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マイク・アビレス

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生年月日 (1981-03-13) 1981年3月13日(45歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
205 lb =約93 kg
マイク・アビレス
Mike Avilés
デトロイト・タイガース時代
(2016年5月13日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク
生年月日 (1981-03-13) 1981年3月13日(45歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション ユーティリティプレーヤー(主に遊撃手、三塁手、二塁手、外野手)
プロ入り 2003年 MLBドラフト7巡目(全体192位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名
初出場 2008年5月29日
最終出場 2017年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム プエルトリコの旗 プエルトリコ
WBC 2009年、2013年、2017年
獲得メダル
男子 野球
プエルトリコの旗 プエルトリコ
ワールド・ベースボール・クラシック
銀2013野球
銀2017野球

マイケル・アンソニー・アビレス(Michael Anthony Avilés, 1981年3月13日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク出身の元プロ野球選手(ユーティリティプレーヤー)。右投右打。

叔父にフィラデルフィア・フィリーズなどでプレーしたラモン・アビレス(英語版)がいる。

プロ入りとロイヤルズ時代

カンザスシティ・ロイヤルズ時代
(2011年5月24日)

2003年のMLBドラフト7巡目(全体192位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名を受け、プロ入り。同年、ルーキー級アリゾナリーグ・ロイヤルズでプロデビューした。

2004年はA+級ウィルミントン・ブルーロックス、2005年はAA級ウィチタ・ラングラーズ、2006年はAAA級オマハ・ロイヤルズと昇格していった。

2007年にはロイヤルズ傘下の最優秀マイナー選手に選出された[1]。

2008年5月にビリー・バトラーのマイナー降格に伴ってメジャー昇格を果たし、5月29日のミネソタ・ツインズ戦でメジャーデビュー[1]。6月以降、月間打率は3割を下回ることなく、シーズンを終え、102試合の出場で打率.325・10本塁打・51打点を記録。ロイヤルズ最優秀選手やTopps ルーキーオールスターチーム(英語版)に選出されたり[2]、ハンク・アーロン賞の候補になった[3]。新人王の投票では4位に入った。

2009年開幕前の3月に開催された第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、両親がプエルトリコ出身であることから[4]、プエルトリコ代表に選出された。

シーズンでは5月に右肘を痛めてトミー・ジョン手術を受けシーズンを終える。

2010年は開幕からメジャーのロースター入りするも、2試合に出場後、マイナーでの調整を言い渡され、5月4日にメジャー復帰。主に二塁手として起用された。

レッドソックス時代

ボストン・レッドソックス時代
(2011年9月26日)

2011年は主に三塁手として起用される。7月30日にヤマイコ・ナバーロ、ケンドール・ボルツとのトレードで、ボストン・レッドソックスに移籍。

2012年はマルコ・スクータロ、ジェド・ラウリーの放出によって遊撃のレギュラーとなり、低出塁率の傾向は相変わらずだったが、初の規定打席到達を果たした。

インディアンス時代

クリーブランド・インディアンス時代
(2015年4月8日)

2012年10月21日にデビッド・カーペンターとジョン・ファレル監督との1対2のトレードで、トロント・ブルージェイズに移籍した[5]。11月3日にはエスミル・ロジャースとのトレードで、ヤン・ゴームズと共にクリーブランド・インディアンスに移籍した[6]。

2013年開幕前の3月に開催された第3回WBCのプエルトリコ代表に選出され[7]、2大会連続2度目の選出を果たした。

シーズンでは内野のユーティリティとして124試合で起用された。打撃では、打率.252・9本塁打・46打点・8盗塁という成績を残した。守備では主に三塁(56試合)と遊撃(46試合)を守り、三塁でのDRSは - 5だったが、遊撃では(プラスマイナス無)を記録した。

2014年も同様の役割を担い、113試合で打率.247・5本塁打・39打点という打撃成績をマーク。盗塁は、自身4度目となるシーズン14盗塁を決めた。守備では、この年から外野の守備に就く機会も増え、捕手と一塁手以外の全ポジションを守った。三塁ではややエラーが多めだったが、無難な守備を見せた[8]。

2015年は、白血病で闘病中の4歳の愛娘・アドリアナの看病のため、7月に一時的に長期離脱する事を決意。そのため、4年ぶりに出場試合数が100未満に終わり、98試合出場だった。打撃では、打率.231・5本塁打・17打点という成績を残し、打率は2年連続で低下した。守備では、2014年と同じような内容を示した。同年11月2日にFAとなった[9]。

タイガース時代

2015年12月18日にデトロイト・タイガースと1年200万ドルで契約を結んだ[10]。

タイガース退団後

2016年8月16日にエリック・アイバーとのトレードで、ケイド・シビキーと共にアトランタ・ブレーブスへ移籍した[11]が、翌17日にDFA[12]、21日に自由契約となった。

2017年2月8日に第4回WBCのプエルトリコ代表に選出され、3大会連続3度目の選出となった[13]。3月22日の決勝アメリカ合衆国戦に敗戦し、2大会連続で準優勝となった[14]。

その後、5月4日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだ。傘下のAAA級ニューオーリンズ・ベビーケークスで1試合出場後、5月12日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[15]。だが、3試合で5打数無安打と結果を残せず、5月17日にDFA、19日に40人枠を外れる形でAAA級ニューオーリンズへ配属された。7月25日に再びメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした。この年メジャーでは37試合に出場して打率.233・1本塁打・8打点の成績を残した。オフの11月2日にFAとなった[16]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2008 KC 102441419681362741020151830218425812.325.354.480.833
2009 3612712010223113081021400263.183.208.250.458
2010 110448424631291638175321450320014913.304.335.413.748
2011 5320218514411135733110233902275.222.261.395.656
BOS 3810710117326024484211400173.317.340.436.775
'11計 913092863173173711739144441302448.255.289.409.698
2012 136546512571282801319560146362302776.250.282.381.663
2013 CLE 1243943615491150913346857815034111.252.282.368.650
2014 113374344388516151183914511513014910.247.273.343.616
2015 98317290376710059217315120013818.231.282.317.599
2016 DET 6818116717355114562230902275.210.258.269.528
2017 MIA 3797865202012580030622153.233.298.291.589
MLB:10年 91532343009380786139136011313067831383014161642489.261.295.376.671

年度別守備成績

内野守備
年
度
球
団
一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)遊撃(SS)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2008 KC -282633051.000733001.000911412381065.974
2009 --20000----345192429.973
2010 -871832581140.97652110.75013182925.959
2011 -204556316.97124134863.910641012.933
BOS -754011.0002273021.9498321011.000
'11計 -275060317.97346207884.9251473113.974
2012 -213001.000103001.0001282073691589.975
2013 CLE -12133115.97856296336.9684655106426.976
2014 -335286119.99336214971.909152137071.000
2015 -11113918.98028173553.912231952310.959
2016 DET -10721031.00093931.80064724.846
2017 MIA 220001.0006619051.000607001.000151435081.000
MLB 220001.00021634955017102.981196952482715.92738553799641246.974
外野守備
年
度
球
団
左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2011 BOS 140001.000-410001.000
2013 CLE 4120001.000-110001.000
2014 27251011.000310001.000320001.000
2015 3449110.980550001.00010000----
2016 DET 841001.000110001.0003235110.973
2017 MIA --10000----
MLB 7494311.990970001.0004239110.976

表彰

背番号

  • 30(2008年 - 2010年)
  • 13(2011年 - 同年途中)
  • 3(2011年途中 - 2012年)
  • 4(2013年 - 2015年)
  • 14(2016年)
  • 12(2017年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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