フジサイレンス

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欧字表記 Fuji Silence[1]
性別 [1]
フジサイレンス
欧字表記 Fuji Silence[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 黒鹿毛[1]
生誕 2000年4月16日[1]
死没 2017年9月20日(17歳没)[2]
抹消日 2009年7月12日[3]
フジキセキ[1]
ダイワラブリー[1]
母の父 マルゼンスキー[1]
生国 日本の旗 日本北海道様似町[3]
生産者 清水スタッド[1]
馬主 浅野恭秀[1]
調教師 田子冬樹美浦
矢野英一(美浦)[1]
競走成績
生涯成績 68戦8勝[1]
平地:67戦8勝
障害:1戦0勝
獲得賞金 1億8851万9000円[1]
勝ち鞍
GIII東京新聞杯2006年
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フジサイレンス(欧字名:Fuji Silence2000年4月16日 - 2017年9月20日)は、日本競走馬[1]。主な勝ち鞍に2006年東京新聞杯

馬名の由来は、父名の一部+父父名の一部[3]

2002年12月8日、中山競馬場4Rの2歳新馬戦(ダート1200m)デビューし、9着。2003年の2月9日、通算4戦目となった3歳未勝利戦で待望の初勝利を収めた。条件戦で2勝目を挙げた後、重賞初挑戦で出走したニュージーランドトロフィーは見せ場なくブービー15着に惨敗。その後は条件戦で出走を重ねた。

5歳となった2005年シーズン、2月12日のバレンタインステークスの勝利をもってオープンクラスに昇格。5月1日の谷川岳ステークスでオープン戦初勝利を挙げた。しかし、その後は重賞で連戦連敗が続いた。

2006年シーズンは2戦目として1月28日の東京新聞杯に出走。11番人気の伏兵評価ながら、大外一気の末脚で先行勢をまとめて交わし、念願の重賞初優勝を果たした[4]

しかし、結果的に東京新聞杯が最後の勝利となった。9歳となった2009年シーズンまで現役を続けるが、3着以内に入ることは一度も無く、7月12日付で競走馬登録を抹消・引退した。

引退後は栃木県のオリンピア乗馬クラブにて乗馬となった[5]。2011年からは那須塩原市のブレーヴステイブルにて功労馬として繋養された。2017年9月20日、死亡[2]。17歳没。

競走成績

血統表

脚注

外部リンク

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