ド・トゥールノン伯爵夫人の肖像
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| フランス語: Portrait de la comtesse de Tournon 英語: Portrait of Countess of Tournon | |
| 作者 | ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル |
|---|---|
| 製作年 | 1812年 |
| 種類 | 油彩、キャンバス |
| 寸法 | 92.4 cm × 73.2 cm (36.4 in × 28.8 in) |
| 所蔵 | フィラデルフィア美術館、ペンシルベニア州フィラデルフィア |
『ド・トゥールノン伯爵夫人の肖像』(ド・トゥールノンはくしゃくふじんのしょうぞう、仏: Portrait de la comtesse de Tournon, 英: Portrait of Countess of Tournon)は、フランス新古典主義の巨匠ドミニク・アングルが1812年に制作した肖像画である。油彩。アングル初期のイタリア時代の作品で、アングルが唯一制作した年長の女性の肖像画として知られる。描かれた女性はド・トゥールノン伯爵夫人、ジュヌヴィエーヴ・ド・セイトル・コーモン(Geneviève de Seytres Caumont)である。現在はペンシルベニア州フィラデルフィアにあるフィラデルフィア美術館に所蔵されている[1][2][3][4][5]。
作品

アングルは帝政様式の椅子に座ったトゥールノン伯爵夫人を描いた。美しい深い緑のベルベットのドレスを身にまとった伯爵夫人は、自信に満ちた、知性溢れる生き生きとした眼差しで鑑賞者を見つめている[4]。伯爵夫人は椅子の肘賭けにカシミアのショールをかけ、その上に右腕を置いている。頭部からはモスリンの刺繍されたヴェールが左腕に流れるように落ちている[3]。アングルは本作品において真実性と美化という相反する衝動の狭間で見事にバランスをとっている。アングルは決して美人ではなかった伯爵夫人を理想化することなく描いており[3]、膨らんだやや突き出た鼻や、目元や顎の下に見える肉体のたるみなど、60代に達しようとする女性を事実に基づいて忠実に記録した[2][3]。しかし伝記作家のアンリ・ラポーズは一方ではアングルが像主の年齢を示す身体の部位を巧みに隠していることを指摘した。たとえば額のしわはかつらと思われる巻き毛で隠しており、また伯爵夫人が身に着けた精巧なレースの襞襟は年齢が顕著に表れる首筋を覆い隠すだけでなく、二重あごが目立たないようにしている[2][3]。一方でむき出しの両腕は上質なモスリンのシュミゼットで覆われた胸元と際立った対比をなしている。伯爵夫人が自身の腕の美しさに誇りを持っていたことは想像に難くない[3]。たるみのない丸みのある肉付きと色白で艶やのある肌はまるで若い女性のそれである[2][3]。この腕をアングルは鑑賞者にもよく見ることができるように画面の前方に描いた[2]。
ドイツの美術史家ヴァルター・フリートレンダーは本作品の作風をその写実主義においてスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤの「グロテスクな」肖像画と重ね、「力強くかつ機知に富んだ醜さの情け容赦ない描写」であると断言した[3]。しかし両者の間には描写の率直さという点で共通しているものの、アングルの肖像画はゴヤの容赦のない辛辣さを欠いている。これに対し、美術史家ロバート・ローゼンブラムは、アングルの師であるジャック=ルイ・ダヴィッドが翌1813年に年老いた妻を描いた『ダヴィッド夫人の肖像』(Portrait de Madame David)の率直ではあるが共感的な描写と類似していることを指摘した[2][3]。
アングルはまた、カシミアのショールの優美な曲線、ベルベットのドレスの重厚な襞、左腕に流れ落ちるモスリンのヴェールというように、線と質感の繊細な遊びを画面全体で生み出した[3]。アングルはこの細部にいたる視覚的事実に異常なまでの存在感を与えることにより、社交界で磨かれた機知に富む貴婦人に直接接しているような感覚を鑑賞者に与えている。また豪奢なファッションが年齢に相応しい心地よい威厳をもたらしている点も巧みである[2]。さらに伯爵夫人の強い人柄を思慮深い描写から導き出している。伯爵夫人の誇りある身振り、真っ直ぐな視線、かすかな皮肉を帯びた微笑みを通して、知性と冷静さを備えた伯爵夫人の貴族的な物腰を見事に表現している[3]。
図像的には前年の1811年に描かれた素描による作品『パンクーク夫人の肖像』(Portrait de madame Panckoucke)との類似が指摘されている。両作品の像主のポーズはよく似ているが、若いパンクーク夫人は気取らない様子で椅子の片側隅に身体を預けるように座り、両手を遠慮がちに太股の上に置いているのに対し、ド・トゥールノン伯爵夫人はしっかりと腰掛けており、両腕を身体の横に楽な姿勢で下ろしている。アングルは若い女性を描く際に好んだコケティッシュなポーズや優雅な手の動きを避けており、代わりにルーヴル美術館に所蔵されている1805年の『フィリベール・リヴィエール氏の肖像』(Portrait de Monsieur Philibert Rivière)とよく似た男性的なポーズを選んだ[3]。とはいえ、この素描はパンクーク夫人の椅子に座ったポーズや四分の三正面像、ショール、首元の襞襟、左腕に垂れ下がるヴェールなどのファッション、夫人の見せるかすかな微笑みなど、本作品に取り入れることになる多くの要素を含んでいる[3]。
最後に本作品の注目すべき特徴として、ローゼンブラムはアングルが老いの兆しが見える女性に対して率直な描写を行うために、通常の肖像画で用いた心理学的屈折を捨てていることを指摘した。後にアングルは1832年の『ルイ=フランソワ・ベルタン氏の肖像』(Portrait de monsieur Louis-François Bertin)や晩年の自画像で同様の手法を用いた[2]。
来歴
肖像画は伯爵夫人の息子フィリップ=カミーユ=マルセラン=カジミール・ド・トゥールノン伯爵、相続人のジャン・ド・シャバンヌ=ラ=パリス伯爵(Comte Jean de Chabannes-la-Palice)に相続された。伯爵死後の1935年、伯爵家は肖像画をパリの美術商ポール・ローゼンバーグに売却した。これを同年8月29日に購入したのはアメリカ合衆国の美術収集家ヘンリー・プラマー・マキルヘニーであった。1986年、マキルヘニーはフィラデルフィア美術館に遺贈した[3][4]。
ギャラリー
- 関連作品
- ドミニク・アングルの素描作品『パンクーク夫人の肖像』1811年 ボナ美術館所蔵