KK戦争
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橋本総裁実現
橋本内閣
1996年1月、橋本内閣が発足。河野前総裁のグループの粕谷茂が新進党の勉強会に出席し、加藤幹事長を批判。同年10月の第41回衆議院議員総選挙では自民党が復調傾向の結果となったため、加藤幹事長が続投となる。1997年9月には自民党が衆議院において単独過半数を回復する。
小渕内閣
1998年7月、第18回参議院議員通常選挙で自民党が惨敗したため橋本首相が辞任し、総裁選へもつれこむ。加藤は山崎と共に小渕恵三・前外務大臣を支持し、一方河野は梶山静六・前内閣官房長官を支持。再び宏池会は分裂状態となる。総裁選の結果、7月に小渕が総裁に就任。加藤は幹事長を退任したが、宏池会からは、元総理の宮澤を含む5人が入閣。自民党が下野した河野総裁時代に派閥は表向き解散していたが、この頃より復活の兆しを見せる。
宏池会の跡目争いは、1998年12月に加藤が派閥を継承し、第6代会長に就任する形で決着がついた。跡目争いに敗れた河野は麻生太郎、亀井久興、森英介、相澤英之、衛藤征士郎らと宏池会を離脱、1999年1月に大勇会(河野グループ)を結成した。

