1984年の全日本F3選手権
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フラットボトム化を1年前倒し導入
翌1985年シーズンから、開催される各国での施行が決まっていたF2およびF3でのフラットボトム化に先駆けて、日本F3協会では1年早くこの年からマシンのイコールコンディション化を目標にフラットボトム化を導入した。これは前年の全日本F3選手権で1戦平均10台に満たなくなった参戦台数の減少に大きな危機感を持った日本F3協会が、検討の結果この施策導入によりガレージの奥に眠っていたかつての参戦マシンを再び参戦させることに成功し、開幕戦では前年平均の倍となる16台のエントリーとなった[3]。前年はウイングカーであるラルト・RT3やハヤシ・322でなければ優勝する権利を持たなかったが、フラットボトム化により旧マシンであるマーチ・783や793、803でも上位争いが可能なシーズンとなった[4]。
なお、ウイングカーであるラルト・RT3やハヤシ・322で参戦する場合は、ラルトでの参加者の場合サイドポンツーン下部をアルミ板で塞ぎフラット化する対処がされ、これだとシャシーメンテナンスの場合もサイドポンツーンごと取り外せるため加工も簡素で済み作業効率も良好なまま保たれた。ハヤシ系シャシーの場合はFRP製のアンダーカウルがハヤシカーズにより用意され、これをシャシーに接続してフラット化。その上にラジエターをマウントする参加者が多かった。ハヤシ・320と322はシャシー構造体であるサイド・ウイングを取り外せる構造だったので、それを外し下部に新たなFRPアンダーパネルを装着することになるため車重の変化もほとんどなかった。開幕戦ではフラットボトム化の効果もあり旧マシンでも最新シャシーと互角に戦える場面も目立ち、ポール・ポジションを約5年落ちのマシンであるマーチ・793を操る山田英二が獲得するなど、F2やGCへの登竜門として欠かせないカテゴリーである全日本F3に多くの選手が出場しやすい環境を整備したい日本F3協会の意向が反映されたシーズン開幕となった[4]。
参戦エンジンが3メーカーに
使用されるエンジンはトヨタ・2T-Gエンジンのほぼワンメイクの状況だったが、前年の終盤戦からは欧州での最強エンジンであるフォルクスワーゲン・GXエンジン(フォルクスワーゲン・ゴルフのエンジンをベースに2000ccへとボアアップしたもの)をコックススピード(小幡栄・佐藤浩二)が全日本F3に投入開始していた[5]。この年は佐藤が最終戦で自身及びVWエンジンにとっての全日本F3初優勝を挙げ、ランキング3位を獲得するなど優勝争いに食い込み始めた。シーズン途中からはかねてより開発が報じられていた日産・FJ20エンジンが参戦開始し、エンジンは3メーカーとなった。FJ20エンジンはまだ開発途上で、トヨタ・2T-Gより重量で20kg重く、長さで50mm長いというハンデがあったが、F3の吸気制限があるレギュレーション下でもそのパワー特性面で伸びしろが期待されていた[6]。
主な参戦ドライバー
FJ1600からステップアップしF3デビューとなる森本晃生は、F2ドライバー松本恵二の主宰する「メイジュ スポーツ」に所属しアドバイスを受けていた。シーズン開幕前にラルト・RT3を購入したが、これは前年のイギリスF3選手権でアイルトン・セナがスペアマシンとして使用していたシャシーであった[4]。この森本のほか、松田秀士、兵頭秀二、佐藤浩二もこの年F3デビュー。開幕戦鈴鹿で兵頭、第3戦富士で松田、最終戦鈴鹿で佐藤がF3初年度で初勝利を挙げるなど、前年最も少ない時で4台のみでレース開催となっていたことからするとシリーズは大いに活気を取り戻した[7]。
前年ランキング2位となったが開幕時までにレギュラーシートを得られなかった鈴木亜久里はレースをやめることも考えていたが、エンジンメンテナンスを依頼していたトムスの舘信秀から「辞めてしまうのはもったいない」と日産系であるセントラル20の柳田春人を紹介され、柳田の伝手により日産・FJ20エンジンのテストドライバーとなった[8]。このエンジンの実戦投入開始に伴い、亜久里は第6戦から全日本F3選手権へ復帰し、その2戦目となる第7戦筑波で優勝しFJ20エンジン初勝利を挙げた。
シリーズチャンピオンはF3デビュー戦である開幕戦・鈴鹿でデビューウィンを達成した兵頭秀二が、中盤戦ではポイント獲得に苦しんだが終盤戦に3連続2位とポイントを伸ばし王座を獲得した。
エントリーリスト
| 車番 | ドライバー | 車名(シャシー/エンジン) | タイヤ | エントラント |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ハヤシ322 (ハヤシ322/トヨタ2T-G) |
B | ハヤシレーシングチーム | |
| 2 | LEHNLEC UNICON WEK-K2 RT-3 → AUTO CALAZ RT3 (ラルトRT3/トヨタ2T-G) |
B | Meiju Sports | |
| 3 | → |
佐川急便ラルト (ラルトRT3/トヨタ2T-G) |
B | HIRO-RACING |
| 5 | ミレミリアレーシングマーチ (マーチ783/トヨタ2T-G) |
Y | ||
| 6 | ポルカモーレオートバックスユニコン320 (ハヤシ320/トヨタ2T-G) |
B | マリブモータースポーツクラブ | |
| 7 | オスカーT4 (オスカーT4/トヨタ2T-G) |
D | オスカーレーシング | |
| 8 | マツシロラジオトロンマーチ (マーチ831/トヨタ2T-G) |
Y | チームバンダイ | |
| 9 | → |
RSロンドーマーチ783 (マーチ783/トヨタ2T-G) |
Y | |
| 10 | マーチ793 (マーチ793/ニッサンFJ20) |
D | ||
| スポットラルトRT-3 (ラルトRT3/トヨタ2T-G) |
D | オスカーレーシング | ||
| 11 | パパ&ママ320 → ガラニン320 → AUTORAMAザ・オーディション320 (ハヤシ320/トヨタ2T-G) |
D | TEAM・KITAMURA | |
| 15 | → |
コックスワーゲンモータースポーツラルト (ラルトRT3/VW GX) |
B | コックススピード |
| 16 | LOGOS PENTAGO 東名マーチ → セトラブレーシング 東名マーチ (マーチ793/トヨタ2T-G) |
Y | 山田英二 | |
| 17 | タケシプロジェクトマーチ793 → タケちゃんのスーパーマシン (マーチ793/トヨタ2T-G) |
Y | TAKESHI PROJECT | |
| 18 | カーファミリー&プロトマーチ (マーチ783/トヨタ2T-G) |
B | 刈谷カーファミリー | |
| 23 | キヤノンマーチ793 (マーチ793/ニッサンFJ20) |
D | セントラル20レーシングチーム | |
| 24 | TEAM ROMAN RALT RT-3 (ラルトRT3/トヨタ2T-G) |
Y | 近江太郎 | |
| 25 | バーダルチームエコマーチ (マーチ783/トヨタ2T-G) |
D | ||
| 27 | サルンードマリコマーチ793 → L・M・SPORTSマリコ793 (マーチ793/トヨタ2T-G) |
D | HIRO-RACING | |
| 30 | セントラルサプライ興和783 (マーチ783/トヨタ2T-G) |
B | 株式会社興和モータース | |
| 31 | HAYASHI322 → Virginia Slim light-322 (ハヤシ322/トヨタ2T-G) |
Y | TEAM・KITAMURA | |
| 32 | マーチ803B (マーチ803B/トヨタ2T-G) |
D | ||
| 66 | バルボリンマーチ → ALCANマーチ (マーチ803改/トヨタ2T-G) |
B | 紀の国屋レーシング |
スケジュールおよび勝者
| 決勝日 | 開催サーキット | 勝者 | ポールポジション | ファステストラップ | 典拠 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1戦 | 3月11日 | 鈴鹿サーキット | 兵頭秀二 | 山田英二 | 兵頭秀二 | [9] |
| 第2戦 | 4月1日 | 西日本サーキット | 森本晃生 | 奥村晃三 | 奥村晃三 | [10] |
| 第3戦 | 4月15日 | 富士スピードウェイ | 松田秀士 | 佐藤浩二 | 松田秀士 | [11] |
| 第4戦 | 5月27日 | 鈴鹿サーキット | 山田英二 | 山田英二 | 山田英二 | [12] |
| 第5戦 | 6月17日 | 筑波サーキット | 中川隆正 | 佐藤浩二 | 中川隆正 | [13] |
| 第6戦 | 9月23日 | 鈴鹿サーキット | 山田英二 | 山田英二 | 山田英二 | [14] |
| 第7戦 | 10月14日 | 筑波サーキット | 鈴木亜久里 | 田原浩一 | 鈴木亜久里 | [15] |
| 第8戦 | 11月3日 | 鈴鹿サーキット | 佐藤浩二 | 山田英二 | 佐藤浩二 | [16] |