長野刑務所

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長野刑務所(ながのけいむしょ)は、法務省矯正局東京矯正管区に属する刑務所。下部機関として上田拘置支所を持つ。

1881年(明治14年)、善光寺領徒刑場を引き継ぎ[1]、長野県監獄として長野市に設置。1883年(明治16年)、監獄本所を新設。 1946年(昭和21年)7月9日、収容者7人が逃走。4人を逮捕。1949年(昭和24年)9月22日キティ台風による災害復旧に受刑者800人が出動する。逃走者なし[2]1960年(昭和35年)4月1日、善光寺の近くから現在地に移転[1]。跡地には長野県勤労者福祉センターなどが建設されたが、取り壊しの後、2008年(平成20年)の北京オリンピック聖火リレーの長野における出発地となった。その後、長野市消防局の中央消防署が建設され、2017年(平成29年)に運用を開始した[3]

2010年代、収容対象に収容分類B級が加えられた[4]

所在地

収容分類級

  • A級(犯罪傾向の進んでいない者=初犯で暴力団組織に所属していない者)
  • LA級(刑期10年以上または無期など受刑期間が長い初犯者)
  • B級(犯罪傾向の進んでいる者)

収容定員

  • 800人前後

組織

所長の下に2部1課を持つ2部制。

  • 総務部(庶務課、会計課、用度課)
  • 処遇部(処遇担当、企画担当)
  • 医務課

著名な受刑者

高齢化問題

脚注

外部リンク

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