ミャンマーの鉱業
From Wikipedia, the free encyclopedia

2026年1月の時点で最新の、2017 - 2018年におけるEITI(採取産業透明性イニシアティブ)レポートによると、ミャンマーの採取産業は、GDPの4.78%、政府歳入の5.16%、輸出の35.5%、労働力人口の0.25%を占めている[2]。
しかし、政府の採取産業収入の内訳を見ると、石油・ガス部門が72.2%を占め、鉱業部門は27.8%を占めるにとどまっている。さらに、鉱業収入の約76%は翡翠および宝石の生産によるものであり、その他の鉱物資源からの歳入は23%にとどまっている[2]。
数値だけ見れば、鉱業の経済貢献度はさほどではないが、ミャンマーの鉱業分野では違法採掘・密輸出が横行しており、公式データと実態との間に乖離がある可能性があることに留意が必要である。たとえば、公式統計によると、翡翠と宝石の総売上高は2013-2014年で約35億米ドルだったが、国連の貿易データによると、2014年だけで中国への輸出額は123億米ドルである、グローバル・ウィットネスは2014年の翡翠総生産額を300億米ドル以上と算出している[3]。
零細小規模採掘(ASM)

ミャンマーにおける零細小規模採掘(Artisanal and Small-scale Mining:ASM)労働者の大半は、政府の許可を得ていない違法労働に従事しているとされており、その数は明確にはわかっていない[4]。
天然資源・環境保全省(MONREC)の公式データでは、1990年から2018年までのASM労働者数は3,000人から7万1,000人の範囲とされている。しかし、他の政府資料では、1992年から1999年までのASM労働者数は8万3,000人から13万2,000人とされている。国際機関や調査機関による推計にも幅があり、国際労働機関(ILO)は約1万4,000人(1999年)としているのに対し、持続可能な開発に関する国際研究所(IISD)は約5万人(2017年)としている。さらに翡翠産業に限った場合でも、その数は約15万人から約40万人にまで幅があり、正確な実態把握が困難であることが指摘されている。鉱業資源別では、翡翠、金、宝石が圧倒的割合を占めている模様である[4]。
鉱床の分布

ミャンマー全体の地質構造および鉱物埋蔵量については、いまだ十分に解明されていないが、公表されている調査結果によれば、銀、鉛、錫、タングステン、アンチモンの鉱床が国土全体に広く分布しており、金、マンガン、銅、石炭についても、いずれも相当量の埋蔵があると考えられている。これらの鉱物資源のうち、金、鉄鋼、石灰岩、工業用鉱物[注釈 1]、重晶石は、主として国内消費を目的として生産されている[6]。
カチン州、シャン州、カレン州には、金、翡翠、宝石、錫の大規模な鉱床が存在するとされているが、これらの地域はいずれも少数民族武装組織(EAO)による部分的な支配下にある。マンダレー地方域およびザガイン地方域にも金の大規模な鉱床が存在する。特にザガイン地方域では、国内でもっとも多くのASM鉱山が操業しており、銅、石炭、金、タングステン、灰重石などの大規模な鉱床が確認されている[6]。
石灰岩の鉱床は複数の州および地方域に分布しており、特に高品質の鉱床はカレン州北部から南部にかけて帯状に連続して広がっているとされる[6]。
マンダレー地方域には、ルビー、サファイア、鉄、重晶石の重要な鉱床があり、シャン州にもルビーおよびサファイアの主要な鉱山がある[6]。
タニンダーリ地方域には、錫、タングステン、灰重石、沖積ダイヤモンドなどの鉱床が存在する。錫鉱床帯はヤンゴンの東方からミェイ諸島(メルギー諸島)に沿って南下し、ダウェイを通過する形で分布している。ダウェイ周辺では錫の生産が集中しており、100以上の一次錫鉱床が確認されている。その他の重要な錫産地としては、かつて世界最大級のタングステンおよび錫の産地であったカヤー州のマウチ鉱山や、ワ自治管区を含むシャン州内の鉱床が挙げられる[6]。
制度的および法的枠組み
制度的枠組み

ミャンマーの鉱業は、天然資源・環境保全省(MONREC)内の2つの部局と4つの国営鉱業企業によって監督・規制されている[7]。
地質調査・鉱物探査局(Department of Geological Survey and Mineral Exploration:DGSE)は、鉱山開発の探査段階および探鉱段階のライセンスを発行し、鉱山局(Department of Mines:DOM)は、鉱業開発ライセンスを発行する。また、DOMは鉱業分野への投資促進、鉱山の安全確保、鉱業法規制の執行も任務としている[7]。
また、第1鉱山公社は、アンチモン、鉛、亜鉛、銀、鉄、ニッケル、銅鉱石、石灰岩を、第2鉱山公社は、金、白金、錫、タングステン、モリブデン、ニオブ、コロンビウム、重鉱物、金鉱石を管轄している。ミャンマー宝石公社(MGE)は宝石類や翡翠を、ミャンマー真珠公社(MPE)は、真珠を管轄している[7]。
法的枠組み
ミャンマーの鉱業分野は、ミャンマー鉱山法(2015年改正)、ミャンマー宝石法(2016年制定)、ミャンマー真珠法(2014年制定)などの法律によって、規定されている[8]。
改正鉱山法では、外国企業からの投資が可能となる規模の追加や、環境保護の明文化、許認可の新設、許可期限の拡大延長、ロイヤルティ変更などが行われた[9]。
また、2016年にはミャンマー投資法が制定され、さらに多くの外国投資を誘致するため、投資承認のための手続きの合理化等が図られた[9]。
不正と構造的問題
不正行為の横行
2015年のミャンマー鉱山法改正により採掘ライセンスの内容は大幅に変更された。しかし、その内容は不明確で、手続きは複雑かつ長期間に及び、投資家の意欲を削ぐと指摘されている。一方で、このような複雑な手続きを回避するために賄賂の支払いが横行していたり、ミャンマー軍(国軍)関係者が関与している採掘会社が優先的にライセンスを取得しているとも指摘されている。また、ライセンスの有効期限が比較的短いため、採掘会社は限られた期間内に可能な限り多くの翡翠を採掘しようとする傾向があり、持続可能な資源管理や安全・環境対策が軽視されているとされる[10]。
また、採掘会社には、さまざまな名目の税金が課せられるが、それらの制度を厳格に遵守した場合、利益を上げることができないとされている。その結果、採掘・取引・輸送のさまざまなレベルで、脱税、市場操作、マネーロンダリング、密輸出などの不正行為が横行しているとも指摘されている[11]。
国軍および国軍系企業の関与
国軍は、公式には鉱業行政を管轄していない。しかし、国軍および国境警備隊、国軍系民兵団は、採掘活動や鉱物の輸送に対する課税、警備費などを通じて、鉱業活動から経済的利益を得ているとされる[12]。
また、採掘権を保有する採掘会社の幹部には、国軍関係者およびその家族が名を連ねているケースが多いと指摘されている[13]。
さらに、ミャンマー・エコノミック・ホールディングス・リミテッド(MEHL)やミャンマー経済公社(MEC)といった国軍系企業コングロマリットも相当数の採掘ライセンスを保有しており、子会社や民間企業との合弁事業を通じて鉱業活動に関与している[13]。
MEHLは株式会社で、その株式は国軍関係者が保有している。傘下には、ミャンマー・インペリアル・ジェイド・カンパニー(Myanmar Imperial Jade Company)やミャンマー・ルビー・エンタープライズ(Myanmar Ruby Enterprise)など多数の子会社を抱えているとされる。MECはより国軍直営で、MEHLに比べれば小規模であるが、カレン州、シャン州、マンダレー地方域、タニンダーリ地方域で石灰岩、大理石、石炭、石膏の採掘に携わっているとされる[13]。
このように、国軍関係者や国軍系企業が鉱業活動に関与することで、鉱業収益の相当部分が国軍の資金源となっている可能性が指摘されている[13]。
少数民族武装勢力の関与
少数民族武装勢力(Ethnic Armed Organisations:EAO)支配地域にある鉱物資源は、中央政府の制度とは別個の統治枠組みの下で管理されている。これらの地域では、EAOが独自の操業許可や鉱山登録制度を運用し、国軍同様、採掘活動や鉱物の輸送に対しする課税、警備代などを通じて鉱業活動から経済的利益を得ているとされる。このような実態は、EAOにとって鉱業が重要な資金源となっていることを示唆しており、実際、2015年の全国停戦合意(NCA)に署名したのは、ミャンマー北東部に比べて鉱物資源に乏しい南東部に位置するEAOばかりだった[14]。
しかし、EAOが鉱物資源を支配していることには、いくつかの弊害があると指摘されている。
第一に、EAO支配地域では、中央政府の制度および監督の枠外で鉱業活動が行われているので、国軍および国軍系企業が関与している場合以上に、コンプライアンスが確保されておらず、人権侵害、恣意的な徴税および土地の強制収用、環境破壊などの問題に対処できていないとされる。住民はEAOを恐れて抗議活動をすることも、ままならないのだという[12]。
第二に、EAO支配地域でも、鉱業から得られる収益がEAOや鉱山会社の幹部に独占され、地域住民にあまり還元されていないとされる。その収益はEAOの組織運営や治安維持に充てられ、公共サービスやインフラ整備には使われておらず、学校や病院も不足している。また、鉱業は鉱床を発見して採掘が始まるまでは雇用を生まないので、地域社会における雇用創出効果も限定的とされる[15]。
第三に、EAO支配地域は、通常、複数のEAO、国軍および警察、国軍系企業、地方行政関係者、鉱山会社など複数のアクターが重層的に鉱業活動に関与している。そのため、操業許可、通行税、警備費、各種手数料が重複して課され、業者や住民の負担になっているとされる[12]。
各鉱物資源の概要
翡翠

ミャンマーは硬玉(ヒスイ輝石)の世界最高品質および最大の産地で[16]、世界における最高品質の翡翠の約70%を供給しているとされる[17]。
主要産地はカチン州モーニン県パカン郡区で[18]、産出された翡翠の約99%は中国に輸出されているが[19]、その50~80%は中国へ密輸出されているとも指摘されており、実態は不明である[20]。
この地域では国軍、国軍系企業、そしてカチン独立機構/独立軍(KIO/A)、ワ州連合軍(UWSA)などのEAOが、重層的に翡翠産業に関与している[21]。
宝石類(ルビー・サファイア等)

ミャンマーのルビーもまた、世界的に高い評価を受けており、世界最高品質のルビーの約90%を供給しているとされる[22]。
主要産地は、マンダレー地方域タベイッチン県モーゴッ(モゴック)およびシャン州ロレイン県モンスーで[23]、翡翠と違って、タイなどを経由してアメリカ、欧州、アジアなどの国際市場に輸出されている[24]。
この地域でも国軍、国軍系企業、UWSAなどのEAOが、重層的にルビー産業に関与している[21]。
金
ミャンマーでは、マンダレー地方域、ザガイン地方域、カチン州、シャン州、モン州、タニンダーリ地方域など全国各地で金採掘が行われており、300以上の中規模・小規模の金鉱床が公式に記録されている[4]。2021年の金関連輸出は11.3千トンで、主な輸出先はインドネシア、韓国、マレーシアだった。ただ、EAO支配地域における金関連輸出は統計に入っておらず、中国、インド、タイに密輸出されているとされる[4][25]。
ミャンマーの金採掘は、硬岩鉱床における坑内掘り(坑道・横坑道)と、沖積金鉱床および崩積金鉱床における露天掘りや河川採掘の呂ほうが行われている。金採掘に従事するASM労働者の数は翡翠に次いで多いが、彼らに対する人権侵害や水銀使用などによる環境汚染の問題が深刻化しているとされる[4]。
銅
ミャンマーの銅採掘は、ザガイン地方域モンユワ周辺に集中しており、なかんずく、レパダウン銅山がその全鉱床の75%を占めるとされる[26]。2021年の銅関連輸出は、銅鉱石が約1.1千トン、銅地金が約44.2千トンで、主な輸出先は中国、タイ、ベトナムだった[25]。
モンユワ銅山プロジェクトは、国営企業、外国企業、ミャンマー国軍系企業が関与する共同事業として開発が進められ、2010年代以降は中国国有企業系の万宝鉱業(Wanbao Mining)が事業運営に関与している[27]。レパダウン銅山をめぐっては、住民による激しい反対運動が巻き起こった[28]。
錫・タングステン
ミャンマーでは、錫・タングステンの採掘は長らく小規模にとどまっていたが、2010年頃以降、錫の生産量が数年で4,000%以上急増し、ミャンマーは世界第3位の錫生産国となって世界供給量の10%超を占めるに至った。主要産地は、タニンダーリ地方域、カヤー州、ワ州で、EAO支配地域でも採掘が行われている。特にカヤー州のマチウ鉱山は有名である[4]。
石灰岩
石灰岩の鉱床は全国各地に分布しており、特に高品質の鉱床はカレン州の北から南にかけて広く連続した帯状に広がっている[6]。2011年から2020年にかけての民政移管期の高度経済成長期には、国内での工場建設が進み、それに伴って国内のセメント生産量も増加。石灰岩は主に国内消費向けに生産されていた[29]。石灰岩の採掘には国軍もEAOも関与している[30]。
レアアース
ミャンマーは、レアアース(重希土類元素)のうち、特にテルビウムとジスプロシウムの世界最大の生産地である[31]。主要産地は、カチン州とシャン州ワ自治管区(ワ州)で、前者はカチン新民主軍(NDA-K、カチン国境警備隊)およびKIO/A、後者はUWSAの支配下にあったが、前者は2024年10月から完全にKIO/Aの支配下に入った[32][33][34]。
2018年頃から生産量が増え始め、そのほとんどが中国に輸出されているとされる[35]。近年、ワ州におけるレアアース採掘は、深刻な環境破壊をもたらしている[36]。
その他の鉱物資源
ミャンマーでは他にも、鉛・亜鉛、ニッケル、鉄鉱石、アンチモンなどの鉱物資源が各地に分布している。鉛・亜鉛は主にシャン州やカチン州、ニッケルや鉄鉱石は中部および北部地域で採掘されている[25]。
