風立ちぬ (2013年の映画)
日本のアニメーション映画 (2013)
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あらすじ
空に憧れている少年・堀越二郎は、夢に現れた飛行機の設計家・カプローニ伯爵に励まされ、自分も飛行機の設計家になることを志す。青年になった二郎は上京して東京帝国大学で飛行機の設計学を学ぶことになるが、夏休み終わりの帰省先から東京に戻る汽車に乗っている最中に関東大震災が発生。震災に見舞われた同じ汽車の中で偶然出逢った少女・里見菜穂子と、菜穂子の女中である絹を助け、被災した町をくぐり抜けながら彼女たちが住む上野の家まで送り届けた。
その後世間は世界恐慌による大不景気へと突入していた。東京帝国大学を卒業した二郎は、大学時代の親友である本庄と同じく名古屋の飛行機開発会社「三菱」に就職する。"英才"と会社から評価される二郎は上司の黒川や服部たちからも目をかけられ、ドイツへの企業留学など仕事に打ち込んだ。
その結果入社から5年後、大日本帝国海軍の七試艦上戦闘機開発プロジェクトの先任チーフに大抜擢されるが、完成した飛行機は空中分解する事故を起こしてしまう。飛行機開発において初の挫折を経験し意気消沈した二郎は、避暑地・軽井沢のホテルで休養を取り、そこで思いかけずに菜穂子と再会する。同じく軽井沢に滞在していた謎の外国人カストルプとも出会い交友を深めつつ、菜穂子との仲を急速に深めて元気を取り戻した二郎は、彼女に結婚を申し込む。菜穂子は自分が結核であることを告白したが、二郎は病気が治るまで待つことを約束して、二人は婚約する。
軽井沢から戻り、名古屋、東京[注釈 3]と離れて暮らしながらも密に手紙のやり取りをするようになった二郎と菜穂子。しかし、菜穂子の病状は良くなるどころか悪化の一途を辿る。一方の二郎はあらぬ疑いをかけられて特別高等警察に追われる身となり[注釈 4]、黒川の家に匿ってもらうことになる。菜穂子は病気を治して二郎とともに生きたいと願い、人里離れた高原病院(サナトリウム)に入院する。二郎は菜穂子に付き添って看病したかったが、飛行機の開発を捨てるわけにはいかず、菜穂子を想いながらひたむきに仕事に取り組んだ。しかしほどなくして、二郎からの手紙をきっかけに、菜穂子は彼が恋しくなって衝動的に病院を抜け出し、名古屋へ向かう。再会した2人は、回復するかどうかもわからない治療[注釈 5]のために離れ離れになるよりも、今この瞬間を一緒に過ごすことを切望し、そのまま結婚して残された時間を一日一日大切に生きることを決意する。
そして二人の決意を知った黒川が仲人となり、黒川の家で慎ましくも美しい結婚式を挙げる。こうして二人は黒川家の離れで結婚生活を送りはじめるも、菜穂子は日増しに弱っていく。そんな中、黒川の家に医学生となった二郎の妹の加代が訪れるようになり、菜穂子の病状を診つつ、その心境を思い涙する。二郎は妻との愛を確かめ合いながら飛行機の設計に邁進し、ついに飛行機が完成して試験飛行が行われる日の朝、菜穂子は二郎を見送ると、置き手紙を残して密やかに二郎の元を去り、サナトリウムに戻った。加代は菜穂子を連れ戻すために追いかけようとするものの、黒川夫人が菜穂子の気持ちを汲んでそれを制止する。そして飛行試験場にて、二郎の設計した飛行機は過去最高の速度を記録し、人々は歓喜する。一方、二郎は心ここにあらずの状態で、周囲の歓喜の声を背に遠く山の方角を見つめていた。
ふたたび夢に現れたカプローニ伯爵は、二郎が作った飛行機を褒め称えるが、二郎は自分の飛行機が一機も戻ることはなかったと打ちひしがれる。しかし、同じ夢の中で再会した菜穂子から「生きて」と語りかけられる。
作品解説



宮崎駿が「本気」[8]の引退を覚悟して作り上げた、鈴木敏夫プロデューサー曰く彼の「遺言のような」[注釈 7][10][11]「言い残したいことを全部詰めた」[12]作品である。宮崎がこれまで手がけてきた過去作とは異なり、舞台を現実世界である大正から昭和前期[13]の東京、名古屋、軽井沢などとし[14]、実在の人物である堀越二郎の航空機設計に情熱を注いだ約30年にわたる半生に、同時代を生きた堀辰雄の実体験をもとに執筆された恋愛小説『風立ちぬ』などの内容が盛り込まれた、ズタズタになりながらも一日一日をとても大切に生きようとした人物を描き出す壮大な物語[15][16]。
宮崎によれば、「この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公"二郎"に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である」[13]とし、実在の人物と歴史的事実を土台にしながらも、架空のキャラクターやプロットを織り交ぜることで、普遍的なテーマを描き出した、単なる伝記ではなく「パーソナル」な視点を持った「フィクション」として構築されている。
過去作同様に空のシーン・浮遊感が多く描かれ、加えて飛行機、恋、たばこなど、宮崎の好む対象がふんだんに詰まった作品となっている[15][16]。
本作の初号試写の際に宮崎は「恥ずかしいんですけど、自分の作った映画で泣いたのは初めてです」と声を震わせながら語った[注釈 8][17][16]。
主題
- 矛盾性
「空に憧れて飛行機に乗りたかった少年が、設計者として美しい飛行機を作りたいという夢を持つ。ところが大人になると戦争の時代になって、彼が作らなければならなかったのは艦上戦闘機だった」という主人公が辿った足跡を通して、「戦争反対を主張しながら、一方では戦闘機などの兵器を好む」という宮崎駿が抱える「矛盾」[注釈 9]の部分に向き合い、それに対する答えを宮崎はこの映画の中で明らかにしようとした[5][19]。本作は全篇において、戦争の時代にあったありとあらゆる矛盾を描き、それによる残酷な事実をも露わにしている[20]。
- 「風立ちぬ」と「生きねば。」の意味
題名の「風立ちぬ」は、宮崎本人による命名であり(ここで長編作品として『「の」の法則』が適用されない初の例となった[5])[15]、堀辰雄の小説の題名から引用されたものであるが、その原典はフランスの詩人ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』における最終章の一節"Le vent se lève, il faut tenter de vivre."である。この一節は、現代語訳としては「風が立つ、生きようと試みなければならない」[21]となるが、堀は古典的な文語体を用いて「風立ちぬ、いざ生きめやも」と独自に訳した。
ヴァレリーの詩の原文には文末に感嘆符とリーダーが付けられており[注釈 10]、ヴァレリーはその詩のなかで、書物のページが勢いよくめくられる象徴的な現象を介して己の肉体が一陣の「湧き立つ風」を知覚したその瞬間、胸のなかで命が躍動し魂が呼び覚まされたことを驚嘆して認め、その激的な感情の昂りをもって己に「生きることを試みなければ!」と命ずる状況を詩的ダイナミズムによって表現したが[22]、堀は自身の小説で引用するにあたり、原文から感嘆符とリーダーを除くと同時に、訳として古典文法で反語と詠嘆の意味を持つ「めやも」を使用することで、生きようとする覚悟と同時にその後に襲ってくる不安感や生きることへの躊躇、すなわち希望とも不安とも変わる繊細な人の心を映し出したと解釈されている[注釈 11][24] 。このヴァレリーによる原文(感嘆符およびリーダーなし)と堀による訳は、映画冒頭で印象的に提示される。
宮崎によれば、本作で描かれる時代を「関東大震災、世界恐慌、失業、貧困と結核、革命とファシズム、言論弾圧と戦争につぐ戦争、一方大衆文化が開花し、モダニズムとニヒリズム、享楽主義が横行した。詩人は旅に病み死んでいく」「今日の日本にただよう閉塞感のもっと激しい時代だった」[13]とし、「今の世の中は緊張感に満ちていると思う。(かつて)堀越二郎と堀辰雄もこの先どうなるのか分からないということについて、どうもこれはまずいと意識しながら生きたに違いない。(堀越と堀が生きた時代と現代に)同時代性を感じた」[18]とも言及しつつ、「『風立ちぬ』というのはですね、実は激しい時代の風が吹いてくる。吹きすさんでる。その中で生きようとしなければならないという意味です。それがこの時代の変化に対する自分たちの答えでなければならないと思います」としている[25]。
そして宮崎は本作における「風」のイメージについて、本作の製作中に発生した東日本大震災と原発事故[注釈 12]からも大きな影響を受けたとしており、「原発が爆発したあと、轟々と風が吹いた時に、僕は2階で寝転がってて、木がうわーって揺れてるのを見て思ったんだけど、『風立ちぬ』っていうのはこういう風なんだ」「轟々と吹くんです、恐ろしい風が。だから生きようとしなければならないんだっていうことなんだなあ、と、現実に思い知らされたんですけどね」[27] 「『風が吹き始めた時代』の風とはさわやかな風ではありません。おそろしく轟々と吹きぬける風です。死をはらみ、毒を含む風です。人生を根こそぎにしようという風です」[28]とも述べ、さらに「天災で、どんなに悲痛な思いをしても、この国の人々はそれを受け容れて、それでも生き続けようとする力をやっぱり持ってるんだと思いますよ。パニックになったとしても、なんとかしていく、そういうのを感じました」「たくさんの悲劇がありましたが、震災を受けた人たちは、乗り越えていけると思います」[26]と本作のテーマに通ずる発言も行っている。
以上のように本作における「風」とは主に、自らが全く関与しえない摂理としての困難や逆境のメタファーであり、それを乗り越えて「生きる」意志を大きく象徴している[29]。しかし一方で、風は主人公とその妻に立ちはだかる障害であると同時に、溢れ出す夢や湧き上がる感情・創作意欲の発露をも表し[30]、加えて劇中で妻の菜穂子によって「風があなたを運んで来てくれた」と語られるように、互いの心を強く引き寄せ合い交流する"見えない"力や運命の象徴として[30]、さらには「風のような」と表現される、"美しい"飛行機や"美しい"菜穂子そのものの喩え[31]としても描かれており、これらの意味を介在させながら「生きねば。」という意志表現に帰結させる、すなわちこれらの異なる意味を持つ全ての「風」が主人公に「生きる衝動」を与える動機要素となっている[注釈 13]。
映画中盤、主人公は「誰が風を見たでしょう…」と、西条八十が訳したクリスティーナ・ロセッティの詩を心のうちに奏で、「風」のさらなる深い意味を観客に問うている。この詩に見られるように、風そのものはわたしたちの目には見えない[29]。風は、髪やパラソルや帽子や読みかけの本やカーテンや扉があってはじめて、さらにそれがとりわけわたしたちの記憶に刻み込まれたモノである場合にかぎり強烈な実在性を露わにする[29]。だからこそ、深く心に刻み込まれた人や対象が消滅したり破壊されたりしても、風によって活き活きしたイメージが湧き立つかぎり、わたしたちは生きようと試みることができるのである[29]。
キャッチコピーの「生きねば。」は、前述の堀辰雄が訳したヴァレリーの詩「風立ちぬ、いざ生きめやも」から、題名の「風立ちぬ」に続き「いざ生きめやも」の部分が引用され、訳し直されたものとして解釈できると同時に[注釈 14]、宮崎が長年にわたって執筆した漫画作品『風の谷のナウシカ』最終巻の最後のコマに登場する言葉からの引用でもあり(宮崎によれば鈴木が引っ張り出してきたという[33])、「たとえどんな時代でも力を尽くして生きることが必要」という宮崎の強いメッセージが込められている[15][16][34]。
宮崎が敬愛する堀田善衛の随筆『空の空なればこそ』の中で引用されている、旧約聖書の『コヘレトの言葉』にある「凡(すべ)て汝(なんじ)の手に堪(たふ)ることは力をつくしてこれを為(な)せ」という一節からも多大なインスピレーションを受けたと語っており、宮崎は「二郎の夢に出てくるイタリアの飛行機製作者カプローニが二郎にたびたび『力を尽くしているかね?』という言葉をかけるが、やっぱり、どんな状況であれ力を尽くしてやった方がいいと思う」と述べている[18]。また宮崎はかつて講演でこの一節について、「どんな仕事でも、たぶんその瞬間はやってよかったとか、意味があったという瞬間をもっている。それを見つけなければいけないという意味ではないか」とも語っている[15]。
- 純文学性
堀辰雄が実体験をもとに執筆した小説『風立ちぬ』では、主人公の妻が病(結核)により死に近づいていくなかで、夫婦2人は「死」が身近にあるからこそ「生」を強く意識し、その刹那的な"美しさ"を肯定していくという、死を意識した幸福感と生命力への賛歌が、繊細な心理描写によって描かれ[35]、さらに政治や社会情勢などの外界を遮断してロマン主義的に生きる姿も同時に描いており[36]、これらの要素も本作の大きな土台となっている。
さらに、妻の菜穂子をダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』に登場するベアトリーチェに[33]、夢の中のカプローニをゲーテの戯曲『ファウスト』に登場するメフィストフェレスに[37]、療養先の軽井沢をトーマス・マンの小説の舞台『魔の山』に重ね合わせているなど[20]、宮崎作品でかつてないほどに文学的濃度の高い作風となっている。
- 夫婦像
本作は、スタジオジブリ作品としては極めて挑戦的とも言える、キスシーンや初夜を迎えるシーン[注釈 15]も決して過激ではないものの描写されており、これら終盤のシーンを通じて、自身の命よりも主人公と共に過ごす時間を優先して夢を追う支えになろうとする妻の姿とともに[38]、自身まで結核に感染する危険性があることを承知の上で妻に愛情を表現する主人公の姿[39]、すなわち双方が自己犠牲を払う美しい夫婦像、ひいては二人で運命をともにして生きていく覚悟の姿を描写している[23]。
また本作のヒロインである主人公の妻・菜穂子は、一見すると前近代的なマチズモ(男性優位主義)に侵された、「男性の夢のために献身的な犠牲を強いられた女性」、いわば「男性にとって都合のいい女性」として理解されてしまう可能性を孕んでいるが[40]、実際には、自らの人生に明確な意志と覚悟を持って向き合い、主人公への揺るがない愛を動機として、常に主体的に考えて行動する芯の強い女性として描かれており[注釈 16]、堀辰雄の小説『風立ちぬ』で「節子」に与えられた受動的な女性像とは異なる女性像が与えられている(これが本作でヒロインが「節子」ではなく「菜穂子」と名付けられた理由としても解釈される[42])。またこれは同時に、自分の夢にしか関心のない次男坊と結ばれるにあたって、妻は「家」に入る必要もなく、子供を授かる必要もなく、長生きする必要さえもない[40]。ただ彼の前で「美しく」ありさえすればそれでよいという事実も浮かび上がらせる[40]。すなわち、本作における夫婦像は、互いに"美しい"夢に向かって主体的に行動する姿であり、二郎が「美しい飛行機を作りたい」という自分の夢の中に生きていたように、菜穂子もまた「二郎の夢の実現に美しい姿のまま添い遂げたい」という自分自身の夢の中に生きていた[注釈 17][40]。それはある意味では狂気的で、"他者の理解など得られそうもない"不可侵の究極的な愛情でもあった[20]。
- 夢と美の追求、エゴイズム
宮崎は、「この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである」[13]と述べ、続けて「夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない」[13]とし、当時の社会に蔓延る貧困や"ピラミッドのある世界"の描写などを背景に浮かび上がる主人公のエゴイスティックな一面と[20]、弱者の犠牲の上で一部の人間の夢が成り立つという現実[43]、"美しい"飛行機への希求や"美しい"妻・菜穂子への愛を介して表現される「美」の眩惑作用[44]と「なぜ美しいものは儚く、脆いのか」という普遍的な命題[40]、そしてそれらがもたらす、「生と死」「創造と破壊」という対比構造によって特徴づけられる悲劇的な結末にも焦点を当てている。
ラストシークエンスでは、煉獄(天国と地獄の中間地点)であることを暗示させる、夢のなかの草原において、亡くなってからその「地獄に似た」場所でずっと待ち続けていたという妻から、主人公は「生きて」と語りかけられる。この言葉には、あなたはこれから悩み苦しみながらも罪を背負って死者の分まで懸命に「生きなければならない」[20][45]、もしくは、"終わりはズタズタ"になりながらも精一杯力を尽くしてきたこれまでの主人公の生き方を肯定するかのように、あなたは「生きていいのだ」(生きるに値するのだ[46])[注釈 18]、という二つの意味合いが含蓄され、この言葉に主人公が深く頷くと、妻は「風」とともに消え、彼女の召天を示唆する。そして主人公は、先の鼓舞激励とも解される愛と生命力のある妻の言葉に、ここで人前で初めて感情を激しく露わにして「ありがとう」と感謝の想いを吐露し(これは宮崎自身からの創作活動を総括する謝辞とも解釈されている[20][29])、罪悪感や絶望感によって「死への衝動」に支配されていたそれまでの意識から、もう一度「生への衝動」へと引き寄せられる瞬間を捉えている。そしてそれに続いて、「君は生きねばならないが、その前に寄って行かないか」とカプローニが主人公をワインに誘う描写がラストシーンとなって物語に幕が引かれ[48]、さらなる解釈の広がりを示唆している。なお絵コンテの段階では、ラストの菜穂子のセリフは「来て」であり、これはダンテの『神曲』におけるベアトリーチェの役割を果たす菜穂子が二郎を煉獄から天国へと誘い迎え入れること(魂の救済)を示していたが、最終的に1文字追加され「生きて」となり、本作のテーマを明示するエンディングとなった経緯がある[注釈 19][20][33]。主人公の声優を務めた庵野秀明は、ラストの菜穂子のセリフの変更について「セリフが台本とは180度変わって本当に良かった。宮さんと重ね合わせて考えて、個人的に凄く良かったです」[49]と述べるとともに、「このラストシーン(ラストシークエンス)は素晴らしい。宮さんの作品の中でも最高ですよ」[10]と絶賛している。
- 物語展開
本作は主に「航空機設計技師として失敗を経験しながらも成功していくストーリー」と「菜穂子との出会いと愛と別れ」という、軸となる2つの物語が並行して時系列的に展開される明瞭な構成であるが、最後の飛行試験のシーンにおいて、二郎は飛行機の成功を喜ぶことなく、菜穂子との別れを超越的に悟るという演出がなされており、これによって、本来ハッピーエンドであるはずの夢の実現を空振りさせ、尚且つ、次のシーン(前述したラストシークエンス)によって、夢の実現がバッドエンドに終わることを明らかにするとともに、本来バッドエンドであるはずの菜穂子との別れをハッピーエンドで終わらせるという、技巧的な物語展開が試みられている。
- モダニズム
編集者の渋谷陽一から「この映画は、戦争が大きなテーマになっているんですけども」と問われたのに対して、宮崎は「戦争そのものじゃないですけどね。モダニズムですよね」と答えている[50]。宮崎は、大正デモクラシーの終焉から太平洋戦争へと向かう激動の日本を舞台に、近代化・西洋化の波の中で、理想と現実、美と創造と破壊、生と死が交錯する時代の空気、特に技術(飛行機)への憧憬と、それが戦争や国の滅亡に繋がるという人間の営みを、詩的かつ内省的に描いた[50]。近代的な飛行機の設計者として、技術の美しさや可能性に魅了される主人公が、その技術によって戦争という破壊に繋がる矛盾した結末に向かって歩んでいく姿や、国家が近代化する過程で台頭した帝国主義によって戦争が避けられなくなる状況を通して、「近代化の破産していく過程」を明らかにしている[50]。
宮﨑は、本作では「戦争」ではなく「モダニズム」に焦点を当てるために、「彼らが人生をいかに選択しようが、個人が賛成しようが反対しようが、戦争が起きるという歴史の必然たる枠組みは変わらない」という決定論を前提として作品を構築しており、それはヒロインの菜穂子が結核で死ぬことを「避けられない出来事」として描いている点とも軌を一にしている[50]。すなわち、「人生には選択肢などなく(あっても大差なく)、人はそこで精一杯生きることしかできない」というある種の諦観が本作の根底にあり[50]、これこそが、前述したように避けられない困難や逆境を意味する「風」が吹いたから「生きなければならない」という、「風立ちぬ、いざ生きめやも」の一節に帰結するものとなっている[29]。
- 自己投影
宮崎が実在の人物を題材にして主人公を作った初めての作品であるが[5]、主人公のモチーフには、宮崎の父・勝次の人生[51]や宮崎駿監督自身の姿も投影されている[43][52]。勝次は、幼いころに関東大震災に遭い[53]、その後零式艦上戦闘機や月光の風防などを製造する会社の経営に携わり[51]、のちに前妻を結核で亡くしている[54]。宮崎は「自分の親父を知りたい。この作品で」と話している[5]。そして宮崎は「この時代の人で1番自分に身近に感じられたのが堀越二郎と堀辰雄だった。堀越二郎の内面はおのずと堀辰雄になっていった」とも述べている[18]。宮崎自身の姿が投影されていることについては、漫画版の本作が、『紅の豚』と同じように、宮崎の自画像である豚として主人公が描かれていることからも暗示されており[36]、劇中に繰り返し登場する机に座って鉛筆で図面の線を引く主人公の姿にも強く現れている[43]。また宮崎は、「おやじより少し上の堀越二郎、堀辰雄の生きた時代とおやじの時代、そして今。(これまで自分の中では)ブツブツに切れていた歴史の流れが(今回の映画で)つながったような思いがする」とも述べている[18]。
- 戦争描写と戦争責任
本作は大正から昭和にかけての時代が舞台であるが、あからさまな戦争場面は出てこない[18]。この点について宮崎は、「あえて避けたのではなく、(描くべきことは)その時代に自分の志にまっすぐ生きた人がいたということだった。堀越と堀辰雄の2人はインテリで、とんでもないところに(日本が戦争に)行くということを予感している。分かっていても一切そういうものとかかわらない生き方はできるのだろうか。僕は違うと思う。職業人というのはその職業の中で精いっぱいやるしかないんだ」「まるで歴史的感覚をなくしたわけではありません、と言い訳するように、軍の行進の場面を入れたりということはやめようと思った。歴史というものはそういうものだからとあいまいにしたり、零戦は強かったという表現をしたり。そういうインチキ映画は作らない。一生懸命やった人たちのことを描く覚悟をした」[18]と述べている。
また、本作における戦争責任の描かれ方に関して、主人公が戦争に対する抗議行動をしないことについて渋谷陽一に問われた際、宮崎は「我々がそうですからね。この日本、どこに行くんだろうと思っているけど、どっかの前で座り込みを続けているとか、断食しているとか、そういうことはやらないで、相変わらず同じことを毎日やっていますよ。そういうことなんだと思うんで。今もまったく同じ状況なんだと思います」[27]と答えている。また、宮崎は軍需産業に従事していた両親を例に挙げて以下のようにも述べている。「自分の親父やおふくろが戦争を望んでいたかといえば、望んでないですよ。でも、景気良くなることは望んでたんですよ。で、戦争に負けたら困るから負けないだろう、という程度で。(中略)でも全員が反戦活動をしたり、社会主義者になって牢屋に入るわけにいかないから。職業を持つということは、どうしても加担するという側面を持っている、それはもうモダニズムそのものの中に入ってるんだと思ってるんです」[27]。実際に本作では、カストルプやユンカースといった、戦争にあからさまに反対する立場を取った人物たちが国家に追われることになる描写がストーリーの主軸とは離れて展開されており、彼らの人物像は主人公のそれと対比されている[55]。すなわち本作で宮崎が焦点を当てようとしている日本の戦争の問題は、強力な国家のイデオロギーにより、大衆が支配されたという構図では描かれない[55]。一人ひとりは、家族想いの良き人間であるにも関わらず、彼らは戦時を生き延びようとするがゆえに、他国の人々を虐殺し、自軍の兵士たちすら犠牲にすることに加担するのである[55]。
さらに宮崎は、「(両親が)武器を作ってるという自覚、なかったと思いますね。それを、戦後民主主義派がそうやって断罪していくことによって、見落としてるものがいっぱいあって。『じゃあおまえ無実なのか? アニメーション作るのはどういうことだと思ったことがある?』って、つい僕はそういうことを言いたくなるんですけど(中略)それはただの人生の消費であってね。それに加担するということは、実は、戦争に加担してるのと同じぐらい、今のくだらない世の中にくだらなさを増やしてることなんですよ」[27]とも述べ、人は誰しも完全な無実にはなりえない点を指摘し(たとえば飢えた子供への募金にあてることもできたはずの千数百円を、二時間のアニメーションに支払っている自分自身のことを忘れてはならない[40])、より個人的にアニメーションを作ることと戦争に加担することを並列として語っている。この点について宮崎は以前より、自らがアニメーション監督でありながらアニメーションが子供たちに与える悪影響についても指摘しており、「ずっとセルアニメをやってきて、できることよりできないことのほうが多いと感じる近頃だが、それでも子供のときに素晴らしいアニメーションに出会うのは悪くない体験だと思う。そういいつつ、ぼくらの職業が実は子供の購買力を狙う商売なのも十分分かっている。どんなに良心的と自負しても、映像作品は子供の視覚と聴覚だけを刺激して、子供たちが自分で出かけて発見し、肌に触れて味わいとる世界を、その分奪っていることも事実なのだ」[56]と述べている。これらのことが先に述べた主人公への宮崎の父および自己の投影につながっている。
- 視点
主人公の前には様々な弱者や政治的困難が現れる[43]。しかし彼はただ通り過ぎていくだけで、その状況に対してどう思っているのかはほとんど明らかにされない[43]。些細な仕草や台詞の強弱に心情が込められているが、過去作の喜怒哀楽がはっきりとしたキャラクターの内面描写と比べると「存在しない」に等しい[43]。また、劇中幾度も表現される先に述べた矛盾要素は、常に自分とは異なる他者や、現実と切り離された夢想=内的世界の中で語られるのみで、主人公はそれを同一の対象に含まれるものとして抱えず排除しており、ラストシークエンスを除けばそれに直面して悩む描写もないに等しい[45]。そして関東大震災や世界恐慌などにおける「群衆」を、「歴史の中でその時々に精一杯生きた人間がいた」というメッセージを込めるために細部まで緻密に描きつつも[注釈 20][57]、主人公である一人の人間、すなわち「個人」とあえて完全に描き分ける手法をとっている。いわば、こうした自身を脅かす対象物の脅威は明確な力として描かれず、暗黙裡に漂う雰囲気や内的世界の情景としてしか表現されないため、これらを情緒として体験する様も描かれない[45]。
宮崎は主人公の生き方について、自然が引き起こす最悪の事態としての災害、人間が引き起こす最悪の事態としての戦争、そしてそれ以上に耐え難い最愛の人間の憔悴と死に直面しながらも夢を追い日々生活していく状況を、肯定も否定もせず、ただそこに人間が生きたという事実をありのままに眺める視点で描いており、良いか悪いかではなく、正しいか正しくないかではなく、またイデオロギーでも神話でもなく、この時代の生を捉えようとした、ドキュメンタリー的な人間観察の態度に近づいている[36][58]。また、こうした決定論的な避けられない困難や逆境とそこから導き出される主人公の「生き方」を主題としている本作では、その大きな視点を際立たせるために、人間の内面の葛藤や良心の呵責には関心を払っていない[50]。そして、主人公が自らの経験や感情を距離を置いて捉え、まるで外から見ているかのように描くこの「客体化」視点は、本作の原作の一つでもある堀辰雄の小説『風立ちぬ』でも試みられており[59]、さらにこれらの作品の共通主題であるヴァレリーの詩自体が、「風」が吹いたから「生きなければならない」という、運命や状況に流されつつも、それを客観的に受け止め、生きることを選択する「客体化」された自己の姿を示唆している。
夢の中でカプローニが「ピラミッドのある世界と、ピラミッドのない世界と、どちらが好きか」と主人公に問いかけるが、ここではどちらの世界が「正しいか」といった善悪の判断によってではなく、「美しい飛行機を作りたい」という、単なる「好み」へと還元された上で回答されている[40]。すなわち、この映画が主人公の人生を肯定的に描いているように見えるとすれば、それは彼が「矛盾」を自覚し、葛藤を抱えた人間であることによって正当化されているのではなく、ただ美しいものを作りたいという「夢」への忠実さや[40]、その時代に力を尽くして生きたという懸命さによって正当化されているのであり[18]、一方では、主人公がカプローニとの対話を通して対象喪失の悲哀を体験し、抱えることのできなかった矛盾、両価性に向き合うために歩き始めたところで物語は幕を閉じることから、主人公がこれからの人生を、敗戦による夢の墜落(自己実現の失敗)と対象喪失の傷つき、零戦開発の功罪と償いなどの課題に向き合うことで苦悩し葛藤しながら、なおも懸命に「生きる」ことを本作は促しているのである[36][45]。
映像
「空はまだ濁らず白雲生じ、水は澄み、田園にはゴミひとつ落ちていなかった」ような、「大正から昭和前期にかけて、みどりの多い日本の風土を最大限美しく描く」一方、町には貧しさがあり、建築物についてセピアにくすませず、「道はでこぼこ、看板は無秩序に立ちならび、木の電柱が乱立している」ような、「モダニズムの東アジア的色彩の氾濫」をあえて描く[13]。
少年期から青年期、そして中年期へと一種評伝としてのフィルムをつくる上で、「観客の混乱を最小限にとどめつつ、大胆な時間のカットはやむを得ない」としながら、以下の3つのタイプの映像が本作を織りなす[13]。
- 「日常生活は、地味な描写の積みかさねになる」[13]。
- 「夢の中は、もっとも自由な空間であり、官能的である。時刻も天候もゆらぎ、大地は波立ち、飛行する物体はゆったりと浮遊する。カプローニと二郎の狂的な偏執をあらわす」[13]。
- 「技術的な解説や会議のカリカチュア化。航空技術のうんちくを描きたくはないが、やむを得ない時はおもいっきり漫画にする。(中略)セリフなども省略する。描かねばならないのは個人である」[13]。
これらの映像をもとに「リアルに、幻想的に、時にマンガに、全体には美しい映画」を描く[13]。
音楽
これまでの宮崎監督作品と同様に、久石譲が音楽を担当した[60]。
本作における宮崎からの要望は「音楽はできるだけ、そぎ落としたシンプルなものを」というもので、久石もそれに同意した[61]。しかし制作には苦労したといい、久石は「今までのファンタジーとは違って、今回は実写に近い。そういう場合、テーマ曲はどうあるべきなのかをつかむまでに時間がかかった」[61]「例えば『崖の上のポニョ』はその場でモチーフが浮かびましたが、『風立ちぬ』は結局1年と2か月くらい掛かりました」[62]と語っている。また、「今回は大きくない編成がいいんだ」という要望を受け、そのスタイルを切り替えたという[61]。久石によればこれがかなり難しかったといい、「オーケストラにはないものをフィーチャーし、結果的に一番小さい編成になった。今までとは違う世界観を持ち込んだつもり」と述べた[61]。
テーマ曲は、ロシアの代表的な弦楽器「バラライカ」が切なくも美しい主旋律を奏で、ロシアのアコーディオン「バヤン」がもり立てるエスニック風の組み立てで、映像に寄り添い、あまり主張しない音楽を心がけたという[61]。
録音は2013年5月26日から28日、宮崎監督、鈴木敏夫プロデューサーらが立ち会い、東京芸術劇場コンサートホールなどで久石の指揮のもと、読売日本交響楽団の演奏により行われた[63]。読売日本交響楽団が久石の映画音楽を演奏すること、また、ジブリ作品の音楽録音に参加するのは今回が初めてで、映画音楽の録音を行うのは、1965年の市川崑監督のドキュメンタリー映画『東京オリンピック』以来、48年ぶりとなった[63]。
主題歌には、1973年に荒井由実(現・松任谷由実)によって発表された「ひこうき雲」が採用された(→#松任谷由実の起用)。この楽曲は、病によって若くして死に直面した友人のことを夏空に描かれる飛行機雲になぞらえて表現した文学的作風の歌詞が特徴で、その歌詞世界は「あまりにも若すぎた」死に直面する薄幸のヒロインと、空や飛行機への「憧れ」、「他の人にはわからない」視点が織り重なる本作のストーリーと完全なシンクロニシティを見せただけでなく[16][40]、本篇では直接的に描写されなかったヒロインの「誰にも気づかれず」に遂げた「死」とそれに対するヒロインの心境を明らかにする補完的な役割も果たしている。
効果音・音響
本作では宮崎のアイデアから、飛行機のプロペラ音、蒸気機関車の蒸気、自動車のエンジン音、関東大震災の地響きなど、劇中のさまざまな音が人の声で再現されており、スタジオジブリ長編映画としては初の採用となった[15][64]。宮崎によれば、「子どもの頃はほとんどみんな絵を描きながら自分で声を出して、音楽も効果音もセリフも全部やっていたりするのだから、いっそ全部人の声でやったらどうなんだろう」という発想に至ったとし、さらに「確かにゼロ戦の爆音はいくつか残っているだろう。だからといって、それを使うことにどんな意味があるんだろう」と持論を展開し、最終的に「本物の音かどうかではなく、らしく聞こえることが大事」という結論に至ったという[64]。なお公式には明言されていないものの、これは本作のテーマである「生」の表現であり、人間以外にも命を吹き込んだものとも解釈されている[65]。
また本作の音響は、同じく宮崎の要望により、現代の一般的な手法であるステレオやサラウンドではなく旧来のモノラル録音であり[66][61]、これは宮崎監督作品では1984年の『風の谷のナウシカ』以来となる。宮崎は、本作のガヤの録音を20人も30人も集めて行うのではなく2人で行なう方針であったことを明かしつつ、「昔の映画はそこで喋っているところにしかマイクは向けられませんから、どんなに色々な人間が口を動かしてしゃべっていてもそれは映像には出てこなかったんです。その方が世界は正しいんです。僕はそう思うんです。それが24チャンネルになったらあっちにも声をつけろこっちにも声をつけろ、それを全体にばらまくって結果ですね。情報力は増えてるけど、表現のポイントはものすごくぼんやりしたものになっているんだと思います」[33]と述べている。
なお音楽を担当した久石は、「モノラルは一カ所から音が出るから、それぞれの楽器の微妙なバランス調整が必要になるんです。通常よりも細かい作業が必要で、不眠不休の状態が続きました。でも左右が無く、遠近だけというところに面白さがあって、上手く行くとパァッと音の空間が広がるんです。やっぱりレコーディングの基本はモノラルにあると思いました。良い経験をすることが出来ました」と述べ、また人で再現した効果音については、「効果音というのは、普通は人間の生理とは無関係の音なんです。でも、それを人間が口で作ると生理的な音になって、音楽に割り込んで来る。そこは宮崎さんとも話をして、色々調整しました。最終的には効果音も加工が入ってシンプルになり、音楽、セリフと調和して良い感じになったと思います。ここでも、モノラルで音の出どころを一点に集中したことが良かったですね」と述べている[62]。
モデル・ロケーション
劇中に登場する航空機はそのほとんどが実在する機体であり、三菱の一三式艦上攻撃機、三式艦上戦闘機、九六式陸上攻撃機、九試単座戦闘機、零式艦上戦闘機、ユンカースのG.38、F.13、カプロニのCa.36、Ca.60などがリアルに描かれている[67]。
堀越二郎の生家は群馬県藤岡市[68]であるが、家屋のモデルは、宮崎が戦時中に幼少期を過ごした栃木県宇都宮市にある古民家と言われている[69]。二郎が通う大学は東京帝国大学工学部航空学科[68]であり、関東大震災のシーンでは東京帝国大学付属図書館が焼失する様子が描かれている[70]。二郎が勤める航空機製造工場は三菱内燃機名古屋工場(現・大江工場)[68]、テスト飛行場は岐阜県各務原市[68]の「各務原陸軍飛行場」(現・岐阜基地)である。里見菜穂子の実家は東京の代々木上原[68]、菜穂子が入院するサナトリウムは長野県富士見町[68]の「富士見高原療養所」である。避暑地のホテル(草軽ホテル)は、長野県軽井沢町[68]や同県上高地[14]にあるクラシックホテル(「万平ホテル」や「上高地帝国ホテル」など[注釈 21])がモデルとされている。森の中の小川が流れる泉は、旧軽井沢にある「御膳水」や、長野県軽井沢町と群馬県安中市の県境にある「碓氷川水源」などがそのモデルとされる。そのほか、かつて軽井沢に向かう経路であった碓氷第三橋梁やそこを通過するアプト式鉄道などがリアルに描かれている。二郎が上司の黒川から間借りして生活した離れは、熊本県玉名市にある「前田家別邸」[14]がモデルとされている。
登場人物
- 本作の主人公。裕福な家庭に生まれ、性格はのほほんとしてとらえ所がなく、マイペースで時間や予定にルーズ。頭脳明晰で教養もあるが、言葉数は少なく、夢想家で常に頭の中は飛行機とその設計プランで埋め尽くされており、時折周囲の言葉さえ耳に入らないこともある。不器用で物分かりの悪い一面を見せることもあるものの、人柄は真面目で誠実かつ独特のユーモアを持ち合わせているため、人望に恵まれる。大好物は鯖。また”美しいもの”に目がない。当時の常として喫煙者で、吸っているタバコは「チェリー」。
- 群馬の藤岡に生まれ、子供のころから飛行機に憧れるが、当時、二郎のような近眼の者に対してはパイロットへの道が閉ざされていた。夢の中で尊敬するカプローニに出逢い、設計者の道を志す。東京帝国大学で航空工学を学んでいたが[5]、夏休み終わりの帰省先から東京に帰る途中の汽車の中で関東大震災に遭遇。その際、後に妻となる菜穂子と運命的な出逢いを果たす。大恐慌最中となった東京帝国大学卒業後、請われて名古屋の三菱に入社。入社当時から期待の英才として将来を嘱望される。その後、ドイツへの留学を経て、航空技術者として菜穂子との想い出の品である計算尺を武器に数々の戦闘機を設計する[5]。七試艦上戦闘機の開発では、初めて設計主務を任されるが[71]、同機は飛行試験中に垂直尾翼が折れて墜落した[72]。失意の中、休暇で訪れた長野の軽井沢で菜穂子に再会する[73]。避暑地での恋が実を結び、菜穂子と婚約。帰京後、あらぬ疑いで特別高等警察に目をつけられ[注釈 4]、上司の黒川宅に寄宿するようになる。社内に研究会を立ち上げ、その中心となる。その後、療養所のある山を抜け出してきた菜穂子と黒川夫妻の仲人で結婚し、束の間の幸せな新婚生活を送る。その後、九試単座戦闘機の試作一号機に逆ガル翼や沈頭鋲を採用するなど、独創的な設計を行い、その非凡な才能を開花させる。のちに零式艦上戦闘機など優れた飛行機を次々と生み出した。
- 実在の人物である、航空技術者の堀越二郎と小説家の堀辰雄を主なモデルとし、宮崎駿の父・宮崎勝次や宮崎駿自身の姿も投影されている。前項でも述べたが、これらの人物の要素が混ぜ合わされた、「堀越二郎」というあくまでも架空の人物であることに留意である。
- 里見 菜穂子(さとみ なおこ)
- 声 - 瀧本美織(幼少期:飯野茉優)
矢野綾子 |
矢野綾子が描いた風景画 |
- 本作のヒロイン[5]。性格は明るく純真。その一方で芯の強い女性。東京の代々木上原に住まう資産家の令嬢(関東大震災での被災を機に上野広小路から転居した)。趣味は画を描くこと。
- 避暑先の軽井沢から帰る東京行きの車中で、風で飛ばされた二郎の帽子をキャッチした。その直後の関東大震災発生により乗っていた汽車が脱線した際に骨折した侍女のお絹を助けた二郎に恋心を抱き、二郎が添え木がわりに使った計算尺とお礼の品をお絹に届けさせたが、その後しばらくは再会することは叶わなかった。
- 療養のため滞在していた軽井沢町にて、風で飛ばしたパラソルをたまたま通りかかった二郎が受け止めた際に、その青年が初恋の相手・二郎と気付く。写生の合間に泉で願かけしていたところに二郎が現れたことでかねてから胸に秘めていた想いを伝える。二郎との会食の約束は持病(結核)が悪化し、発熱したことで果たせなかったが、紙飛行機を通じて互いの想いを深めることになる。父の許しを得て交際を始めて将来を誓い合い、持病の結核を治すと宣言する。
- しかし、病は悪化して喀血。治すために自ら希望して療養施設(富士見高原療養所、サナトリウム)に入る。しかし、二郎への想いは抑えがたく、療養所を抜け出して二郎の元へ帰ってくる。その決意を知った二郎は黒川に仲人を頼み、二人は夫婦となる。日々深刻になる病に苦しむ姿を見せまいと気丈に振る舞い、連日深夜に及ぶ二郎の仕事を精神的に支える。だが、二郎が手がけていた飛行機の設計が終わり一段落ついたのを機に、置き手紙を残して療養所に戻った。その後、再び病が悪化して亡くなり[40][74]、二郎は菜穂子の死に目に会えなかった(ことが示唆される)[注釈 22]。なお亡くなったことは、劇中で直接的には描写されていない(これは本作の原作の一つである堀辰雄の小説『風立ちぬ』と同様の手法でもある)[注釈 23]。
- 本作オリジナルの架空の人物である[5]がモデルは存在する。堀辰雄が軽井沢で出逢った(堀の小説『美しい村』に所収)、油絵を描くのが好きな少女・矢野綾子が、本作におけるモデルの主軸となっている。矢野綾子は、実際に若くして結核を患い、堀辰雄と婚約後、富士見高原療養所に入所するも、同施設で24歳の若さで病死しており、堀はこの経験をもとに小説『風立ちぬ』を執筆した。名前の由来は堀辰雄の小説『菜穂子』に因む[5]。
- 本庄(ほんじょう)
- 声 - 西島秀俊
- 東京帝国大学時代からの二郎の親友。その後、同僚かつライバルとなる航空技術者[76]。ニヒリストでやや斜に構え、常に日本の技術力の低さにいら立ち焦りを隠さない。潔癖な性格で二郎から新しいアイデアを盛り込んだ設計図を渡されても、二郎が先に使わなければ採用しないほど。重度のヘビースモーカー。
- 三菱入社後、二郎とともに頭角を現す。ともにドイツ留学することになるが、その直前に結婚している[注釈 24]。凱旋を経て帰国を命じられた二郎とは異なり、ドイツに残留してユンカース社からの技術供与を受ける。そのこともあって爆撃機のライセンス生産に携わる。八試特殊偵察機、九試陸上攻撃機(のちの九六式陸上攻撃機)の設計主務を務めた[72][73]。
- 実在の航空技術者であり、堀越二郎の一期先輩である本庄季郎をモデルとしている。
- 黒川(くろかわ)
- 声 - 西村雅彦
- 二郎と本庄の上司[76]。性格はせっかちで気難しい堅物。新入社員の二郎にいきなり難易度の高い設計を任せるなど、仕事に対して厳しいが、それは二郎の才能を評価してのものである。また、二郎の天才性を高く評価し、ドイツ留学を推薦した。特別高等警察の手から救うため、出張中ということにして二郎を匿った。二郎から仲人を頼まれた際には、菜穂子の病状を考え最初は難色を示すも、2人の気持ちを汲み取って精いっぱいの仲人を務める。
- なお同名の登場人物が堀辰雄の小説『菜穂子』にも登場している。
- カストルプ
- 声 - スティーブン・アルパート[注釈 1]

- 軽井沢町に滞在する正体不明のドイツ人[76]。たまたま二郎や里見家と同宿だったことから、二郎と菜穂子が交際を始める際に立会人となった[77]。ナチス・ドイツの台頭を快く思っておらず、世界的に孤立した日本の将来についても悲観的な見通しを持っている。軽井沢町を離れた後は、特別高等警察(特高)に追われる身となった。クレソンが好物で、フランツ・シューベルトの楽曲を好む[77]。なお「カストルプ」という名は、二郎との会話で登場したトーマス・マンの小説『魔の山』の主人公と同一である。
- カストルプの容貌のモデルは、元スタジオジブリ海外事業部取締役部長のスティーブン・アルパートであると製作側から公表されている(アルパートはカストルプの声優も務めた)[1]。一方でカストルプの人物設定は、劇中での意味ありげな言動や特高に追われる描写などから、映画評論家の町山智浩をはじめとする多くの批評家により、ソ連のスパイとして日本で活動していたリヒャルト・ゾルゲではないかと考察されている[注釈 25][20][42][80]。
- 里見(さとみ)
- 声 - 風間杜夫
- 菜穂子の父親[76]。次郎と菜穂子が軽井沢で再会する2年前に、妻を結核で亡くしている。菜穂子との交際を申し出た二郎に対し、菜穂子の病状を伝え、考え直すよう諭す[77]。しかし、二郎の考えが変わらないことを知り、2人の交際を認める[77]。夜行列車に乗って菜穂子の見舞いに来る二郎を心配し、菜穂子だけでなく自身の仕事も大事にするようアドバイスした[73]。
- 本作オリジナルの架空の人物である。
- 二郎の母(じろうのはは)
- 声 - 竹下景子
- 二郎の母親[76]。
- 堀越 加代(ほりこし かよ)
- 声 - 志田未来(幼少期:信太真妃)
- 二郎の妹[76]。幼い頃から兄の二郎を慕い、「二兄(にいにい)」と呼ぶ。東京に出て医学を学びたいと志すが、父に反対されたため、二郎に口添えを頼み、のちに医学生となる。菜穂子とはすぐに仲良しになり、彼女の病状や日々の寂しい暮らしに無頓着な二郎を責めるなど、彼女に対しての思いやりを見せた。看病のため黒川邸を訪れた際、菜穂子が出て行く姿をバスの中から目撃し、菜穂子の異変を察知。直ぐに住まいを訪ねて手紙を発見し、その真意を知って涙した。
- 服部(はっとり)
- 声 - 國村隼

- 二郎が所属する設計課の課長[76]。七試艦上戦闘機の開発の失敗で失意の二郎に休暇を与えた[72]。二郎の手腕を買っており、九試単座戦闘機の開発では設計主務として二郎を再び推薦する[72]。
- 実在の人物である三菱重工業の服部譲次をモデルとしている。
- 黒川夫人(くろかわふじん)
- 声 - 大竹しのぶ
- 二郎の上司である黒川の妻[76]。二郎と菜穂子が結婚すると言い出した際には、難色を示す夫を尻目に真っ先に賛成し、菜穂子のために婚礼の衣装などを準備した。菜穂子が黒川邸から高原の病院に戻った際には、「美しい姿だけを二郎に見てもらいたい」という菜穂子の心情を慮り、連れ戻そうとする加代を止める。
- カプローニ
- 声 - 野村萬斎

- 実在の人物であるカプロニ創業者のジャンニ・カプローニをモデルとしている[13]。映画版の企画書によれば、宮崎駿は本作で「零戦の設計者堀越二郎とイタリアの先輩ジャンニ・カプローニとの同じ志を持つ者の時空をこえた友情」[13]を描くとともに「いくたびもの挫折をこえて少年の日の夢にむかい力を尽すふたり」[13]の姿を描くと記している。また、宮崎駿は野村萬斎への演技指導において「カプローニは二郎にとっての“メフィストフェレス”だ」[37]と説明している。
- ユンカース

- 世界的に著名な飛行機製作者。二郎や本庄らがドイツを訪問した際、ユンカース航空機製作の格納庫内にて出会う。二郎と本庄がドイツ側の担当者と揉めているのを目にし、二郎らに自社の飛行機内部の見学を許可した。のちにアドルフ・ヒトラーら国家社会主義ドイツ労働者党に批判的な態度をとったため、同社を追われることになった。
- 実在の人物であるユンカース航空機製作創業者のフーゴー・ユンカースをモデルとしている。
- 絹(きぬ)
- 声 - 渋谷はるか
- 里見家に雇われている菜穂子の侍女。通称「お絹」。容姿端麗の美人。二郎と菜穂子が初めて出逢った列車に、菜穂子の御供として乗り合わせていた。
- 関東大震災の発生で汽車が脱線した際、足を骨折してしまい、二郎に背負われて上野まで運んでもらい、シャツと計算尺を借り受ける(シャツは水分補給のため、計算尺は骨折した脚の添木とするため、二郎自身が用いた)。
- 安全確保ののち、二郎が名乗ることなくその場を去ってしまっため、助けてくれた青年が「本郷に在る大学の学生」としか判らず、その後再会することはなかったが、震災の2年後、シャツと計算尺を返そうと大学を訪れた。この時、二郎が不在であったために直接再会することは叶わなかったが、シャツと計算尺は大学の職員を介して二郎の手元に戻った。
- 震災から10年後、菜穂子と二郎が再会した際に、菜穂子の口からお絹の近況が語られる。曰く、震災の時、お絹と菜穂子には二郎が「白馬に乗った王子様」に見えたこと、二郎の居場所が判明したのが絹の嫁入り二日前だったこと、それを絹が泣いて喜んだこと、現在は二児の母であること(再会の少し前に、二人目の赤ちゃんを産んだ)などが伝えられた。
- 曽根(そね)・久保(くぼ)

公開までの流れ
製作の経緯
『崖の上のポニョ』の製作を終え一段落したことから、宮崎は『モデルグラフィックス』に漫画を連載することとなった[81]。宮崎は「この漫画はいわば趣味として描いていたもの」[81]と語るなど、漫画版を連載し始めた当初は、本作を映画化することは全く考えていなかった。その後、鈴木が映画化を提案したが、宮崎は本作の内容が子供向けでないことを理由に反対していた[19]。宮崎は「アニメーション映画は子どものためにつくるもの。大人のための映画はつくっちゃいけない」[19]と主張していたが、鈴木は戦闘機や戦艦を好む一方で戦争反対を主張する宮崎の矛盾を指摘し「矛盾に対する自分の答えを、宮崎駿はそろそろ出すべき」[19]と述べて映画化を促した。その後宮崎は、自身が子供の頃に見た映画で「生きることの辛さが描かれている暗い映画をなぜ見るのかと思っていたが、こうした作品が今も強く自分の中に残っている。子供の頃に分かりにくいものに接する体験にも、意味があると思い直した」という[82]。
実際のエピソードを下敷きにしつつもオリジナル要素を盛り込んだストーリーが展開されるため、堀越の遺族に対して事前に相談し了解を得ている[5][83]。主人公の性格など人物像にもオリジナル要素が盛り込まれているが、その点についても堀越の息子は「そんなことは無論構わない」[5]と快諾した。
宮崎は完成報告会見の際、前作から5年ぶりではなく「5年かかった」と自ら言い正しており、その間にリーマン・ショックや東日本大震災など、ちょうど描こうとしていた1920~30年代の日本と重なる出来事があり、宮崎監督は「ファンタジーを簡単に作れない時代がきた。悪戦苦闘しました」と苦悩を明かした[16]。また、原発事故で「エネルギーを過剰消費していく文明のありように、はっきり警告が発せられたんだと思うんです」としつつ、これらを通して「歴史」や「時代」の中に巻き込まれて生きていることを認識したとも語っている[36]。なお、中間報告会見の際に鈴木敏夫プロデューサーは「実は、地震のシーンまでを描き上げたのが、2011年の3月10日でした。その翌朝、震災があり、さすがに悩み、ふたりで何回か話しました。でも、事実に手を加えるのは違うんじゃないかと。それでそのまま行こうと。映画は時代を映すし、時代が映画を作る。でも、そういうことで、作品がぶれてはいけないと思った」と語っている[66]。
なお、監督引退会見において宮崎は、本作の構想から制作にあたり、スタッフたちと同じ問題意識を共有できてスムーズに方針が固まったという「めったに起こらない」ことを経験したと語っており、「色々なポジションの責任者たちが色だとか背景だとか動画のチェックだとか、色々なセクション、制作デスクも音楽の久石さんも、とても円満な気持ちで終えたんです。こういうことは初めてでした。もっととんがってギスギスした心を残しながら終わったものなんですが、20年ぶり30年ぶりのスタッフも何人も参加してくれて、そういうことも含めて映画を作る体験としては非常にまれないい体験として終われたので、本当に運が良かったと思っています」と総括している[33]。
同日公開の目論見
2012年12月の記者会見においては、高畑勲が監督したスタジオジブリの『かぐや姫の物語』も、同日公開の予定と発表されていた[4][84][5]。宮崎と高畑の映画が同時期に公開されるのは、1988年に『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が2本立て同時上映されて以来だが、今回は同時上映ではなく個別に上映される予定となっていた[84][5]。しかし、『かぐや姫の物語』は2013年に入っても絵コンテが完成しなかったことから、同作は公開時期を延期し、同年秋に公開されることとなった[85][86][87][88]。
庵野秀明の起用
鈴木に対して、アニメーション監督の庵野秀明が「零戦が飛ぶシーンがあるなら描かせてほしい」と申し入れている[89]。仮に庵野の参加が正式決定していれば、1984年公開の『風の谷のナウシカ』以来の宮崎作品への参加となるはずだった[89]。
しかし、宮崎は、作画スタッフとしてではなく本作の主人公として出演するよう、庵野に要請した[90]。庵野は当時『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を作り終えた直後で鬱となっており、スタジオにも足を運べない状態となっていたこともあり[91]、困惑しつつもオーディションを受けたが、その直後に宮崎から改めて出演を依頼されたため、庵野も出演を受諾した[90]。宮崎は主人公のイメージとして「早口である」「滑舌がよい」「凛としている」の3つを挙げており、また企画会議の中で「昔のインテリって滑舌がはっきりしていて(声が)ちょっと高い。言葉数が少ないだけ、頭が良過ぎてあんまり余計なことを言わないだけ。内気だから喋らないのではない」(発言要約)とも発言しており、鈴木敏夫プロデューサーより庵野の名前が候補に挙げられた[90]。
起用理由について宮崎は、「二郎は頭が良すぎて余計なことを言わないから、素人がやった方がまだ“感じ”が出そう」「庵野は変な声だけどものすごく誠実な男です。アフレコではものすごい違和感があるけれど、喋っていくうちに慣れていく。あいつがやるとリアリティありますよ」などと語っており、後にも「庵野が現代で一番傷つきながら生きている感じを持っていて、それが声に出ていると思ったから」と述べている[20]。また、宮崎によれば今回のキャスティングで蘇ってきたのは「モノクロ時代の日本の映画」「昭和30年以前の作品」だとし、「毎日テレビを見ているとか、日本の映画を見ているとか、吹き替えのものを見ているとか、そういう人たちは気がつかないと思うんです」「それと今の、失礼ですがタレントさんたちのしゃべり方を聞くと、そのギャップに愕然とします。なんという存在感のなさだろうと思います。庵野もアルパート[注釈 1]さんも存在感だけです。かなり乱暴だったと思うんですけど、そのほうが僕にとって映画にぴったりすると思いました」[33]と述べている。そして庵野に対しては、「うまくやろうとしなくていい。いい声だからでなく、存在感で選んだのだからそれを出さなくてはならない」とアドバイスしている[90]。
庵野にとって、声優参加作品としては『フリクリ』のミユミユ役以来、主演映画作品としては『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』(自主制作映画)以来であり、長編アニメーション映画への出演は初の挑戦であった[92]。庵野が出演オファーを受ける際には「寡黙な男でセリフはそんなにない」と言われたものの、実際の絵コンテを見ると「しゃべりぱなしだし、歌はあるわ、フランス語やドイツ語もある」「完全にだまされました」と冗談混じりに取材に答えている[92]。
庵野は主人公の"夢を形にしていく"仕事を「自分の実生活にも通じるものがある」とし、「素の自分のままアフレコをやったところを宮さんが喜んでいたので、やっぱりそうなんだなと」「2日目ぐらいから喜んでいる様子だったので、それだけでも良かったと思う」と述べている[90][92]。また、本作の個人的な感想を求められた庵野は「72歳を過ぎて、ようやく20歳過ぎの映画ができた。これはすごいですね。『あ、宮さん、大人になるんだ』と」[93]「70歳を過ぎて、地に足ついた作品をつくったなと。今までは、地面からちょっと浮いていたから(笑)」[9]などと毒舌混じりに答えている。庵野はこの出演により立ち直るきっかけを掴み、14年初めにようやくスタジオに戻れるようになったという[91]。
なお文芸評論家の藤田直哉は、庵野が主人公の声優に起用された点について、「オタク的なアニメ作家と思われがちな作家である庵野秀明を、堀越二郎の声優にしたことにも、批判と自嘲の匂いを感じる。ここに、『オタク的に好きな事ばかりやって、世の中を無視していると、悲惨なことになるぞ』という啓蒙的なメッセージを読み取ることもできるし、『それでも夢を追うことは美しいのだ』ということを読み取ることもできる」と解釈している[36]。
松任谷由実の起用
宮崎駿は松任谷由実のファンで、1989年公開の『魔女の宅急便』で「やさしさに包まれたなら」と「ルージュの伝言」を挿入歌に起用している。本作での「ひこうき雲」の起用にあたっては、鈴木敏夫プロデューサーが、2012年に発売された松任谷由実40周年記念ベスト『日本の恋と、ユーミンと。』で、改めて「ひこうき雲」を聴いたことがきっかけであった[94]。鈴木は宮崎監督にも聴いてもらったところ、「これ、主題歌だよ、ぴったりだね」となり[94]、本作発表に先立つ『魔女の宅急便』ブルーレイディスク化記念イベントにて、鈴木敏夫と松任谷が同席した際、「いま作っている作品の世界が『ひこうき雲』にぴったりで、使ったらどうだろうか、と(宮崎監督と)話をしている」と突然公開オファーをして周囲を驚かせた[15]。これに対し松任谷は「鳥肌がたちました。このために40年やってきたのかな…」と快諾し、ジブリとユーミンの24年振りのタッグが組まれることとなった(これは奇しくも、松任谷のデビューアルバムの表題曲が宮崎の引退表明作品に起用されるという、双方のキャリアのマイルストーンが交わることも意味していた)[15][95]。宮崎は、後日の完成報告会見で同曲起用について「力のある歌です。空想で作った歌じゃない、胸にしみるものがあって生まれた歌だと思った」と述べている[96]。さらに宮崎は別のインタビューで、「不覚にも…年を取ると涙腺が…」と部屋でこの曲を聴かされたときに涙してしまったことも告白している[97]。なお松任谷は、本作を観て「本当に感動しました。我慢しても嗚咽が出てしまうくらい」と絶賛している[93]。
そして「ひこうき雲」は、本作の話題を受けて映画公開日となる2013年7月20日付けでレコチョクシングルデイリーランキングとiTunesのトップソングにおいて首位を獲得したほか[98]、公開後も映画のヒットや宮崎の引退宣言などを受けて注目度は衰えることなく、同年9月23日付けでBillboard Japan Hot Animationにおいて4度目の首位を獲得し、このアニメチャートでこれまでの記録を更新する最多首位獲得楽曲となった[99]。
瀧本美織の起用
菜穂子を演じた瀧本美織は当初『かぐや姫の物語』のオーディションに参加していて、最終選考には残ったものの落選。それからしばらく経って『風立ちぬ』のオーディションを受けたところ、高畑勲が宮崎駿に瀧本を推薦して、菜穂子役に決まった後で瀧本はそれを知ることになる。一方で『かぐや姫』の主演は朝倉あきに決定しており、奇しくもNHKの連続テレビ小説『てっぱん』で親友同士を演じた二人が、それぞれ宮崎・高畑作品のヒロインを務めることになった[100][101]。鈴木敏夫プロデューサーによると、宮崎監督は瀧本の声を聞いた瞬間にキャスティングを決定し、「菜穂子はこういう声の持ち主だ」とまで断言したという[102]。演技に関しては、瀧本は宮崎から「昔の人は生き方が潔いのだよ。必死に生きようともがく感じではなく、与えられた時間を精いっぱい生きている、そんなイメージで演じて欲しい」とのアドバイスを受けたと語っており[103]、宮崎は後に「みるみるうちに本当に菜穂子になってしまって、本当に愕然としました」と述べている[33]。
封切り
キャッチコピーは「生きねば。」。英語版のタイトルは「The Wind Rises」[104]。制作発表会見で、「2013年夏に劇場公開予定[4][84][5]」とされ、当初の予定通り2013年7月に公開された。宮崎が長編アニメーション映画の監督を務めるのは、2008年の『崖の上のポニョ』以来となる[4][5]。また、宮崎が『モデルグラフィックス』に連載した漫画がアニメ化されるのは、1992年の『紅の豚』以来2作目となる[105]。
国内
全国454スクリーンで公開され、2013年7月20日・21日の2日間で興行収入9億6088万円、観客動員74万7451人を突破し、週末興行収入ランキング(興行通信社調べ)で初登場第1位となった。その後も、8週連続で第1位を獲得した[106]。最終的な興行収入は120.2億円で[2]、日本国内における2013年度最大のヒット映画となった[107]。
| 動員 (万人) |
興収 (億円) |
備考 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 週末 | 累計 | 週末 | 累計 | |||
| 1週目の週末 (2013年7月20日・21日)[108] | 1位 | 74.7 | 74.7 | 9.6 | 9.6 | |
| 2週目の週末 (7月27日・28日)[109] | 60.8 | 226.0 | 8.1 | 28.5 | ||
| 3週目の週末 (8月3日・4日)[110] | 41.2 | 350.9 | 5.6 | 43.6 | ||
| 4週目の週末 (8月10日・11日)[111] | 38.3 | 450.2 | 5.1 | 56.0 | ||
| 5週目の週末 (8月17日・18日)[112] | 35.2 | 584.5 | 4.7 | 72.8 | ||
| 6週目の週末 (8月24日・25日)[113] | 23.8 | 649.6 | 3.2 | 80.9 | ||
| 7週目の週末 (8月31日・9月1日)[114] | 30.5 | 714.8 | 3.4 | 88.5 | ||
| 8週目の週末 (9月7日・8日)[115] | 34.6 | 788.7 | 4.6 | 97.7 | ||
| 9週目の週末 (9月14日・15日)[116] | 2位 | 857.0 | 106.2 | |||
| 10週目の週末 (9月21日・22日)[117] | 3位 | 894.5 | 110.9 | |||
| 11週目の週末 (9月28日・29日)[118] | 5位 | 911.8 | 113.1 | |||
| 12週目の週末 (10月5日・6日)[119] | 926.8 | 114.9 | ||||
| 13週目の週末 (10月12日・13日)[120] | 7位 | 938.4 | 116.4 | |||
| 14週目の週末 (10月19日・20日)[121] | 10位 | 943.5 | 117.0 | |||
| 最終 | 969.0 | 120.2 | 最終的な観客動員数は969万人とされる[122]。 | |||
海外
映画祭において一般公開に先立って上映された。2013年8月28日から9月7日にかけて開催された、第70回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、菜穂子役の瀧本美織が参加した[123][124][125]。映画祭中日の同年9月1日に、監督の宮崎駿が本作を最後に引退する意向であることを、映画祭会場でスタジオジブリの星野康二社長が初めて明らかにした[126]。また2013年12月6日から8日にかけてアメリカ合衆国・ロサンゼルスで開催された『LA EigaFest 2013』で招待作品として上映された[127]。
2014年1月22日よりフランスで一般公開された。公開1か月後時点でのフランスにおける動員数は43万6000人で、『崖の上のポニョ』の91万7000人の約半分の勢いという結果になった。内容が大人向けであることや、作品内のモラルがフランスの観客に対しては曖昧と感じさせるものであるためという分析がされている[128](→#海外メディアの評価)。仏『カイエ・デュ・シネマ』が選ぶ2014年の映画ベスト10で、第5位に選ばれている[129]。
2014年2月21日、ディズニーのタッチストーン配給によりアメリカの21館で限定上映され、28日から450館で拡大公開された[130][131][132][133][134]。前年の11月に英語字幕版が先行公開されたことにより、ナショナル・ボード・オブ・レビューやニューヨーク映画批評家協会賞など全米の主要な映画賞を受賞し[135]、2014年開催のゴールデングローブ賞やアカデミー賞にノミネートされた[136][137](→#賞歴)。
評価・反応
公開から約1ヶ月半後に監督の宮崎駿が引退を宣言したことから、「宮崎駿最後の作品」として大きな話題を集めた。一方では、太平洋戦争のきっかけをつくった真珠湾攻撃で使用された零戦の設計者を描き、また長く淡々とした古めかしい展開かつ内容的にも難解で、子供向けの映画とは言えないスタジオジブリにとって異色の作品となったこと、加えて主人公に関する特殊な声優起用方針などから、多少なりとも賛否を呼んだ[138][139]。興行的にはその年最大のヒットを記録するも、一般観客からの当初の評判はあまり芳しくなかったようである[6]。しかし批評家や映画関係者たちは、公開当初から概ね高い評価を与えており、宮崎駿の最高傑作との呼び声も上がるに至っている。
国外では、ニューヨーク映画批評家協会賞・最優秀アニメーション賞やナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 アニメ映画賞を受賞し、ロサンゼルス映画批評家協会賞・最優秀アニメーション賞の次点(第2位)となるなど、全米の映画賞ビッグ4でも高く評価された。さらに、ボストン、サンディエゴ、シカゴ、トロントなど北米各地の主要な映画批評家協会賞を総なめにした。翌年の第86回アカデミー賞の長編アニメ部門にもノミネートされ、受賞の最有力候補と予想されていたが[注釈 26][141]、宮崎の友人であるジョン・ラセターが製作総指揮を務め、興行的に本作を遥かに超える大成功を収めたディズニー製作の『アナと雪の女王』に敗れた[注釈 27]。
遺族の評価
堀越二郎の長男は、映画版を観た感想として、実際には本庄より二郎は年下なので「さん付け」で呼んでいたはず、といった史実と異なる点が気になったものの、関東大震災のシーンあたりから引き込まれ、別れのシーンでは涙が止まらなかったと高く評価している[143]。主人公については「いちずさ、気性、生きざまが美しく、その子供としてすごくうれしかった」[143]と語っている。さらに「父は必ずしも零戦は好きではなかった」[143]と指摘し「宮崎監督がすごいのは『九試』完成までで、零戦を描いていないこと」[143]だと評している。なお、「零戦は好きではなかった」[143]という理由について、堀越の長男は、設計時の要求水準の高さ、テストパイロットの殉職、神風特別攻撃隊での使用など、二郎にとって零式艦上戦闘機は、辛い思い出が多かったことを挙げている。
ヴェネツィア国際映画祭に駆けつけたジャンニ・カプローニの孫イタロ・カプローニは、スクリーンでよみがえった祖父の姿に、「わたしが抱いている祖父のイメージとピッタリ。宮崎監督は祖父を完璧に描いた」と絶賛した[144]。さらに本作について「とても美しい映画です。一つの時代を描くフレスコ画のよう」とも述べた[144]。
国内批評家・映画関係者などの評価
公開に先立って映画関係者向けに行われた試写会終了以降、さまざまな批評家や映画関係者がコメントを発表した。
好意的な評価
アニメ監督の細田守は「こんなにいい映画はいままでになく、そしてこれからもない、というくらい、いい映画でした」[145]と手放しで絶賛した。映画監督の樋口真嗣は「あの日々の日本を、美しい航空機を、健気な女の子を愛し抜く映画。原点にして頂点」と評し、主人公の声についても絶賛した[82][139]。アニメ監督の富野由悠季は、本作を「映画史上初めて、近代航空史を、そして技術者の苦悩を正面から描いた映画」であると評し、「本当に見事な映画」と絶賛した[146]。映画監督の神山健治[147]や紀里谷和明[148]も本作を賞賛した。
映画ジャーナリストの宇野維正は、本作を「クラシック」かつ「ポエティック」と表現し、「その国で最も名前の知られている巨匠が、その国で最も秀でた作品を生み出す」「『風立ちぬ』はまさにそんな作品」とコメントした[149]。映画プロデューサーの井上伸一郎は、「優れた青春映画であり、純愛映画であり、(劇中でそのような台詞はほとんどありませんが)反戦映画」であると評し、主人公とヒロインの抑制が効いた演技も作品に合っていたと述べた[82]。編集者の佐渡島庸平は、「ストーリーテリングではなく、非常に繊細な感情の描写の積み重ねで物語りが前へと進んでいく。作品世界の中にトリップしてしまった」と述べ、「宮崎アニメの最高傑作ではないか」と評した[150]。
映画評論家の佐藤利明は、「『風立ちぬ』は夢を見ること、すなわち生きること、についての映画。関東大震災から敗戦までの生きること自体が困難な時代に、懸命に生き抜いた主人公に、ただただ胸を打たれる。ジュラルミンの機体の美しさと、兵器であるがゆえの悲しさ。ラストシークエンスの素晴らしさ」と評価した[151]。ジャーナリストの津田大介は、「男性と女性で評価が違う気もします」としたが、「狂気は狂気、美しいものは美しいものとして静かに描き、清々しくも切なく、悲しい、だけどストレートに楽しめるエンターテイメント作品」「庵野秀明さんの声も良かった」とし、「最高傑作との呼び声も納得」と評価した[152]。
映画評論家の樺沢紫苑は、「直接的な『戦争』のシーンというものが一つもないにもかかわらず、『戦争』の虚無感と悲惨さを見事に描き出している」と評し、関東大震災とそこからの復興、そして「生きねば」というテーマは、「東日本大震災から復興しつつある日本人へのエールに見えるようでありながら、堀越二郎の人生と同様に多難な未来を暗示してもいる」として、「安易な応援やエールとは一線を画す、ある意味『生きる覚悟』が、『生きねば』という表現になっているのだろう」と解説し、100点満点中100点をつけた[153]。映画評論家の清水節は、「純情と狂気、ポエムとテクノロジーが融け合い、庵野秀明の金属質の澄んだ声が、ひたむきさに魂を与える。宮崎は自らの浪漫と繊細を庵野に託す。理想は儚く、美しさは危うい。夢は地獄に帰結する。あの頃とよく似た今への警鐘。全ては過去に起きた事、そして再び起こりうる事」と本作を解説した[82]。
映画評論家の樋口尚文は、本作を「どこか黒澤明のようであり円谷英二のようである」とし、主人公の感情をあえて明確に表明しない静謐なるまなざしを「その知性的な立ち位置が、観ていてひじょうに快い」と評した[154]。また主人公の演技については「職業的声優でない庵野秀明氏の優しくも芯のある声が、この二郎のものづくりへの傾倒を静かに語るタッチにいたくなじんでいる」と評価した[154]。映画評論家の藤津亮太は、「モダニズム」「近代化(とその破産)」が本作の主題であるとし、二郎を「敗戦という結果が出た現在から導き出される大きな視点の下に描いた」「ただし愛情を持って」、そのマクロとミクロのバランスが絶妙なためにとても美しい映画として完成したと論じた[50]。
文芸評論家の藤田直哉によれば、この作品が言おうとしているのは、好きなことを追求し才能を発揮すること自体が悲惨な結末に繋がってしまう時代・人生があるのだという、善悪そのものではない悲劇的な事実・状況そのものであるとした[36]。そしてそんな状況でも、「最後の死んだ妻との『美しい』夢に逃げるのではなく、彼女が『生きて』と言う通り、それでも生きなければならない。君たちは汚れることになるかもしれない、ショックを受けるかもしれない、現実逃避をしたり心が受け止めきれなかったりするかもしれない。だが、それでも生きるのだ、本作を観ることで、それに心の奥底で備えを作るのだ」というような、暗い予感に基づくメッセージが込められているとした[36]。
音楽プロデューサーの佐藤剛は、「音響の素晴らしさの面でも、世界の映画史上に輝く傑作でした」「音楽も控え目で、品が良くて、それが効果的でしたが、とにかく音の表現が見事だった」[155]と評した。映像研究家の叶精二は、「サイドブレーキを引いたまま、アクセル全開で断続的に疾走するクラシックカーのような、壮烈な作品」[156]だったとし、「(実在の)堀越二郎をエンタテイメントとして描くための視点として、堀辰雄の生涯と作品を採り入れるという、およそ常人には及びもつかぬ構想を思いつく」と宮崎を評価した[157]。作家の冷泉彰彦は、本作のヒロインの名前を堀辰雄の小説『風立ちぬ』のヒロインと同じ「節子」とせず、あえて堀の別の小説のヒロイン名から引用していることについて分析しながら、「私はこの『風立ちぬ』で宮崎氏は堀辰雄文学の本質にかなり迫っているように思います。深い感慨を覚えました」と述べ、「本作は宮崎氏の現時点での代表作と言って良いような傑作と思います」と評価した[42]。
スタジオジブリ作品に対する独自の批評と解説で広く知られる評論家の岡田斗司夫は、「宮崎駿が初めて本音をさらけ出した自伝的映画『風立ちぬ』に点数をつけるとしたら、僕は100点満点中98点です。現時点(記事が発表された2023年6月時点)[注釈 28]での宮崎駿最高傑作だとも思っています」と評価した[159]。
批判的な評価
コラムニストの中森明夫は、「圧巻!震災から敗戦に至る日本人の矜持、飛行への夢、技術者の志、純愛…あまりに美しい」としつつも「思想的にはまったく弱点だらけ」と述べ[160]、「主人公の手前勝手なナルシシズム」とも評した[161]。さらに中森は「宮崎駿『風立ちぬ』を新聞・テレビ・雑誌のどこも批判できないようなら日本のマスコミもおしまいだね」[138]と、遺作にも近い晩年の力作を撮ったこの国を代表する老マエストロに安直な批判を行うことをためらう風潮に一石を投じた[160]。
映画評論家の前田有一は、ノンフィクションベースであるにもかかわらず主人公は「子供向けアニメのステレオタイプ」で、「人間の純粋性を強調したい意図があったのだろうが、すべてが偽善的に見える副作用のほうが大きい」とし、また庵野秀明の演技を「控えめに評価して、ジブリアニメ史上、このキャスティングは最悪といってよい」と酷評した[162]。さらに、宮崎が反戦主義者であることから、宮崎アニメ最大の武器であるアクション面も期待できず、面白さが欠けているとして、総評として100点満点中40点をつけた[162]。
批評家の東浩紀は「戦争産業に従事したり恋人が結核で苦しんでいたりするのに主人公の葛藤がなく、共感しがたい」と述べたが、「宮崎駿はこういうものだと覚悟すれば、いい映画」ともコメントした[138][161]。政治学者の藤原帰一は、毎日新聞映画評で「戦争の現実を切り離して飛行機の美しさだけに惑溺する姿」に違和感を示した[161]。
メディアジャーナリストの渡辺真由子は、「宮崎監督のエゴの押しつけという印象を持ち、違和感と後味の悪さが残りました」と辛辣に述べ、「戦争を肯定する映画ではありませんが」と前置きしつつも「銃や兵器は権力の象徴、破壊や暴力をもたらすものです。二郎はそんな戦闘機の開発に夢を見る。それを描くことに反対ではありませんが、二郎の苦悩を描ききれていないようで疑問を感じます」とした[161]。さらに渡辺は、「戦闘機開発に夢中になる二郎を菜穂子が命を削って支えたような描かれ方になっている。女性に犠牲を強いることが美徳なのか」と恋愛の描かれ方にも疑問を呈した[161]。
社会学者で映画評論家の宮台真司は、本作における「映像的なモチーフに満ち満ちた」アニメーションの美しさや美術的な映像表現については「素晴らしい」と賞賛しつつも、宮台が嫌いであるという堀辰雄の小説『風立ちぬ』で描かれている「男性視点から見た、セカイ系的・妄想的な女性像」(異性愛規範)がそのままダメな部分として映画に引き継がれていると指摘し、菜穂子のキャラクターとしての存在があまりにも薄く抽象的になっており、魅力がないとした[注釈 29] [163]。
ただし、渡辺や宮台が指摘するような非現実的な女性像の描かれ方については、映画評論家の樋口尚文によれば「今度に限ったことではなく、宮崎アニメにおける女性はずっとこんなおぼこい感じで美化されてきた。過去の作品では物語の舞台そのものが架空の世界であったりするから、女性像の美化された模造感が気にならなかっただけだろう」とし、「黒澤明の場合のように、宮崎駿の女性に対するおぼこさも、もはや作家の色であろう。つまり、宮崎アニメに生々しい女性像などを期待するのはおかど違いのないものねだりということである」「宮崎駿はそういう女性像をお客におもねる糖衣にしようなんて気持ちはさらさらなくて、本気でそんなかたちを選択しているはずである」と論じており[154]、文芸評論家の藤田直哉は、(堀辰雄の『風立ちぬ』については「星菫派論争」に触れつつ)本作では政治や社会にコミットしないで、戦争中に行動しないで、美と性愛と仕事に没頭し、「セカイ系」的に生きた二人を肯定的に描いているように見えるが、作品全体はその周囲にある政治的・歴史的現実を丹念に描いてもいることを指摘し、「単純にロマン主義的な美の自律を謳いあげるような映画ではなく、むしろ、そのような美と政治が複雑に結びついてしまわざるを得ない時代の状況を描いた映画」「セカイ系的な題材を扱いつつ、作品の全体はセカイ系ではない、セカイ系的な心情を肯定しつつそれが複雑に現実の歴史的な悲劇と結びついていることを描いた作品」であると解釈した[36]。
なお宮台は、「美を追求するとそれが戦争機械の魅惑に繋がっていく」というバウハウス的な「美と力」の普遍的な関係についてのテーマが描かれていることは肯定しつつも、それをもっと強く押し出すべきだったとし、そしてそれを見る側がちゃんと受け止めることができるためにも戦間期・モダニズムの時代の様子をもう少し描いてほしかったとも述べている[163]。宮台によれば、結果として「堀越二郎の才能が、ある美的な感覚を働かせたが故に強い戦闘機を作ることができた」というだけの矮小な内容に帰結してしまっていると指摘し、結論としては「つまらなかった」との感想を述べた[163]。
映画評論家の藤井仁子は、「飛ばす人」(設計者)への焦点化により、「飛ぶ人」(操縦士)や「国家」や「民衆」が本作では排除されていることを指摘し、「天と地と中空、国家と民衆とそれらから独立して行動しうる自由な個人という従来の宮崎世界の安定的な構図」「宮崎駿の遠近法」に狂いが生じていると論じた[164]。
映画評論家の藤津亮太は、前項で記したように本作を「モダニズム」「近代化(とその破産)」を焦点とした映画であると評価した一方、本作では「近代化」という枠組みと、二郎の"芸術家"としての「業」を強調したことで、「精一杯生きたからしょうがない」と「時代に流された」の境界線が見えなくなっているという点も指摘した[50]。
海外メディアの評価
アメリカ
全米の主要新聞・雑誌に掲載されたレビューを集計する専門サイト「ロッテン・トマト」によると、180人の批評家によるレビューが掲載されており、88%が肯定的に評価している[165]。掲載されているコンセンサスは次の通り。「『The Wind Rises』は、宮崎駿監督のほろ苦い白鳥の歌にふさわしい」[165]。同様にレビューを集計するサイト「Metacritic」によれば、41人の批評家のレビューに基づいて83点のスコアを獲得し、これは「普遍的な絶賛」(Universal Acclaim)を意味する[166]。
ワシントン・ポストは、「宮崎駿監督の叙情的な告別」と題し、「映画監督としての宮崎氏の贈り物は、ゆっくりとした時間の経過、静けさや沈黙を最大限に生かして描く手法だ。それは現代の映画が嘆かわしくも失ってしまったものだ」と評価、スピード感を重視した現代映画と一線を画す作品であるとした[130]。ロサンゼルス・タイムスは、「すばらしい最後の飛行」という見出しで文化面のトップで取り上げ、この作品を「とても美しく、とても特異である」と評価した[167]。
USAトゥデイは、「これまでの宮崎作品よりもリアリティに基づいているので、ファンタジーの要素を求めるファンはがっかりするかもしれない」としながらも、「ジローは戦争に使われた飛行機を作った人だが、戦士ではなく、ロマンチストであり、エンジニア。この映画は、そんな人物をビジュアルな形で描くポエトリーだ」とした[167]。エンターテインメント・ウィークリーの評価は、A-[167]。
Salon.comは、「忘れがたいイメージ、壮大な色彩の広がり、入れ子状になった隠された意味を孕んだ、計り知れない謎と奇妙さを持った作品である」とし、「日本の近代化へのトラウマ的な旅についての瞑想的な叙事詩であり、芸術家の無邪気さ、傲慢さ、罪の重さについての複雑な寓話のように感じられる」と評した上で、「史上最も美しいアニメーション映画のひとつであり、最高傑作に近い」と結論づけた[168]。
一方でデイリーニューズは、5つ星中3つ星にとどまり、「『風立ちぬ』は『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』や『崖の上のポニョ』に及ばないかもしれない。しかし、大人向けの映画であるという点で大きな意義がある」とコメントした[167]。
2016年、アメリカの映画情報サイト「The Playlist」が発表した「21世紀のアニメーション映画ベスト50」において、第10位に選出された(日本の作品としては、1位の『千と千尋の神隠し』、7位の『かぐや姫の物語』に次いで第3位)[169]。
イギリス
イギリスでは、『タイムズ』が「宮崎駿の最後の作品となった『風立ちぬ』は、『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』といった同監督の名作を愛してきた人々にとっては、当惑またはもどかしさを感じさせる作品である。細部まで豊かに描き込まれたその絵は相変わらずの美しさだが、第二次大戦における戦闘機の設計者の伝記という主題は、彼のトレードマークとなっている理想主義的な空想には不向きなのだ。ゼロ戦とは、結局のところ神風特攻隊が使用した軍機である。主人公の二郎を、戦争の現実から浮遊させて描くのは不誠実だ」とした[170]。
一方でインデペンデントは、「我々は宮崎駿と言えば可愛らしい作品を思い浮かべるが、『風立ちぬ』は全く趣が異なり、高齢の観客層を対象としているようだ。本作品には、コンピューター・グラフィックの技術を使った近年のハリウッドによるアニメ映画にはない非凡な優美さと繊細さがある。宮崎監督は死と死別を描いているのだ。久石譲の愉快で悲しげな旋律が、生のはかなさを思い起こさせるこの物語を引き立てている。英国公開版は字幕と吹き替えの2種類が用意されているが、詩的なセリフを考慮すると、字幕版の方が確実にお勧めだ」と評価している[170]。
フランス
フランスでは、フランス公共ラジオが同作を「美しく、思わず息を呑むような感覚の作品に組み立てている」と評し、「主人公を取り巻く小さな思い出と戦争という大きな歴史、家族の出来事と時代の物語、鮮やかで突飛な夢のシーンと戦争の悲しい現実、これらの照応関係が完璧」と高く評価している[171]。またル・パリジャンは、「映画の前半は地震、恐慌、戦争といった大きな痛みを、過度な詩的イメージを使い、血を描くことなく触れている」と紹介、同作は「夢のような技術進歩は軍事競争を生じさせると語り、戦闘機は好きだが戦争は嫌うという、宮崎監督にとっての大きなパラドックスとなっている」と解説した[171]。
一方で、メトロ紙は、「宮崎監督は場面を引き伸ばす性向があり、いくらかの観客の集中は緩慢になる。また陰気で謎めいた主人公に、少しも感情移入できない」と伝えた[171]。20ミニュッツは、「2時間の燃え上がるメロドラマはトトロのファンを驚かせた」と評し、「印象的な地震のシーンや、創作と悲しみに基づく作品内の哲学的熟考は、子どものファンを失う恐れがある」と述べた[171]。ル・モンドは、「飛行機の創造者とその創作の帰結、現実の世界とが乖離しすぎている。彼の創作がもたらす結果の政治性が描かれていない。宮崎にとってこれまででもっともパーソナルな作品であり、おそらく監督は自身の内面を考察したと思うが、逆説的にこれまでの作品よりもうまく機能していない」とのコメントを掲載した[128]。
イタリア
イタリアでは、コリエーレ・デラ・セラが「ベネチアに夢を見せてくれる平和主義なおとぎ話。創造性、夢、愛への讃歌を歌った作品だ。映画の中で『才能は10年だ』という言葉があるが、彼の場合は例外であろう」と評し、ラ・レプッブリカは「過去を見ながら現在と未来に挑む作品。彼の挑戦が勝利を収めたことは、日本の興行収入やベネチアでの拍手をみても明らかである」とし、イル・ジョルナーレは「マエストロ宮崎駿の最後の傑作。初めて泣いたという監督の言葉があるが、彼と一緒に私たちも泣いた」とコメントするなど、好意的に受け止められた[172]。
韓国
韓国では、情勢的にセンシティブな内容であるが故に、「右翼映画」として公開前から批判の声が相次いでおり、一部では公開中止の危機も浮上していた[173]。2013年7月26日には、監督の宮崎駿が直々に、スタジオジブリに韓国メディアを招き、本作への批判に対して反論した[173]。しかし公開後も、韓国系評論家のInkoo Kangが「宮崎駿監督の『風立ちぬ』は、日本の戦後の歴史に対する態度をよく表している。戦争の恐ろしさは認めているが、このような恐ろしい結果を引き起こした戦争の中で、自分がどのような役割を演じたかについては認めていない。私に言わせれば、この映画は非常に不道徳である。なぜなら、飛行機が製造された真の目的を覆い隠しており、しかも、これらの飛行機が中国や韓国の労働者によって製造されたという事実にまったく触れていないからだ」との批判的な声明を発表し、国内外のメディアで話題になるなどした[174]。
一方で、韓国の映画専門誌『Cine21』が「そもそも映画は現実をねじまげ、美化することで成立する芸術。だから、歴史を描くとなると、どの国の作品でも批判は避けられない。『風立ちぬ』に関して言えば、美しい作品だからこそ、なおさら歴史認識が注目を集めるし、複雑な思いを抱く人もいるはず。アジア、特に韓国にはそういう視点があると理解してもらいたい」とのコメントを掲載するなど、作品に対する純粋な評価と、批判に対する同情の声も上がっていた[175]。
喫煙シーンへの賛否
日本禁煙学会による批判
禁煙推進NPO団体である「NPO法人日本禁煙学会」は、2013年(平成25年)8月12日に、スタジオジブリに対する『要望書』を提出。映画はたばこ規制枠組み条約13条違反だと批判。教室での喫煙場面、職場で上司を含め職員の多くが喫煙している場面、高級リゾートホテルのレストラン内での喫煙場面などの登場を批判、特に、「肺結核で療養中の妻の手を握りながらの喫煙描写は問題であり、この場面でタバコが使われなくてはならなかったのか?他の方法でも十分表現できた筈だ」と批判。また、「大学生が「タバコくれ」とは、未成年者の喫煙を助長し、日本の法律である「未成年者喫煙禁止法」にも抵触するおそれがある」と批判した。しかし、これはスタジオジブリを誹謗中傷するものではなく、法令遵守した映画制作を願う、と云うステートメントを発表した[176]。
喫煙文化研究会による擁護
それに対して、愛煙家の団体である「喫煙文化研究会」(すぎやまこういち代表)は、2013年(平成25年)8月15日に、映画に対するプレスリリースを発表し、昭和10年代の喫煙率についての公式データが無いが、昭和25年のデータでは、男性の84.5%は喫煙者であり、映画の描写は極自然な事で一般的な描写であると指摘。国際条約との優位性に於いては、現在「憲法優位説」が通説となっており、たばこ規制枠組み条約より、表現の自由を定めた日本国憲法が上位であると指摘し、表現の自由に対する要望は意味を成さない、と指摘し、喫煙者と非喫煙者が、共生出来る『分煙社会を実現すべき』だ、と云うステートメントを発表した[177]。そもそも、作中の時代背景当時はタバコと病気の間に因果関係は無いと考えられていたため、医者を初めとする医療従事者でさえも平気で喫煙していた時代であり、タバコと病気の間に因果関係があると指摘され始めたのは戦後暫く経過してからのことである。そのため、作中の時代背景を考えれば喫煙シーンについて批判すること自体がおこがましいという意見が多数である。
なお、批判者側から特に問題とされた、肺結核で寝込んだ妻の横で主人公が妻の手を握りながら喫煙するシーンは、妻から離れて喫煙しようとしたところ、妻に「ダメ、ここで吸って」と言われ、渋々喫煙しているという前提があり、これは物語を理解する上で重要なシーンでもある。
その後
2016年2月1日、世界保健機関(WHO)は映画やドラマの喫煙シーンが未成年者・若者の喫煙を導入したとの調査結果と共に、各国政府にそれらのレイティングをR18(成人向け)指定するよう勧告した[注釈 30]。これに対し、ネット世論を中心に激しい反発が生じたが、そもそも日本政府にこの勧告に従う義務はない[179]。
賞歴
受賞
- アニメーション映画部門
- その他
- 第37回日本アカデミー賞[185]
- 第87回キネマ旬報ベスト・テン
- 日本映画ベスト・テン 第7位
- 読者選出 日本映画ベスト・テン 第5位
- 第31回ゴールデングロス賞・最優秀金賞、特別功労大賞[186]
ノミネート
- 第41回アニー賞・長編作品賞
- 第19回クリティクス・チョイス・アワード
- 第26回シカゴ映画批評家協会賞・外国語映画賞
- 第17回オンライン映画批評家協会賞
- 作品賞
- 監督賞
- 脚色賞
- 非英語作品賞
- 第70回ヴェネツィア国際映画祭・金獅子賞(コンペティション部門)
- 第86回アカデミー賞・長編アニメ映画賞[187][188][189]
- 第71回ゴールデングローブ賞・外国語映画賞
スタッフ
- 原作・脚本・監督 - 宮崎駿
- 作画監督 - 高坂希太郎
- 原画 - 稲村武志、山下明彦、賀川愛、田中敦子、山田憲一、山森英司、小野田和由、米林宏昌、横田匡史、二木真希子、芳尾英明、古屋勝悟、田村篤、古俣太一、今井史枝、廣田俊輔、三浦智子、奥田明世、近藤勝也、大塚伸治、友永和秀、押山清高、板津匡覧、浜洲英喜、杉野左秩子、栗田務、山川浩臣、大平晋也、青山浩行、大谷敦子、箕輪博子、鈴木美千代、遠藤正明、星野円哉、本田雄
- 作画協力:アニメトロトロ、スタジオたくらんけ、中村プロダクション、テレコム・アニメーションフィルム、カラー
- 動画検査 - 舘野仁美
- 美術監督 - 武重洋二
- 色彩設計 - 保田道世
- 撮影監督 - 奥井敦
- 音響演出・整音 - 笠松広司
- アフレコ演出 - 木村絵理子
- 編集 - 瀬山武司
- 原作掲載 - 月刊モデルグラフィックス
- 特別協賛 - KDDI
- 特別協力 - ローソン・読売新聞
- 宣伝プロデューサー - 高橋亜希人、細川朋子
- 製作担当 - 奥田誠治、福山亮一、藤巻直哉
- 音楽 - 久石譲(サントラ/徳間ジャパンコミュニケーションズ)
- 演奏 - 読売日本交響楽団
- 制作 - 星野康二・スタジオジブリ
- プロデューサー - 鈴木敏夫
- 配給 - 東宝
- 製作(日本テレビ、電通、博報堂DYMP、ディズニー、ディーライツ、東宝、KDDI)
声の出演
| 登場人物 | 日本語版キャスト | 英語版キャスト |
|---|---|---|
| 堀越二郎 | 庵野秀明 | ジョセフ・ゴードン=レヴィット |
| 里見菜穂子 | 瀧本美織 | エミリー・ブラント |
| 本庄 | 西島秀俊 | ジョン・クラシンスキー |
| 黒川 | 西村雅彦 | マーティン・ショート |
| カストルプ | スティーブン・アルパート[注釈 1] | ヴェルナー・ヘルツォーク |
| 里見 | 風間杜夫 | ウィリアム・H・メイシー |
| 二郎の母 | 竹下景子 | |
| 堀越加代 | 志田未来 | メイ・ホイットマン |
| 服部 | 國村隼 | マンディ・パティンキン |
| 黒川夫人 | 大竹しのぶ | ジェニファー・グレイ |
| カプローニ | 野村萬斎 | スタンリー・トゥッチ |
| 絹 | 渋谷はるか | |
| 堀越二郎(少年期) | 鏑木海智 | ザック・カリソン |
| 堀越加代(幼少期) | 信太真妃 | |
| 里見菜穂子(幼少期) | 飯野茉優 | |
| ドイツ人警備員 飛行機の機関士 | サッシャ[注釈 31] | |
| 曽根 | イライジャ・ウッド | |
| 片山 | ダレン・クリス | |
| 三菱の従業員 | ローナン・ファロー |
英語版
ジブリ作品の『崖の上のポニョ』や『借りぐらしのアリエッティ』[193][194]、『コクリコ坂から』に続いてフランク・マーシャルが製作を担当する吹替版の配役は[195][196]、主演の2人にジョセフ・ゴードン=レヴィット[197]とエミリー・ブラント。カプローニ役にイタリア系の俳優スタンリー・トゥッチ。そしてカストルプ役にはドイツの映画監督で、俳優としても演じるヴェルナー・ヘルツォークが発表された[198][199]。
レヴィットはインタビューに応えて、長年尊敬してきた「宮崎映画の映像はとても心を揺さぶられる」ものであり、細部にこだわるビジュアルが「見事な絵画のよう」だと語った。さらに「飛行機作りのプロセスは、もの作りに生涯をささげている人全てに通じる」「この偉大な才能あふれる監督は、この偉大な才能あふれる航空技術者を自分に重ね合わせたに違いない」とも語った。そして「二郎は一貫して礼儀正しい態度を取って」おり、演じるにあたって「どの瞬間にもフォーマルさを注入することを常に心がけた」という。また敬愛するヴェルナー・ヘルツォーク監督とドイツ語で歌った共演についても歓びを明かした[200]。
音楽
劇伴
- 「旅路」ほか
- 作曲 - 久石譲
- サウンドトラックには31曲が収録されている。
主題歌
挿入曲
- 「Das gibt's nur einmal」(邦題「唯一度だけ」)
- 作詞 - Robert Gilbert / 作曲 - Werner Richard Heymann
- 1931年のドイツ映画『会議は踊る』の主題歌として使われている。劇中ではカストルプ、里見や堀越らが逗留中の軽井沢で歌うシーンがある。
朗読詩
関連商品
作品本編に関するもの
- 映像ソフト
- 風立ちぬ DVD - ウォルト ディズニー スタジオ ホーム エンターテイメント(2014年6月18日)
- DVD(宮崎駿監督作品集) - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン (2014年7月2日発売)
- 風立ちぬ Blu-ray Disc - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン(2014年6月26日)
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- 出版
- 『風立ちぬ THIS IS ANIMATION』(小学館、2013年7月20日、ISBN 978-4-09-103821-0)
- 『風立ちぬ ビジュアルガイド』 ニュータイプ編集部編 (角川書店、2013年7月20日、ISBN 978-4-04-110510-8)
- 『スタジオジブリ絵コンテ全集19 風立ちぬ』(徳間書店、2013年7月31日、ISBN 978-4-19-863638-8)
- 『THE ART OF THE WIND RISES 風立ちぬ』(徳間書店、2013年7月24日、ISBN 978-4-19-810015-5)
- 『風立ちぬ』〈徳間アニメ絵本〉(徳間書店、2013年8月30日、ISBN 978-4-19-863656-2)
- 『風立ちぬ フィルム・コミック』 (アニメージュ編集部編、徳間書店(上)、2013年8月31日、ISBN 978-4-19-770162-9)
- 『風立ちぬ フィルム・コミック』 (アニメージュ編集部編、徳間書店(下)、2013年9月21日、ISBN 978-4-19-770163-6)
- 『ロマンアルバム 風立ちぬ』(徳間書店、2013年10月11日、ISBN 978-4-19-720374-1)
- 『風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック』、絵画本(大日本絵画、2015年10月8日、ISBN 978-4-49-923167-1)
- 『ジブリの教科書18 風立ちぬ』 スタジオジブリ編、(文藝春秋〈文春ジブリ文庫〉、2018年5月10日、ISBN 978-4-16-812017-6)
- 『シネマ・コミック18 風立ちぬ』(文藝春秋〈文春ジブリ文庫〉、2019年7月、ISBN 978-4-16-812117-3)
- 音楽
- 風立ちぬ サウンドトラック 徳間ジャパンコミュニケーションズ (2013年7月17日)TKCA-73920
- スタジオジブリ 宮崎駿&久石譲 サントラCD Boxset [Limited Edition] 徳間ジャパンコミュニケーションズ(2014年7月)
