マティアス・エクストローム
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| マティアス・エクストローム | |
|---|---|
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2018年4月 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1978年7月14日(47歳) |
| 出身地 | ダーラナ地方、ファールン |
| 基本情報 | |
| 世界ラリークロス選手権での経歴 | |
| デビュー | 2014 |
| 所属 | EKS Audi Sport |
| 車番 | 5 |
| 出走回数 | 49 |
| 優勝回数 | 11 |
| 基本情報 | |
| DTMでの経歴 | |
| 活動時期 | 2001–2018 |
| 過去所属 | Abt Sportsline |
| 出走回数 | 217 |
| 優勝回数 | 25 |
| ポールポジション | 20 |
| ファステストラップ | 17 |
| 基本情報 | |
| FIA ERX Supercar Championshipでの経歴 | |
| 活動時期 | 2013–2014 |
| 過去所属 | Marklund Motorsport |
| 出走回数 | 3 |
| 優勝回数 | 1 |
| シリーズ最高順位 | 10th (2014) |
| 基本情報 | |
| STCCでの経歴 | |
| 活動時期 | 1997–2000 |
| 過去所属 |
Volvo S40 Racing Team Sweden Kristoffersson Motorsport Troberg – Rydell Junior Team |
| 出走回数 | 55 |
| 優勝回数 | 11 |
| ポールポジション | 6 |
| ファステストラップ | 9 |
| 過去参加シリーズ | |
| 1995–1996 | Renault 5 Junior Sweden |
| 選手権タイトル | |
| 2016 2004, 2007 1999 1996 |
世界ラリークロス選手権 DTM STCC Renault 5 Junior Sweden |
| Template:Infobox WRC driver | |
マティアス・エクストローム(Mattias Ekström、1978年7月14日 - )は、スウェーデンのファールン出身のレーシングドライバー。サーキット・オフロードの双方で輝かしい結果を残している。主にフォルクスワーゲングループのドライバーとして活躍する。
アウディを駆りFIA世界ラリークロス選手権で世界チャンピオン1回、ドイツツーリングカー選手権(DTM)でチャンピオン2回、電動ツーリングカーワールドカップ(Pure ETCR)ではクプラを駆り初代チャンピオン、レース・オブ・チャンピオンズでは優勝4回の実績を誇り、セバスチャン・ローブ、ディディエ・オリオールに並ぶ最多勝タイとなっている。
世界ラリー選手権(WRC)のトップカデコリーにもシュコダ・ファビアWRCを駆ってスポット参戦した経験があり、複数回ポイントを獲得している。
2022年現在はアウディから世界ラリーレイド選手権(W2RC、ダカール・ラリーを含む)とエクストリームEに参戦している。
1993年にカートでデビュー。翌年、ルノー5ターボカップに出場し、1996年に優勝。母国のスウェーデンツーリングカー選手権(STCC)に1997年よりボルボ・S850で参戦を開始して、デビューシーズンながらシリーズ2位を獲得。1998年に彼はフォード・モンデオを運転し、4つの表彰台を獲得。1999年には、アウディに移り、アウディ・A4でシリーズチャンピオンを獲得した。2000年シーズンは再びボルボに戻って、ボルボ・S40をドライブしてタイトル獲得はならなかったものの、シリーズ3位を獲得した。

2001年からは、アプトジュニアチームに加わり、ドイツツーリングカー選手権に活躍の場を移し、アウディ・TTを運転して、彼はデビューシーズンで8位、2002年に3位、2003年に4位に。2004年はルセデスのライバルであるゲイリー・パフェットとクリスチャン・アルバースを破り年間チャンピオン、2005年のDTMシーズンでは、パフェットに次いで2位に。2007年には2度のシリーズチャンピオンを獲得した[1]。またマティアスは、サーキットレースだけではなく、世界ラリー選手権(WRC)や世界ラリークロス選手権でも活躍しており、DTMと平行して参戦。1999年にWRCでデビューし、2005年のスウェーデン・ラリーで最高の成績を記録し、シュコダのファクトリーチームでファビアWRCで10位に入賞。[2] 2005年のレース・オブ・チャンピオンズで、エクストロームはトム・クリステンセンと共にネイションズカップで優勝。2006年には前年王者セバスチャン・ローブを決勝で破り初優勝。2007年はミハエル・シューマッハも破って連覇した。

欧州ラリークロス選手権ではスウェーデンのラウンドに出場。2013年に、ホーリエスでフォルクスワーゲン・ポロで出場、父ベングトの足跡に続く。その後、世界ラリークロス選手権(WorldRX)に出場するために自分のEKS RXチームを設立すると発表[3]。 チームは2014年の世界ラリークロス選手権シーズンのノルウェー戦でデビュー、2013年の世界ラリーチャンピオンのポンタス・ティデマンドとのペアでアウディ・S1を投入した[4]。

WRCでは苦戦を強いられたものの、World RXでは2016年にタイトルを獲得した。2017年もDTMの3度目のタイトル獲得の可能性を残しレネ・ラストと最終戦まで争ったが、惜しくもシリーズ2位となった。2018年シーズンは開幕戦のみエントリーし、この年DTM引退を発表した[5]。今後は、ラリークロスに専念するとした[6][7]。

2010年6月にNASCARスプリントカップシリーズに参加した最初のスカンジナビア人ドライバーとなった。彼はロードコースのインフィニオンレースウェイでチーム・レッドブルから、血栓で欠場していたNo。83 トヨタ・カムリのブライアン・ビッカーズの代役としてスポット参戦。21位でフィニッシュすることができ、7ラップをリードしてほとんどトップ5またはトップ10に留まった[8]。しかし同時に参戦していたデンマーク人のヤン・マグヌッセンが最終的にはエクストロームの前でフィニッシュしている。オーバルのリッチモンドインターナショナルレースウェイでエアガード400にも参戦したが、42台中で31位に終わった。
エクストロームは世界で最も汎用性の高いドライバーの1人として広く認識され、2013年に「ワイルドカード」エントリーでアンディ・プリオールとともに豪州バサースト1000に参戦。エントリーは19台になり、10位に。元1000勝者のコメンテーターであるマーク・スカイフは努力を称賛し、「私が見た最高のデビュー選手の一人」であり、「 ジャッキー・イクス以来の最高の国際ドライバー」であると述べた(イクスは1977年にアラン・モファットとのデビュー戦で優勝している)。また同年、豪州V8スーパーカーや米国グローバル・ラリークロスにもスポット参戦している。

2020年のみWorld RXのスーパーカークラスにフル参戦で復帰。2020年にランキング2位につけた。2021年はセアト・イビーサで同選手権にスポット参戦した他、シュコダ・ファビアR5でWRC2ラリー・フィンランドにスポット参戦した。また電動オフロードレースのエクストリームE、電動ツーリングカーのeTCRの両方にクプラ(セアトの高性能車ブランド)のワークスチームからフル参戦し、前者はランキング6位、後者はチャンピオンという結果を残した。なお後者ではチーム代表も兼任していた。

2021年にX-raid・ヤマハの軽量プロトタイプでダカール・ラリーに初挑戦。コ・ドライバーは2018年JWRCドライバーズチャンピオンのエミル・ベルグヴィスト。デビュー年はリタイアに終わった。2022年からは新規に四輪部門にワークス参戦するアウディに加入し、カルロス・サインツ、ステファン・ペテランセルという2大レジェンドと共に参戦。初年度でステージウィンを飾り、全員マシントラブルという中で初年度ながらアウディ勢最上位でフィニッシュしら。2023年は2人がリタイアに追い込まれる中、エクストロームが唯一アウディ勢で完走を果たしている。W2RC(世界ラリーレイド選手権)にはグループT3のCan-Amのプロトタイプ車両で参戦している。
2023年レース・オブ・チャンピオンズではヨハン・クリストファーソン、ティエリー・ヌービル、ミック・シューマッハを破り4度目の優勝を果たした。この決勝のウィニングランで、マシン(ポラリス・RZR プロXP)内部に小規模な火災が発生したのをグローブで叩いて消すという一幕があった[9]。前年欠場のエクストリームEには、アウディでの誼で負傷し欠場するサインツの招聘に応じて参戦。開幕戦でアクシオナ|サインツXEチームを初優勝に導いた。