関勝 (水滸伝)
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物語中での活躍
蒲東県の巡検(捕り方の役人)だったが、宣贊の推薦で義兄弟・郝思文と共に都へ召還され、梁山泊に攻められた北京大名府の救援軍を指揮する。関勝は北京には赴かず、直接梁山泊を急襲するという作戦を取る。それを知った梁山泊軍は慌てて北京の包囲を解いて梁山泊に引き返し、関勝の軍と対峙する。この戦いで関勝は林冲、秦明といった梁山泊主力の豪傑たちと互角の戦いを演じ、さらに夜襲を仕掛けてきた敵水軍を2度にわたり撃破、張横、阮小七らを捕らえる戦功を挙げるが、かつての官軍呼延灼の偽投降の策にひっかかり捕らえられてしまう。しかし、そこで宋江の考えと態度に感じ入りそのまま梁山泊に入山。そして、続いて攻めてきた元部下の単廷珪を一騎討ちで捕らえ、同じく魏定国を説得して2人を梁山泊に引き込んだ。
百八星集結後は騎兵五虎将の筆頭として官軍との戦い、帰順後の各地の反乱軍との戦いでも活躍、遼との戦いでは敵の総大将兀顔光を張清らとともに倒し、田虎との戦いでは旧知の敵将・唐斌を内応させることに成功した。方臘との戦いでは作中でも最強の敵である石宝と互角の死闘を演じ、また烏龍神邵俊の加護と樊瑞の助力を得て妖術使いの鄭彪を討った。また危機に陥った味方の救援部隊として働くことも多かった。
乱の平定後、武節将軍大名府正兵馬総管に任ぜられるが、調練の帰り道に飲酒が原因で落馬し、それが原因で死去した。
