導く。フランス全国紙レキップから最高評価を受ける[51]。
11月28日、ヨーロッパリーグGL第5節アーセナル戦で[52]、ペナルティエリアライン上から左足でゴール隅の狭いコースへの鮮やかなシュートで初得点を記録、更にCKの溢れ球をゴール端への鮮烈なシュートで2得点目を挙げ、チームを勝利に導き複数メディアからMOMに選出される[53][54]。12月12日、第6節ヴィトーリア戦ではヨーロッパリーグ2戦連続となるゴールを決め、チームの決勝T進出に貢献した[55]。
2020年2月20日、ヨーロッパリーグ決勝T1回戦ザルツブルク戦では、プロキャリア初のハットトリックを達成し、MOMに選出される[56][57]。ELでの日本人の1試合3得点は南野拓実以来2人目であり、ELでハットトリックを達成するのはクラブ史上初[58]。この試合ではゴール以外でも相手二人から囲まれながら股抜きで躱し、ヨーロッパリーグ公式からスキルオブザデイと評される[59]。
5月26日、フライブルク戦でブンデスリーガ初得点を記録[60]。5月30日、ヴォルフスブルク戦で2試合連続ゴールを決め、勝利の立役者となり、ブンデス公式MOMに選出される、この鎌田のゴールは当季公式戦二桁ゴールとなると同時に、フランクフルトにとってブンデスリーガでのアウェイゴール1000点目となり、クラブの歴史に名を残す一発となった [61][62]。
6月13日、ヘルタベルリン戦で3人抜きドリブルからアンドレ・シルヴァにアシストし、ブンデス公式より19/20シーズンベストアシストトップ3に選出される[63][64]。6月17日、シャルケ戦でスルーパスで2試合連続となるアシストを記録、ブンデス公式ベストイレブンに選出された[65][66]。
ヒュッター監督とボビッチSDが契約延長を熱望し[67][68]、2020年9月16日にフランクフルトと2023年までの2年契約延長を発表した[69][70]。
2021年2月14日、ケルン戦でアシストを記録し、ブンデスリーガ公式サイトが発表した今節ベストイレブンに選出される[71]。2月20日には、バイエルン・ミュンヘン戦で1ゴール1アシストを記録し[72]、ドイツ誌キッカーから当節のブンデスベストイレブンに選出される[73][74]。20-21シーズンはリーグ第3位となる12アシストを記録した[75]。
2021-22シーズンヨーロッパリーグ、グループリーグではEL3戦連続ゴールを挙げ[76][77][78]、リーグ首位で決勝トーナメントに導く。決勝トーナメントベスト16・1stレグのベティス戦で決勝ゴールを挙げ[79]、準々決勝バルセロナ戦2ndレグで決勝ゴールをアシストしチームを準決勝戦に導く[80]。準決勝ウエストハム戦の1stレグでは、大会5点目となる決勝ゴールを決めて勝利に貢献した。2022年5月18日、決勝のレンジャーズ戦でも先発フル出場し、PK戦では3人目のキッカーとして成功[81]、クラブの42年ぶりヨーロッパリーグ優勝に貢献し優勝カップを掲げた[82][83]。UEFAカップを制覇した小野伸二以来、長谷部誠と共に二十年振りの日本人2人目となるヨーロッパリーグ優勝の快挙となった[84]。ドイツ勢でのヨーロッパリーグ制覇は97年のシャルケ以来25年振り。鎌田はこの21-22ヨーロッパリーグでチームトップ、大会4位タイとなる5得点を記録した[85]。
5月22日、ブンデスリーガ公式よりブンデス通算520試合出場を誇るノイベルガー、クラブ最多得点者のヘルツェンバインといったレジェンドと共に歴代フランクフルトベストイレブンに選出される[86]。
残りの契約期間が一年となった2022年夏のオフシーズン、ポルトガルの名門ベンフィカからこれまでに幾度も誘いがあり、双方合意の下リスボン行きの航空チケットまで用意していたがグラスナー監督から「私にとっては契約の残り期間は関係ない。私の基準はシンプルで、パフォーマンスの良い選手を起用する。忘れないでほしい。ダイチは私にとって特別な選手だ。だから契約のことは関係なく、今シーズンも残って一緒に戦ってくれ」と熱心な慰留を受けフランクフルト残留となった[87][88]。
9月13日、チャンピオンズリーグ22-23グループステージ第2節マルセイユではパス成功率、デュエル回数、タックル数の3部門で最高スタッツを記録し、攻守に躍動しフランクフルトのCL初勝利に貢献。「エネルギーに満ちあふれていた。ポゼッションと前線での走り出しがすばらしく、2つのゴールを決められなかったのは不運だった」と評されUEFA公式MOMに選出、トロフィーを授与される[89][90][91]。
10月13日、チャンピオンズリーグ22-23グループステージ第4節トッテナム戦でCL初ゴールを決めた[92]。その欧州CL次戦となる第5節マルセイユ戦でボランチの位置からタイミング良く抜け出しミドルシュートで先制点を決め、チームの勝利に貢献。グループステージ最終節のスポルティング戦で欧州CL3試合連続ゴールとなるPKによるゴールを決め、クラブ史上初のチャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出に貢献した[93]。
2023年4月12日、2022-23シーズンでのフランクフルトの退団が発表され、自身のSNSからもクラブへの感謝が投稿された[94][95]。
ヨーロッパリーグ通算では11得点を記録し、アジア人最多得点者となる[96][97]。 チャンピオンズリーグでも8試合で3得点を記録。
SSラツィオ時代
2023年8月5日、セリエA・SSラツィオへの完全移籍加入が発表された[98][99]、契約期間は2024年までの1年契約[100]、背番号は「6」[101]。2024年9月2日、ナポリ戦で決勝ゴールを決めてシーズン初白星を付けると共に、ラツィオとセリエAでの初ゴールを獲得[102][103]。9月16日、ユヴェントス戦では初アシストを記録[104]。しかしその後、マウリツィオ・サッリ監督が古参選手とフィジカルに優れた選手を重用し、新加入で技巧派の鎌田はポジション争いに苦戦し出場機会を減らしていった[105]。
冬の移籍市場でクリスタルパレスとは別のプレミアリーグクラブの監督と強化部長と鎌田とが話をして個人間合意し移籍を希望するも、ロティート会長が猛反対し移籍は実現しなかった[106]。
3月14日、サッリ監督が辞任し、イゴール・トゥドールが新監督に就任すると、トゥドールの理想とするサッカーの適任者が正に鎌田で[107]、チームの中心となり、以後は起用され続けた。3月30日、ユヴェントス戦で先発出場し勝利に導くと[108]、4月19日、ジェノア戦ではルイスアルベルトの決勝ゴールを御膳立てしアシストを記録した[109]。5月19日、インテル戦で連続無失点記録を継続中だったゾマーを擁し最少失点の当期王者相手に得点を挙げ[110][111]、この得点が同一シーズンに新旧王者の双方から得点を挙げた1996-97シーズンのピエルルイジ・カジラギ以来の快挙となった[112]。
トゥドール監督は鎌田の契約延長を熱望したが[113][114]、新たなクラブへの移籍の為に単年延長を希望する鎌田と商業面から複数年契約を希望するラツィオのロティート会長との間の溝が埋まらず[115]、2023-24シーズンをもって一年間の契約満了で退団が決定した[116]。
クリスタル・パレス
2024年7月1日、プレミアリーグ・クリスタル・パレスFCへの完全移籍加入が発表された[117]、契約期間は2026年までの2年契約[118]。クラブの監督であるフランクフルト時代の恩師・グラスナーが鎌田の獲得を熱望した事が切っ掛けになり[119][120][121]、入団を決めた。背番号は「18」と発表された[122][123]。
8月18日、ブレントフォードとの開幕戦でスタメン出場しプレミアリーグデビューを飾る。クリスタル・パレスが1920年にEFL加盟以来、このデビュー戦で鎌田はクラブ1000人目の出場選手となった[124]。
8月27日、カラバオカップ2回戦ノリッジ戦の試合開始早々、ゴール前に走り込んでスルーパスを巧みなファーストタッチでGKを躱し受けると、セカンドタッチでゴールに流し込み公式戦初得点を挙げる。後半にはクロスでマテタのボレーゴールをアシストし、1ゴール1アシストを記録[125]。
2025年4月26日、FAカップ準決勝アストン・ヴィラ戦では、正確なクロス供給やボール奪取からのダブルタッチで二人を抜き去りスルーパスを通すなどでクラブを決勝進出に貢献した[126][127]。
5月17日、FAカップ決勝マンチェスター・シティ戦ではボランチで先発フル出場。FWマテタがロングボールに競り勝ち落としのボールを体勢を崩しながらもダイレクトで正確に折り返すと、これが決勝ゴールの起点になり、1861年創設のクリスタル・パレスにとって初めてのメジャータイトル獲得に貢献。世界最古かつ国内カップ戦世界最高峰の優勝カップを掲げた[128]。
8月10日、コミュニティシールド・リヴァプール戦で先発出場。チームはPK戦を制し、優勝盾を掲げた[129]。
9月27日、リヴァプール戦に先発出場し、CKから先制点を演出するなど後半ATまでプレー、その後のラストプレーで劇的決勝弾で全勝の首位に黒星を付け[130]、鎌田は幾度ものボール奪取や抜群のボール捌きなどでクラブ公式よりPOTMに選出される[131][132][133]。
クリスタルパレスがクラブ記録の19試合無敗を継続した中で[134]、鎌田はリーグ公式より9月のプレミア月間最優秀選手候補の6名にノミネートされ[135][136]、クラブ公式より同月の月間最優秀選手賞に選出される[137][138][139]。さらに10月には連続で月間最優秀選手賞に選出された[140][141]。
代表経歴
2016年5月に行われるトゥーロン国際大会に挑むU-23日本代表に招集された。同大会ではトップ下に配されたが[142]、同年開催のリオデジャネイロオリンピックを19歳で五輪を迎える最終年生まれという事や監督が古参選手を重用した事が響き、メンバー入りを逃した。
2019年3月、キリンチャレンジカップに挑むサッカー日本代表に初招集され[143]、3月22日のコロンビア戦で代表初出場[144]。10月10日、カタールW杯アジア2次予選第2節モンゴル戦で代表初得点[145][146]。

2022年11月1日、2022カタールW杯に臨む日本代表に選出された[147]。この大会全試合に出場し、初戦のドイツ戦ではトップの走行距離を記録し[148] 、カタールW杯GSの3戦でも日本代表の最長走行距離、最多スプリント数、最多プレス回数を記録する[149] などチームのベスト16進出に貢献した。
2024年10月10日、2026 FIFAワールドカップ・アジア3次予選第3節サウジアラビア戦で先発出場。決勝点となる先制ゴールを挙げ、複数メディアからPOMに選出される[150][151]。これはアウェーサウジアラビアの地で日本代表が挙げた初めての得点となった[152]。
2025年6月5日、2026北米ワールドカップ・アジア最終予選第9節オーストラリア戦にゲームキャプテンとしてフル出場した[153]。
10月14日、キリンカップ・ブラジル戦に先発出場。得点に繋がるハイプレスや強度の高い守備[154]、抜群のパスワークなどを見せ、ブラジル代表に史上初勝利。複数メディアから高く評価された[155][156][157]。
2026年5月15日、2026 FIFAワールドカップに臨む日本代表に選出された[158]。
エピソード
小学校に入学する頃にはリフティング1000回以上に達し、ヘディングだけでも100回を超えていた[159]。「テレビを見るぐらいならリフティングしなさい」と言われるなど、家庭でも両親から厳しく育てられた。キッズFCの松山市内二拠点に通い、週7日休み無しで練習していた。愛媛県の強豪キッズFCで小学二年生から六年生主体の全カテゴリーの試合に出場していた[160][5]。小学生の時は体が小さかったが、2学年上までならドリブルで5、6人躱してシュートまで持ち込んでいた。キッズFCは当時から、ボールを大事にしてGKから繋ぐパスサッカーを標榜しており、ボールを触る回数を大事にし、ボールになるべく多く触る練習メニューで技術と判断に徹底して拘るスタイルだった、そのトレーニングで技術やサッカー観の礎が培われた。キッズFCの飯尾監督は「試合で負けて泣く選手をたくさん見てきたが、涙に見合う努力を積んだと思える数少ない選手」と全日本少年サッカー県大会で敗退した時の鎌田を振り返った。
小学六年時に夏休みを利用してガンバ大阪ジュニアユースの練習参加した際、二宮スカウトは「良い選手である事は直ぐ分かった。まだ12歳なのでどこまでの選手に成るかは分からないが、少なくともプロに成れる可能性を感じた。大地のプレーに対してワクワクする様な感覚があった事を覚えている。四国にこんな選手がいたのかと驚いた。」、梅津コーチは「見て直ぐに合格という感じだった。姿勢が重要で、姿勢や見るところが他の選手とは違う。」と複数スタッフから認められ入団テストを即突破した。
ガンバ大阪のジュニアユースでプレーしていた中学生時代からつける機会が多かった「14番」がいつしかお気に入りの番号になり、東山高校でも三年間14番を背負う[161] が、鳥栖やシントトロイデンには既に14番の選手が居て、フランクフルトでは永久欠番だったため別の番号に。
中学三年時、父幹雄が鎌田の進路について大阪体育大学で一学年後輩の三笘康之(奈良学園登美ヶ丘高校サッカー部監督、三笘薫の叔父)に相談したところ、「福ちゃんのところに預けるのが絶対に良い」と同級生の東山福重監督を推薦する助言が大きなきっかけとなり[162]、東山高校に進学を決めた。
東山高校の福重良一監督は「ボクは日の丸をつけるところでやらないかん選手と思っている」と当時高校二年生だった鎌田の代表入りを確信していた発言を残しており[19]、「大地の技術や努力をみんながリスペクトしていた。大地以上に努力している子を見たら、大地はそれを見習ってそれよりも更に努力していた。」と振り返った。父親の赴任先の兵庫県尼崎市の自宅から京都市の東山高校まで、朝5時に起きて始発に乗り登校、一時間半の朝練をし、放課後部の練習後にグラウンドの照明が落ちるまで自主練習して夜の23時に帰宅[163]。両手両足に重りをつけて坂を走り、学校の廊下にイスを10個置いてドリブル繰り返す、後輩を10メートル間隔に1人ずつ置いて全員を躱したり、「漫画みたいな生活」と自身で振り返った高校時代だった[164]。
鳥栖の牛島スカウトは「大地は見た瞬間にワクワクしてしまった、彼は先がすごく見えていたし、こちらの想像のさらに上をいく、すべてのプレーが予想を覆す」と印象を語り、「自信と確信があって、どうしても僕は彼がほしかった」との考えで、プレミアリーグ東福岡高校戦を永井強化部長と共に東山高校にて鎌田の視察した際に、複数人で対応されながらもパスを通し続けゴールを挙げる活躍を目の当たりにし「この選手を取らないと勿体無いですよ」と進言し獲得のゴーサインが出た[165][166][167]。
鳥栖の森下仁志監督は「サッカーに取り組む姿勢が他の選手と全く違った、僕は練習をハードにやるタイプだが、シーズン中であっても積極的に一人で黙々とドリブルやシュートの自主練習をしていた。目の前の試合より目線が先に向いていた、そんな選手はごく一部、世界に行ける選手と確信した。」と当時の鎌田を振り返った。
ヨーロッパリーグ19-20アーセナル戦で二得点した後にドイツ紙『Bild』から「キング・カマダ」と銘打って一面で報道される[168]、その後は独メディアやフランクフルトサポーターからも鎌田の愛称はキングカマダになり呼ばれ続けた[169][170]。
『自分がサッカーを続けるために、お父さんやお母さんにすごく迷惑をかけているから、親孝行したい。普通の親孝行でない親孝行がしたい。そのためにはサッカーなんだ』との想いで[171]、両親は返したがサガン鳥栖と入団契約した際の契約金に当たる準備金全額を渡したり[172]、プロ一年目の終わりに契約更改した際には両親に感謝の手紙と伴にペアの高級腕時計を、プロ入りした弟大夢へは乗用車をプレゼントしたり、フランクフルト4年目には両親に7LDKの新築の家を贈るなどとても家族想いである[173]。
チャンピオンズリーグ22-23スポルティング戦でPKキッカーを務め得点した際に、レーザーポインターを顔に当てられ笑みを浮かべた事について「レーザービームは見えないとことか普通遠い所からやる。やってる奴がゴール裏の顔が分かる所にいて、そいつに対して何やってんだお前と」、「そいつの方を見て笑っただけ」と語った[174][175]。
フランクフルトで5シーズンを共にした長谷部誠は「結局は自分が切り拓くしかない道だと思う。アドバイスを求められても、基本的には余り言わない。大地もそうです。彼に対してアドバイスをしたことなんて殆どない。彼は難しい時期もあったけど、自分の力で切り拓いていったと思う。誰かに言われるというよりは、自分で這い上がっていく位じゃないと、この世界では通用しない。とにかく藻掻いて、苦しんで、そういうものを積み重ねた先に、大きなものが見えてくる。」と鎌田に助言した事は殆どないと語った[176]。
フランクフルトとの契約が切れてフリーとなる最終年の2023年にはドルトムント[177][178]、アトレティコ・マドリード[179][180]、ベンフィカ[181] など様々な名門クラブへの移籍報道が出たが、本命とされ覚書を取り交わし契約目前だったACミラン[182] のマルディーニSDが解任された事で、EU圏外枠選手の獲得方針が変わり土壇場になって一転破談となり[183]、急遽のラツィオ加入となった[184]。
2024年7月14日、YouTubeで自身のチャンネル、鎌田大地chを開設した[185]。
2025年3月に行われたバーレーン戦の地面に叩き付けるエジルシュートで得点し話題になったが[186]、鳥栖時代の2016年6月ガンバ大阪戦でも同様のエジルシュートで得点しており[187]、以前から得意としていたシュートだった。
プレースタイル
ジダンのようなゲームメイクの才能ある限られた特別な選手にしか務まらない王道司令塔タイプのボランチまたはトップ下。長い四肢を活かしつつ繊細なボールタッチで落ち着き払い、靭やかかつエレガントにプレーする。空間認識力が高く俯瞰でも発見しにくいパスコースを瞬時に見つけ出し、スルーパスを得意としている。逆足の左足も苦にせず、両足を使い熟した。鳥栖在籍時から技巧派として広く知られトラップ、ボールキープ力、ドリブル、パス、シュートなどほぼ全てのボールコントロールにおいて技術は卓越していた。Jリーグトップの走行距離からも分かるように運動量が多いのも特徴で[188][189]、ポジションに囚われずピッチを縦横無尽に駆け回るオールラウンダー。
東山高校の福重監督は「パスの出しどころと視野の広さに心底驚いた、見たことがなかった、教えられないものを持っていた。」、「プレーが周りとは全く違った。見ている場所が他の選手と違う、スペースを見つけてそこに入るのがうまかった。パスの出しどころや自分が活きるポジショニングのスペースが面白い。凄いなこいつと思った。」と鎌田を初めて見た印象を語った。
鳥栖の森下監督は「本当にうまくて、良い選手だなと思った。プレーの間合いが良い、そこは指導者が教えられない要素でなかなか居ない。操るというか特有の空間を持っていてその間が良い、間を見た瞬間惚れ込んだ。」と初めて見た印象を語り、「ダイレクトボレーのゴールも凄かったが、30メートル近いスルーパスを通したのを見て、これはモノが全く違うと思った。良い選手を沢山見てきた中であのスルーパスは一番の衝撃。試合で使うのが遅かったと後悔した。」と鎌田のリーグデビュー戦を振り返った。
鳥栖のフィッカデンティ監督は「テクニックに優れた選手なのに、運動量が豊富で、戦術理解度も高く、チームのために犠牲を払うこともできる」、「完成された攻撃的MF。世界トップ3のリーグでも十分にプレーできる」と言い表した[190]。
フランクフルトのコヴァチ監督は、日本サッカーと初の海外サッカーとの違いからくる戸惑いに自己主張やアグレッシブな姿勢の物足りなさを指摘しつつ、「彼はとてもきれいで華麗な動きを見せ、一瞬の勢いというものを持つ上、ボールを扱う技術にも長けている」、「本当に優れたフットボーラーになれる」と鎌田に期待を寄せていた[191]。
シントトロイデンのマルクブライス監督から「ポジショニング良くプレーでき、テクニックの質は高く、両足でドリブルもできる。それは彼を予測不可能な存在にする。彼のテクニックはリーグのレベルを超越している」[192]、シーフォ以上に試合を支配するプレイメーカーと評された。
フランクフルトのヒュッター監督からは「クリエイティブな選手であり、その天賦の才から時折、試合に違いをもたらしてくれる」[193]、「ダイチは天才的なプレーヤー。我々のアナリストたちは彼のことを優れた“ラウムドイター”(スペースを見つけ出す者)という専門用語を使って称している。ライン間の動きがもの凄く上手い。」[194] と評価した。
フランクフルトのグラスナー監督は「ピッチ上でここまで賢い選手に出会ったことは滅多にない。ダイチは危険なスペースがどこに出来るかを予測する能力が極めて優れている。相手チームにとって弱点のそのスペースを彼が見付け出してくれると信じている」と言及した[195][196]。
ラツィオのトゥドール監督は「鎌田は走力もプレーの質もある完璧な選手。私のサッカーに合う。彼には私の好みにある重要な資質が幾つもある。」[197]、「私は鎌田が好きだ。彼には10のメンタリティがある。彼は頭の中にコンピューターがあり、全ての選手がそうなって欲しい。チームに彼が10人居ればと思う、どんな監督も彼を気に入るだろう。」[198]、「鎌田は良い意味でマシーンのような選手。ミスをしないし、サッカーの才能と結びついたクレイジーな頭脳を持っている。後ろでも前でもプレーできるし、ボールも奪える。彼をリスペクトしているし、私にとってはすごく大きな発見。」[199]、「鎌田は並外れた選手であり、何も間違う事はない。正しいメンタリティを持つ大いなる努力家だ」と絶大な信頼を語った[200]。
ドイツを経てベルギーに移籍してプレーする中でFW(セカンドトップ)としての得点力が開花する。海外挑戦後は判断力が更に向上し、プレースピードがより早くなった。ドイツ復帰後はオフザボールのセンスに磨きがかかり、元来得意なトップ下をはじめ、左右のウイングやインサイドハーフ、ベルギー時代に開拓したセカンドトップ、そして守備力を身に付けドイツ最終年に新たに開拓したボランチなど、中盤ならどこでもこなし、様々なポジションで起用される。
フランクフルト復帰後はボランチとセカンドトップが融合したような独特なプレーを見せるようになった。ピッチを幅広く動き、囮としてパスを引き出し相手選手をおびき寄せる。そして少ないタッチで再度味方にボールを預ける事で味方がフリーになる状況を作り出す。それを繰り返す事で相手のプレスを空回りさせて陣形を崩し、スペースを生み出す。味方がチャンスメイクをしている間に自身は相手ゴール前に入り込み、シュートを狙う。球離れが早く、ボールキープにも長けている為、相手にとっては中々捉えづらい選手である[201]。自らボールを持って積極的に仕掛けて行くプレーも得意とし、プレスをかけずに引いて構える事が多い格下の相手と対戦する時はドリブルやスルーパスで打開可能な一方、積極的にプレスをかけてくる格上の相手に対してはその独特なスタイルの本領を発揮して活躍する。
所属クラブ
- ユース経歴
- プロ経歴
- 2015年 - 2017年6月
サガン鳥栖
- 2015年
Jリーグ・アンダー22選抜
- 2015年
- 2017年7月 -2023年6月
アイントラハト・フランクフルト
- 2018年9月 - 2019年5月
シント=トロイデンVV(期限付き移籍)
- 2018年9月 - 2019年5月
- 2023年8月 - 2024年5月
SSラツィオ - 2024年7月 -
クリスタル・パレスFC
個人成績
| クラブ | シーズン | リーグ | リーグカップ | 州選手権 | 国際大会 | その他 | 合計 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ディヴィジョン | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||
| サガン鳥栖 | 2015 | J1リーグ | 21 | 3 | 3[注釈 1] | 0 | 4[注釈 2] | 0 | — | — | 28 | 3 | ||
| 2016 | 28 | 7 | 3 | 1 | 3 | 0 | — | — | 34 | 8 | ||||
| 2017 | 16 | 3 | 1 | 0 | 1 | 2 | — | — | 18 | 5 | ||||
| 通算 | 65 | 13 | 7 | 1 | 8 | 2 | — | — | 80 | 16 | ||||
| J-U22(loan) | 2015 | J3 | 3 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | 3 | 0 | |||
| アイントラハト・フランクフルト | 2017-18 | ブンデスリーガ | 3 | 0 | 1[注釈 3] | 0 | — | — | — | 4 | 0 | |||
| 2019-20 | 28 | 2 | 4 | 2 | — | 16[注釈 4] | 6 | — | 48 | 10 | ||||
| 2020-21 | 32 | 5 | 2 | 0 | — | — | — | 34 | 5 | |||||
| 2021-22 | 32 | 4 | 1 | 0 | — | 13[注釈 5] | 5 | — | 46 | 9 | ||||
| 2022-23 | 32 | 9 | 6 | 4 | — | 8[注釈 6] | 3 | 1[注釈 7] | 0 | 47 | 16 | |||
| 通算 | 127 | 20 | 14 | 6 | — | 37 | 14 | 1 | 0 | 179 | 40 | |||
| シント・トロイデン(loan) | 2018-19 | ジュピラー | 34 | 15 | 2[注釈 8] | 1 | — | — | — | 36 | 16 | |||
| ラツィオ | 2023-24 | セリエA | 29 | 2 | 2[注釈 9] | 0 | — | 7[注釈 10] | 0 | 0 | 0 | 38 | 2 | |
| クリスタル・パレス | 2024-25 | プレミアリーグ | 34 | 0 | 5[注釈 11] | 0 | 4[注釈 12] | 2 | — | — | 43 | 2 | ||
| 2025-26 | 14 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 6[注釈 13] | 0 | 1[注釈 14] | 0 | 23 | 0 | ||
| 通算 | 48 | 0 | 5 | 0 | 6 | 2 | 6 | 0 | 1 | 0 | 66 | 2 | ||
| キャリア通算 | 306 | 50 | 30 | 9 | 14 | 3 | 50 | 14 | 2 | 0 | 401 | 76 | ||
- Appearances in 第95回天皇杯全日本サッカー選手権大会
- Appearances in 2015 Jリーグカップ
- Appearance in 2017–18 DFB-Pokal
- Appearances in 2019–20 UEFA Europa League
- Appearances in 2021–22 UEFA Europa League
- Appearances in 2022–23 UEFA Champions League
- Appearance in 2022 UEFA Super Cup
- Appearances in 2018–19 Belgian Cup
- Appearances in 2023–24 Coppa Italia
- Appearances in 2023–24 UEFA Champions League
- Appearances in 2024–25 FA Cup
- Appearances in 2024–25 EFL Cup
- Appearances in 2025–26 UEFA Conference League
- Appearance in 2025 FA Community Shield
- 略歴
- Jリーグ初出場 - 2015年3月21日 J3第2節 vsレノファ山口FC(維新百年記念公園陸上競技場)
- Jリーグ初得点 - 2015年5月10日 J1.1st第11節 vs松本山雅FC(ベストアメニティスタジアム)
- ブンデスリーガ初出場 - 2017年8月20日 第1節 vsSCフライブルク(オイローパ=パルク・シュタディオン)
- ジュピラー・プロ・リーグ初出場・初得点 - 2018年9月16日 第7節 vsKAAヘント(ゲラムコ・アレーナ)
- ブンデスリーガ初得点 - 2020年5月26日 第28節 vsSCフライブルク(ドイチェ・バンク・パルク)
- セリエA初出場 - 2023年8月20日 第1節 vsUSレッチェ(スタディオ・ヴィア・デル・マーレ)
- セリエA初得点 - 2023年9月2日 第3節 vsSSCナポリ(スタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナ)
- プレミアリーグ初出場 - 2024年8月18日 第1節 vsブレントフォードFC(Gtechコミュニティ・スタジアム)
タイトル
クラブ
- アイントラハト・フランクフルト
- DFBポカール:1回(2017-18)

- UEFAヨーロッパリーグ:1回(2021-22)

クリスタル・パレスFC
- FAカップ:1回(2024-25)

- FAコミュニティ・シールド:1回(2025)

個人
- Jリーグ・月間ベストゴール賞:(2016年10月)
- JPFAアワード(JPFA)・ベストイレブン:1回(2022年)
- クリスタル・パレスFC・月間MVP(2025年9月)
代表歴
- 国際Aマッチ初出場 - 2019年3月22日 キリンチャレンジカップ2019 vsコロンビア代表(横浜国際総合競技場)
- 国際Aマッチ初得点 - 2019年10月10日 2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ 2023・予選 vsモンゴル代表(埼玉スタジアム2002)
出場大会
- U-22日本代表(2015年)
- U-23日本代表(2016年)
- 日本代表
- 2019年 - キリンチャレンジカップ
- 2019年 - 2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ 2023・予選
- 2022年 - キリンカップサッカー2022
- 2022年 - 2022 FIFAワールドカップ
- 2023年 - 2026 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ 2027・予選
- 2024年 - 2026 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
- 2026年 - 2026 FIFAワールドカップ
試合数
- 国際Aマッチ 49試合 12得点(2019年 - )
出場
ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | スタジアム | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2019年10月10日 | 埼玉スタジアム2002 | ○6-0 | 2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ 2023・2次予選 | ||
| 2. | 2021年3月25日 | 日産スタジアム | ○3-0 | 国際親善試合 | ||
| 3. | 2021年3月30日 | フクダ電子アリーナ | ○14-0 | 2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ 2023・2次予選 | ||
| 4. | 2021年5月28日 | ○10-0 | ||||
| 5. | 2022年6月2日 | 札幌ドーム | ○4-1 | キリンチャレンジカップ2022 | ||
| 6. | 2022年9月23日 | デュッセルドルフ・アレーナ | ○2-0 | 国際親善試合 | ||
| 7. | 2023年11月16日 | パナソニックスタジアム吹田 | ○5-0 | 2026 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ 2027・2次予選 | ||
| 8. | 2024年10月10日 | キング・アブドゥッラー・スポーツシティ・スタジアム | ○2-0 | 2026 FIFAワールドカップ・アジア3次予選 | ||
| 9. | 2025年3月20日 | 埼玉スタジアム2002 | ○2-0 | |||
| 10. | 2025年6月10日 | 市立吹田サッカースタジアム | ○6-0 | |||
| 11. | ||||||
| 12. | 2025年11月18日 | 国立競技場 | ○3-0 | キリンチャレンジカップ2025 |