ビワシンセイキ

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欧字表記 Biwa Shinseiki[1]
性別 [1]
ビワシンセイキ
欧字表記 Biwa Shinseiki[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1998年6月13日[1]
死没 2016年9月28日(18歳没)[2]
抹消日 2004年9月17日[1]
フォーティナイナー[1]
オシアナ[1]
母の父 Northern Dancer[1]
生国 日本の旗 日本北海道新冠町[1]
生産者 早田牧場新冠支場[1]
馬主 (有)ビワ[1]
調教師 松田博資栗東
競走成績
生涯成績 33戦10勝(総合)
21戦8勝(中央競馬
12戦2勝(地方競馬
[1]
獲得賞金 3億7171万8000円[1]
勝ち鞍
GIIIかきつばた記念2003年
GIIIとちぎマロニエカップ2003年
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ビワシンセイキ[1] (Biwa Shinseiki) は、日本競走馬、日本と韓国種牡馬。主な勝ち鞍に2003年かきつばた記念およびとちぎマロニエカップ

2001年3月、阪神競馬場の3歳未出走戦でデビューし初勝利。しかしその後は半年以上休養し、11月の復帰戦こそ12着と大敗の結果に終わるが、その後は常に5着以内に入る安定した走りをみせる。4戦目によりダート戦に転じ、4歳時2002年6月の500万下レース鶴見特別から4連勝でオープンに駆け上がり、オープン初戦のギャラクシーステークスも制して5連勝の余勢をかって東京大賞典に補欠1番手から繰り上がって出走、ゴールドアリュールの2着に入る[3][4]

5歳となった2003年は初戦の平安ステークスこそ4着に終わったが、続くフェブラリーステークスで再びゴールドアリュールの2着となり、続くかきつばた記念で重賞初制覇。その後帝王賞など3レースで2着3回、3着1回など勝ちあぐねた末、12月のとちぎマロニエカップで重賞2勝目を挙げた[5]2004年も一戦を除いて5着以内をキープし、3着を4度記録するなど勝ち味に遅くも安定したレースを続けていたが、8月にブリーダーズゴールドカップで3着となったあとに左前脚に屈腱炎を発症[6]し、その後社台ファームで療養した[7]ものの、9月17日付で競走馬登録を抹消[7]されて引退となった。[8]

競走成績

以下の内容は、JBISサーチ[8]およびnetkeiba.com[9]地方競馬全国協会[10]に基づく。

年月日競馬場競走名距離(馬場)頭数枠番馬番オッズ(人気)着順タイム
(上り3F)
着差騎手斤量
(kg)
勝ち馬/(2着馬)
2001.3.25 阪神 3歳未出走 芝1600m(良) 13 2 2 18.4(5人) 1着 1:37.8 (35.1) -0.4 安田康彦 55 (オペラシアター)
11.17 京都 3歳500万下 芝1600m(良) 12 3 3 28.2(9人) 12着 1:38.1 (36.5) 3.5 安田康彦 55 エプソムソルジャー
12.15 中京 矢作川特別 500 芝1800m(良) 16 6 11 34.2(8人) 4着 1:50.4 (37.6) 0.2 橋本美純 55 ベビーグランド
2002.1.13 京都 4歳上500万下 ダ1800m(良) 11 4 4 2.5(1人) 2着 1:52.6 (36.9) 0.2 藤田伸二 56 キュロドティグレ
1.26 京都 4歳上500万下 ダ1400m(良) 16 1 1 1.9(1人) 1着 1:24.0 (36.1) -1.2 藤田伸二 56 (インターアプローズ)
2.16 京都 4歳上1000万下 ダ1800m(良) 16 8 15 1.8(1人) 1着 1:53.1 (37.1) -0.4 藤田伸二 56 (コウエイシャープ)
3.16 阪神 甲南S 1600 ダ1800m(良) 14 4 5 3.1(2人) 4着 1:52.0 (38.1) 0.4 藤田伸二 56 ワンモアマイライン
4.7 阪神 梅田S 1600 ダ1800m(稍) 12 3 3 4.9(2人) 3着 1:51.3 (37.7) 0.9 藤田伸二 56 ホーマンベルウィン
5.3 京都 上賀茂S 1600 ダ1800m(良) 11 1 1 2.2(1人) 2着 1:51.2 (36.5) 0.0 藤田伸二 56 ドラゴンマックス
5.25 中京 名古屋城S 1600 ダ1700m(良) 16 7 14 1.9(1人) 3着 1:45.5 (38.0) 0.9 藤田伸二 56 ゲイリーエクシード
6.29 阪神 鶴見特別 1000 ダ1400m(良) 16 4 8 1.4(1人) 1着 1:24.2 (36.8) -0.1 安田康彦 57 (ファイトアフリート)
8.4 函館 噴火湾特別 1000 ダ1700m(良) 13 5 7 4.1(2人) 1着 1:45.9 (37.1) 0.0 藤田伸二 56 (ユレルオモイ)
10.20 京都 太秦S 1600 ダ1400m(稍) 14 7 12 4.4(2人) 1着 1:23.4 (36.5) 0.0 藤田伸二 53 ニホンピロサート
11.16 中山 秋嶺S 1600 ダ1800m(良) 16 1 2 3.6(2人) 1着 1:54.0 (38.4) -0.2 武豊 58 (アグネスアラシ)
12.7 阪神 ギャラクシーS OP ダ1400m(良) 16 5 10 1.4(1人) 1着 1:23.9 (36.3) -0.5 武豊 56 (ツルマルファイター)
12.29 大井 東京大賞典 GI ダ2000m(良) 16 3 6 (3人) 2着 2:05.9 (38.4) 0.3 横山典弘 57 ゴールドアリュール
2003.1.26 京都 平安S GIII ダ1800m(重) 15 4 7 1.5(1人) 4着 1:50.7 (37.1) 1.0 武豊 56 スマートボーイ
2.23 中山 フェブラリーS GI ダ1800m(稍) 16 4 8 8.5(3人) 2着 1:51.0 (38.3) 0.1 横山典弘 57 ゴールドアリュール
5.1 名古屋 かきつばた記念 GIII ダ1400m(良) 12 4 4 2.2(1人) 1着 1:25.5 0.0 横山典弘 56 スターリングローズ
6.4 船橋 かしわ記念 GII ダ1600m(重) 14 2 2 (1人) 10着 1:39.6 (39.2) 1.4 横山典弘 56 スターリングローズ
6.25 大井 帝王賞 GI ダ2000m(不) 15 5 8 (2人) 2着 2:05.5 (38.1) 0.9 横山典弘 57 ネームヴァリュー
7.21 盛岡 マーキュリーC GIII ダ2000m(不) 14 6 10 (1人) 2着 2:04.6 0.2 横山典弘 57 ディーエスサンダー
9.30 上山 さくらんぼ記念 GIII ダ1800m(稍) 12 1 1 (1人) 2着 1:56.2 0.3 横山典弘 57 ストロングブラッド
11.1 東京 武蔵野S GIII ダ1600m(良) 16 6 12 6.8(5人) 8着 1:37.7 (38.2) 1.5 安田康彦 57 サイレントディール
11.24 笠松 全日本サラブレッドC GIII ダ1400m(稍) 10 7 7 (2人) 3着 1:27.2 1.1 横山典弘 57 レジェンドハンター
12.9 宇都宮 とちきマロニエC GIII ダ1400m(稍) 12 6 8 2.8(2人) 1着 1:26.7 -0.3 横山典弘 57 (ストロングブラッド)
12.29 大井 東京大賞典 GI ダ2000m(良) 16 2 3 (3人) 3着 2:04.4 (39.7) 0.7 横山典弘 57 スターキングマン
2004.1.25 京都 平安S GIII ダ1800m(良) 15 3 4 2.7(1人) 3着 1:51.6 (37.2) 0.3 武豊 57 タイムパラドックス
5.3 名古屋 かきつばた記念 GIII ダ1400m(稍) 12 1 1 (1人) 3着 1:25.1 0.1 横山典弘 57 マルカセンリョウ
5.23 中京 東海S GII ダ2300m(良) 16 5 10 10.2(5人) 4着 2:24.5 (38.5) 0.8 横山典弘 57 アンドゥオール
6.20 阪神 プロキオンS GIII ダ1400m(良) 15 3 4 5.9(3人) 7着 1:23.2 (36.2) 0.9 安田康彦 57 ニホンピロサート
7.19 盛岡 マーキュリーC GIII ダ2000m(良) 13 5 6 (2人) 3着 2:05.8 0.0 横山典弘 57 スナークレイアース
8.12 旭川 ブリーダーズゴールドC GII ダ2300m(良) 9 7 8 (4人) 3着 2:32.7 1.3 横山典弘 56 タイムパラドックス

種牡馬時代

2005年よりレックススタッドで供用[7]。この年は受胎確認後30万円の条件で24頭に種付けを行い、その後16頭が血統登録されている[11]。しかし日本での供用はこの年のみで、同年末に韓国への輸出が決まり[12]済州道西帰浦市のプルン牧場で繋養されることになった。

2008年には日本に残した唯一の世代である初年度産駒が競走馬デビューし、7月27日水沢競馬場で行われたビギナーズカップでワタリシンセイキが産駒の中央競馬地方競馬を通じた初勝利を記録している[11]。さらにワタリシンセイキは10月19日若駒賞も制し、産駒の中央、地方を通じた重賞競走初勝利も記録した。

一方、韓国輸出後の2006年以降の種付け頭数は例年30頭台で推移していた。2009年に韓国での初年度産駒がデビュー。2010年は韓国での初年度産駒タンデブルペが韓国GI制覇を成し遂げるなどの活躍で、2世代のみの出走ながら韓国リーディングサイアーランキングで8位となる。産駒の活躍にともない、この年の種付け頭数は61頭と大幅に増加した。しかしその後の繁殖成績は振るわず種付け頭数も徐々に減少。2016年9月28日に死亡したことが、その2日後に死亡したイーグルカフェの訃報とともに10月19日付で韓国馬事会より明らかにされた[2]

おもな産駒

血統表

脚注

参考文献

外部リンク

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