1970年のテレビ (日本)
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1970年のテレビ(1970ねんのテレビ)では、1970年(昭和45年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
- 地方の民放UHFテレビ局がこの年10局開局。(「#開局・放送開始」の項を参照)
- 特に4月1日に開局した8局は全て、今まで民放テレビが1局しか視聴できなかった地方地域が、開局により2局の民放テレビが視聴できるようになった地域である。
- NET(当時。後のテレビ朝日)のニュースネットワーク「ANN(オールニッポン・ニュースネットワーク)」が1月1日に結成・発足。
- 発足当初、加盟局はNETを含め計12局。その後、UHF新局の開局により加盟局が増加する。
- これに伴い、いままでNETで放映していた『NETニュース(朝日新聞制作)』は、全て『ANNニュース』に変更・統一する。
- テレビ番組
- この年からは、ほとんどの新番組・特別番組がカラー放送となる(特記がある以外は全部カラー)。
- 日本万国博覧会(大阪万博)が開催。期間中、開会式・閉会式を始め、多数の関連番組が放送。
- 民放では、開会式『幕開く日本万国博』と閉会式『さよなら日本万国博』が、日本の民放史上初めて、当時の民放テレビ局全局に於いて同時生放送を行った。
- NHK総合
- NHK教育、学校放送番組で、幼児向け工作番組『できるかな』が放送開始。1990年3月9日まで続いた。
- TBS、局の看板となるドラマ『時間ですよ』(第1シリーズはモノクロ)、『大岡越前』、『ありがとう』がこの年放送開始。後に『ありがとう』は、1972年12月21日の放送にて、TBS歴代はもとより、民放ドラマ史上最高の視聴率56.3%(関東地区・ビデオリサーチ調べ)を記録した[1](後にTBS歴代最高視聴率は、2010年6月29日放送の「2010FIFAワールドカップ 日本×パラグアイ」の57.3%(関東地区・ビデオリサーチ調べ)に更新される[1])。
- 東京12チャンネル( → テレビ東京)で、時代劇『大江戸捜査網』が放送開始。1984年9月29日まで累計14年続く長寿シリーズとなり、同局の看板時代劇となる。
- 地方局では、青森放送で日本初のローカルワイドニュース番組『RABニュースレーダー』が放送開始。ローカルワイドニュース番組の先駆けとなる。
- 上記の他、局の看板となる、以下の番組が放送開始。
- カラー放送化
- この年と翌年は全国番組の全面カラー化に向けて、モノクロ番組のカラー化が最も顕著な2年となる。
- この年、4月に日本テレビが、10月にはTBS、フジテレビ、NETがゴールデンタイムの全国ネット番組を全面カラー化。[2]
- この年から、民放の朝・昼の平日・土曜日の生ワイドショーのカラー化が相次ぐ。1月3日開始の毎日放送・NET系の新番組『八木治郎ショー』を皮切りに、3月にはNET系『奈良和モーニングショー』が、4月にはフジテレビ系の『小川宏ショー』『3時のあなた』が各々レギュラーでのカラー放送を開始、関西テレビ・フジテレビ系の『ハイ!土曜日です』もカラー化された。
- 年末には、TBS系列『ベルトクイズQ&Q』がカラー放送となったのを契機に、翌年にかけて、民放の平日の正午の時間帯の帯番組のカラー放送化が進む様になる。
- また、大都市を除く地方のNHKや民放のローカルニュース、ローカル番組のカラー放送開始や、スタジオカラーカメラ、カラー中継車の導入が、この年から相次ぐ様になる。
- NHK教育テレビでは、4月の新年度から小学校全学年の理科教室のカラー化が完了、他にも『大きくなる子』『うたいましょうききましょう』『おとぎのへや』という幼稚園・小学生向けの番組もカラー化された。
- 上記を除いては、以下の主なレギュラー番組が年内に毎回カラー放送となる(年内開始番組・特別番組等を除く)
- NHK総合:『四つの目』、『国会中継』、『ゆく年くる年』
- 日本テレビ:『おはよう!こどもショー』
- TBS:『お笑い頭の体操』、『キイハンター』、『ケンちゃんシリーズ』
- フジテレビ:『新春スターかくし芸大会』、『オールスター紅白大運動会』
- NET:『鬼平犯科帳』、『レディズ・チャレンジボウル』、『日曜演芸会』、『大正テレビ寄席』
- 東京12チャンネル:『牧伸二のサアお立合い!』
- 毎日放送:『素人名人会』、『ヤングおー!おー!』
- 中部日本放送(CBC):『どんぐり音楽会』、『キユーピー3分クッキング(CBCテレビ版)』[注 1]
- 10月現在の在京民放キー局の1日平均のカラー放送時間及び全放送時間に対する比率(NHK年鑑'71 5ページに記載)
- 音声多重のステレオ実験放送が開始。
- 8月9日、NHKが総合テレビのクラシック音楽番組『NHKコンサートホール』にて、東京地区のみ、日本初の音声多重ステレオ放送の実験放送を開始。同番組では、同月23日にも東京地区のみでステレオで放送した。
- 技術
番組関係のできごと
この年からはカラー放送の割合が半分を超える為、特記がない限り、原則カラー放送。
1月
- 1日
- NHK総合、万博会場を含む年始リレー中継番組『万国博の年明ける ~万国博会場,東京,名古屋,北海道,北九州,鹿児島を結んで~』を放送。[6][7][8]
- フジテレビ系で初の90分単発特別番組枠『木曜スペシャル』[注 2](木曜20:00 - 21:26)を開始。初回は新春恒例『新春スターかくし芸大会』を19:00 - 21:26で放送、そして3月26日放送の最終回では『オールスター紅白大運動会』を放送、『かくし芸』と『大運動会』は共に初のカラー放送で、更に『大運動会』は初の90分放送となる。この後木曜20時枠は定時番組は置かず、プロ野球中継または映画番組を編成、一方4月7日には火曜20:00 - 21:26に、かつて1967年11月 - 1968年3月に土曜20時で放送された『テレビグランドスペシャル』を、90分枠として復活、その後10月2日には木曜20:00に移動( - 1972年9月)、その移動初回には『大運動会』を放送、以後『大運動会』は1974年まで春秋開催となる。
- NET系、自社のニュースネットワーク「ANN(オールニッポン・ニュースネットワーク)」が元日に結成・発足した[6][9]のを受け、今までNETで放映していた『NETニュース(朝日新聞制作)』は、全て名称を『ANNニュース』に変更・統一する。[10][11]
- 1・2日 - NET系がこの2日間、自局の平日のワイドショーである『奈良和モーニングショー』と『桂小金治アフタヌーンショー』が共に初めてのカラー放送を特別に実施[12](3日は土曜日で番組自体がお休み)。その後、前者は3月23日に、後者は翌年の元日から毎回カラー放送となる。
- 3日 - 毎日放送・NET系、土曜日朝のトーク中心のワイドショー『八木治郎ショー』放送開始。放送業界の全面カラー化への動きを受け、民放のワイドショーでは初の初回から毎回カラー放送を実施[13]。1975年4月5日からTBS系へのネットチェンジを経て、1980年10月4日に『八木治郎ショー・いい朝8時』に改題し、1983年4月18日に八木が急逝したことを受け、同年4月23日・30日に追悼特番が組まれ番組が終了するまで、13年4ヶ月弱も続いた。
- 4日
- 5日 - よみうりテレビ制作・日本テレビ系列の視聴者参加型歌手オーディション番組『全日本歌謡選手権』[注 3]を放送開始。五木ひろしや八代亜紀などを輩出した( - 1976年12月)。
- 7日 - NHK総合で、米CBS制作によるドリス・デイ主演のドラマ『ママは太陽』が放送開始(翌1971年8月20日終了)。東京・大阪地区では、日本初の音声多重放送(当時は実験放送)のレギュラー番組として放送(2か国語放送)。[15][16][17]
- 8日
- NHK総合、海外取材番組『巨大科学』放送開始( - 2月19日、及び同年11月5日 - 翌1971年2月16日。各7回)。[6][18]
- よみうりテレビ制作・日本テレビ系、ドラマ『細うで繁盛記』第1期放送開始( - 1971年4月1日、全65回。作:花登筐、出演:新珠三千代・高島忠夫・浪花千栄子 ほか)[6]。当初、半年という放送予定期間が視聴率が好調の為数度延長し、1年3ヶ月に及ぶ長編テレビドラマとなった。近畿地区では最高視聴率38.0%を記録、地方では70%超を記録するネット局もあった[19]。これらを始めとする好評を受け続編が作られ、1972年1月6日 - 1973年3月29日に第2シリーズ(全65回)、1973年8月23日 - 1974年2月14日に『新・細うで繁盛記』(全26回)が放送された(同番組の項目も参照)。
- 10日
- 17日 - フジテレビ系、1週間前(10日)に放送を開始したクイズ番組『クイズ・キングにまかせろ!』( - 3月28日)で、この日の放送で出た優勝賞品が「贈与税込み1000万円(当時)の3LDKマンション」で世間を騒がせ、同月24日に公正取引委員会から賞品過大との警告を受け、フジテレビは同月28日、同商品を決戦出場者12人[注 4]の共有方式に変更する。[6][9]
- 28日 - NHK総合、1952年5月1日の第23回メーデーにおいて、暴徒化したデモ隊と警察部隊とが衝突した「血のメーデー事件」の、東京地裁による判決がこの日言い渡されるの受け、同地裁前から、特別番組『メーデー事件東京地裁判決』を中継放送。[6][22][23]
2月
- 4日 - TBS系、今まで『東芝日曜劇場』で単発シリーズドラマとして放送してきた『時間ですよ』が、この日から連続ドラマ番組として放送開始( - 8月26日、全30回。脚本:向田邦子 ほか、演出:久世光彦、出演:森光子・堺正章・悠木千帆(後の樹木希林) ほか)。後にシリーズ化され、高視聴率を維持し続けた[6]。尚、この第1シリーズはモノクロ放送だったが、1971年7月21日開始の第2シリーズからはカラー放送となっている。
- 11日 - NHK総合がこの日、初の国産衛星「おおすみ」打ち上げの特別番組を4部構成で放送。第1部は『初の国産衛星めざして』[24]、第2部は『成るか初の国産衛星』[25]、第3部は『成功した国産衛星』で同成功の記者会見の模様を[26]、第4部は『成功した日本の人工衛星』[27]とそれぞれ題し放送。第1・2部は東京のNHKスタジオと鹿児島県内之浦・鹿島電波研・沖縄・NASA(ワシントン)を、第3部は内之浦と東京NHKスタジオをそれぞれ結んで放送。尚、番組は第1部がカラー放送、他は全てモノクロ放送だった。[6][28]
- 16~18日 - NHK総合、朝の生活情報番組『こんにちは奥さん』で、3日間に渡り「母と子の性教育を考える」を放送。[6]
- 16~20日 - NHK総合、『海外取材番組』で「EXPO '70への道」を5日間に渡って放送。[6]
- 26日 - NHK総合、『海外取材番組』で「世界と安全保障」が放送開始( - 4月2日、全6回)。[6]
3月
- 1日 - NHK総合(及びラジオ第1)、ラジオ第1で1947年7月6日に放送開始した『のど自慢素人演芸会』が、この日を以って終了(モノクロ放送)。翌月12日から、『NHKのど自慢』(モノクロ放送)に改称し、内容・演出を歌中心などに改めて再出発する。[6]
- 2~6日 - NHK総合、『海外取材番組』で「ひとつの世界」を5日間に渡り放送。[6]
- 14日 - 日本万国博覧会(大阪万博)開会式をNHK総合・民放全局で生中継。[6]
- NHK総合では、『世界はひとつ―日本万国博覧会開幕―』を3部構成で9時30分から2時間40分に渡り放送。第1部「オープニング」ではお祭り広場紹介、変り行く地元大阪の表情、万国博の歴史を放送、第2部「これが万国博だ」では各国展示館を紹介、 第3部「式典中継」では開会式の模様をお祭り広場から中継、この部のみ東京・大阪では音声多重2か国語放送を実施した。[6][29]
- 民放では日本民間放送連盟の制作で、『幕開く日本万国博』(総合司会:黛敏郎)と題して、当時の民放テレビ局全78社(開局前のサービス放送・試験放送を行っている局も含む)が10時30分から3時間に渡り同時生放送を行った。民放テレビ局全局が全く同じ番組を生放送するのは史上初めてである(詳細は、番組の項を参照)。[6][30][31]
- 16日 - TBS系ナショナル劇場(後のパナソニック ドラマシアター)枠で、加藤剛主演の時代劇『大岡越前』(第1作)がこの日から放送開始( - 9月21日)。『水戸黄門』と共に1999年に終了するまで同枠を代表するシリーズとして親しまれた。
- 23日 - NET系、『奈良和モーニングショー』が、この日から毎回カラー放送となる[32]。これを機に、民放の平日帯ワイドショー番組のレギュラーでのカラー放送化が進む。
- 30日
- TBS=JNN系、この日から、『JNNニュース』及び『TBSニュース』(関東ローカル)の未だカラー化されていなかった早朝時間帯等が全面カラー放送化[33]。これにより、JNN協定に基づくTBSのニュース番組での全時間帯でのカラー放送化が完了[注 5]。
- フジテレビ系で視聴者参加型のクイズ番組『クイズグランプリ』を放送開始( - 1980年12月26日)。
- 中部日本放送(CBC)(多くのTBS系地方局でネット)、自社制作版による『キユーピー3分クッキング』が、(日本テレビ版より2年遅れて)この日からカラー放送となる。[注 1][3][34]
- NET系、早朝時間帯放送の『ANNニュース(協力・朝日(新聞))』がカラー化[33]。これにより、毎週日曜日の『朝日新聞テレビ夕刊』(翌1971年1月3日カラー化[35])を除き、NETのニュース番組での全時間帯がカラー化。
- 31日 - よど号ハイジャック事件がこの日発生。翌月の5日まで、NHK・民放各局で通常番組を一部休止し、随時ニュース速報や関連の報道特別番組を放送。[6][31]
4月
この月から、日本テレビ系のゴールデンタイムに於ける全国ネット番組が、原則全面カラー放送となる。[2]
- 1日
- 日本テレビ系、ドキュメンタリー番組『ノンフィクションアワー』放送開始( - 1972年6月24日)。[6]
- フジテレビ系
- 『小川宏ショー』と『3時のあなた』がこの日から共に毎回カラー放送となる[36]。共に以前は特別にカラー放送になった回はあるものの、漸くレギュラーでのカラー放送となった。
- FNNテレビ朝刊がこの日からカラー化[36]。これにより、フジテレビのニュース番組での全時間帯でのカラー放送化が完了。
- 朝の子供番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』が、この日より『みんなであそぼう!ピンポンパン』と改題。1971年10月2日までこの題名となり、同年10月4日より『ママとあそぼう!〜』に復題する。(この改題時点では未だモノクロ放送、翌年4月1日からカラー放送となる[37]。)
- 高森朝雄・ちばてつや原作のボクシングアニメ『あしたのジョー』が放送開始( - 1971年9月29日)。[6]
- 青森放送(RAB)で、日本初のローカルワイドニュース番組『RABニュースレーダー』が放送開始[6][31]。当初は朝の放送だったが、後に夕方に移動し、2022年現在も続く長寿番組となる。
- 2日 - TBS系で、平岩弓枝脚本のテレビドラマ『ありがとう』の第1シリーズが放送開始( - 10月22日。水前寺清子主演)[6]。1975年まで全4シリーズが制作された。
- 4日
- フジテレビ系で、終了した『コント55号の世界は笑う!』の後番組として、同じコント55号(萩本欽一・坂上二郎)によるコントバラエティ番組『コント55号のやるぞみてくれ!』を土曜20時枠で放送開始。しかし、わずか2ヶ月で打ち切られ( - 5月30日)、約2年続いたフジ土曜8時のコント55号冠バラエティが幕。
- フジテレビ系の『小川宏ショー』、『3時のあなた』の同月1日のカラー化に続き、同系列の関西テレビの土曜日の朝のワイドショー番組『ハイ!土曜日です』も、この日からカラー放送となる[38]。
- 東京12チャンネル(後のテレビ東京)、日本中央競馬会(JRA)主催の土曜日の競馬中継番組『土曜競馬中継』放送開始。当初はモノクロ放送だったが、半年後の10月3日からはカラー放送となった[39]。
- 5日 - フジテレビ系で、独身の芸能人がお見合いをするトーク番組『ラブラブショー』が放送開始( - 1979年9月30日)。これがきっかけで、関口宏と西田佐知子が結婚したのを始め、実際に結婚した芸能人カップルもいた(番組の項目を参照)。
- 6日 - NHKが番組改定。総合・教育合わせてのカラー放送の時間が1日平均13時間53分となる(前年度末よりも2時間10分増)。[6][40]
- 8日
- NHK総合で『日本史探訪』が放送開始[6][43]。歴史番組を定時放送するのはNHK・民放を通じて初となった[44]。
- NHK教育、幼児向け工作番組『できるかな』が放送開始[45]。初年度は「これは…です」というタイトルで放映され(「…」の部分には、最終的に作るものの輪郭が切り抜きスーパーで表示された)、ゴーくん(原口剛)を中心とした5人のお兄さん・お姉さんが共同で絵や工作をする番組だった[46][47]。翌年度からリニューアルされ、出演者が「ノッポさん」こと高見映(後の高見のっぽ)とキャラクターのペアになる。初代キャラクターはロボットみたいなので1973年度まで活躍(毎回作る物に合わせて名前が変わっている)、1974年度から2代目キャラクターの「ゴン太くん」が登場して番組のスタイルが定着し、1990年3月9日まで放送される長寿番組となった。
- 12日 - NHK総合(ラジオ第1同時放送)、日曜12時台に放送されていた視聴者参加番組『のど自慢素人演芸会』が、内容・演出を歌中心などに改めて再出発し、『NHKのど自慢』に改題して放送開始[6][48]。当初はモノクロ放送だったが、翌1971年4月から随時カラー放送となり、同年10月10日からは毎回カラー放送となる。以後、NHKの日曜昼の定番看板番組として定着、50年以上続く長寿番組となり、2025年8月現在も継続中。
- 29日 - NHK総合、1970年代に予想されるさまざまな問題を世界的な視野で取り上げる、マンスリー番組『70年代われらの世界』が放送開始( - 1975年11月27日)。この日の第1回は「若ものたちの道」を放送。[6][49][50]
5月
- 1日 - NHK総合、ベトナム戦争で米がカンボジアに介入したことを受け(カンボジア作戦)、レギュラー番組『現代の映像』をこの日はお休みし、特別番組『アメリカのカンボジア介入』を放送(モノクロ)。[6][51][52]
- 12日 - 瀬戸内海の広島県と愛媛県間で、旅客船を乗っ取った「瀬戸内シージャック事件」が発生。民放の広島テレビ放送・中国放送を中心に各社特別番組を編成。[6]
- 13日 - NHK総合、関東ローカルの報道番組『カメラリポート』(モノクロ放送)[注 6]で、 車の排気ガスによる鉛公害を告発した「牛込柳町交差点」を放送。[6][54]
- 27日 - NHK総合『70年代われらの世界』、この日の第2回では、公害問題を扱った『地球管理計画』を放送。ストックホルム(工場公害)・ニューヨーク(ごみ処理)・ロンドン(テムズ河の水質汚染)・富士市 (田子の浦のヘドロ)を結び、海外衛星中継を含んだ4元中継を行った。[6][55][56]
- 31日 - 日本テレビ系、『NNNドキュメント'70』にて、「安保自動延長の周辺」シリーズが放送開始。[6]
6月
- 7日 - フジテレビ系、『世界の中の日本・60 年安保と70年安保』シリーズ放送開始。[6]
- 16日 - NHK総合、『NHK特派員報告』にて、この日から3週連続に渡り「近代国家と政党」を放送。[6]
- 21日 - NHK総合、前月(5月)11日に、日本人として初めてエベレストの頂(8848m)に立った、日本山岳会エベレスト登山隊の松浦輝夫と植村直己が日本に帰国したのを受け、『日曜特集』で「エベレスト登山隊帰る」を放送(モノクロ)。[6][57]
- 28日 - TBS系、『東芝日曜劇場』にて、中部日本放送(後のCBCテレビ)制作によるドラマ『海のあく日』が放送(脚本:山内久、出演:栗原小巻・西村晃・大塚道子 ほか)。三重県志摩を舞台に、海女一家の日常生活を通じて、男女間、世代間、人生観の衝突を描いた内容で、同年11月3日にもこの年の文化庁芸術祭のテレビドラマ部門に参加することで再放送、同部門の芸術祭大賞を受賞。[6][58][59]
- 30日 - よみうりテレビ制作・日本テレビ系列の視聴者参加番組『スターと飛び出せ歌合戦』がこの日、前身の『アベック歌合戦』から数えて7年9ヶ月の幕を降ろす。
7月
- 5日 - TBS系、放送番組センターの制作番組第一号『地中海文明をさぐる』が放送開始( - 12月27日、全26回)。[注 7][60]
- 12日 - NET(後のテレビ朝日)系、東映制作・四代目中村梅之助主演の時代劇『遠山の金さんシリーズ』の第1作『遠山の金さん捕物帳』が放送開始( - 1972年9月30日)。[6]
- 26日 - NHK総合、全国46都道府県知事・54市長の公害アンケート結果を、『日曜特集』で「公害列島への提言」と題し放送(モノクロ)[61]。又、この日のニュースの時間内でも同結果を報道した(こちらはカラー放送)。[6]
- 月内 - フジテレビ系『FNN奥さまニュース』にて、この月から系列局5社(東海テレビ放送・富山テレビ放送・石川テレビ放送・福井テレビジョン放送・テレビ静岡)が「ヘドロ」、「カドミウム」、「排気ガス」など公害全11シリーズ、86回を共同編成。[6]
8月
- 4日 - NHK総合、『NHK特派員報告』で、シリーズ「ヨーロッパ '70」が放送開始( - 8月25日、全4回)。[6]
- 8日 - NHK総合、1970年度イタリヤ賞国際コンクールテレビドラマ部門参加作品『マザー』を放送(作・演出:佐々木昭一郎、出演:横倉健児、C・ジャヌレー ほか)[62]。後に翌年のモンテカルロ国際テレビ祭にも参加、同祭のゴールデンニンフ賞を受賞。[6]
- 9日 - NHK総合、この日放送のクラシック音楽番組『NHKコンサートホール』で、東京地区のみ、日本初の音声多重ステレオ放送を行う(当時は実験放送)[6][63][64]。同番組は同月23日にも東京地区のみでステレオ放送を行う[63][65]。
- 11日 - フジテレビ系の『テレビグランドスペシャル』で、水泳バラエティ番組『紅白スター対抗水泳大会』が放送開始。1972年9月に『テレビグランドスペシャル』が廃枠後は『火曜ワイドスペシャル』[注 8]に移動して『オールスター紅白水泳大会』と改題、1986年まで放送され、各局で放送される水泳バラエティ番組の先駆けとなる。なお初回は船橋ヘルスセンターで収録、翌1971年7月22日に放送された第2回から大磯ロングビーチに変更された。
9月
- 1日 - NHK総合、防災の日特集として、大地震の実験シミュレーションで巨大都市のぜい弱性を警告した特別番組『マグニチュード7.9』放送。[6][66]
- 13日 - 日本万国博覧会(大阪万博)閉会式をNHK総合・民放各局で生中継。[6]
- 15日 - NHK総合、敬老の日特集で番組『老人パワーは挑戦する』を放送。[6][68]
- 26日 - NHK総合、『こんにちは奥さん』にて、公正取引委員会の依頼で実態調査を行った、全国地域婦人団体連絡協議会の報告による「カラーテレビと二重価格」を放送。[6]
10月
この月から、TBS・フジテレビ・NETの民放3系列のゴールデンタイムに於ける全国ネット番組が、原則全面カラー放送となる。[2]
- 1日
- 3日
- 4日
- 日本テレビ系
- フジテレビ系日曜18時台前半枠で川崎のぼる原作のギャグアニメ『いなかっぺ大将』(タツノコプロ制作)が放送開始( - 1972年9月24日)。
- 9日 - NHK総合、連続ドラマ『男は度胸』放送開始( - 1971年10月1日。原作:柴田錬三郎、脚色:小野田勇、出演:浜畑賢吉・寺田農 ほか)。[6]
- 10日 - NHK総合、米ABC放映のドラマ『弁護士ジャッド』のシーズン2が放送開始(東京・大阪地区では2か国語放送)。[71]
- 12〜16日 - NHK仙台放送局、同総合テレビのローカル番組で、減反・過疎などの影響で転換期にある農村をテーマにした特集シリーズ『変ぼうする東北の農村』を5日間に渡り放送。[6]
- 13・20・27・11月3日 - NHK総合、『NHK特派員報告』で「生活優先への道」と題し4週に渡って放送。[6]
- 17日
- 22日
- 26日 - フジテレビ系、英BBCの性教育番組『メリーゴーランド』を放送。[6]
11月
- 14日 - RKB毎日放送、この年の芸術祭テレビドキュメンタリー部門参加のドキュメンタリー映画『詩編苦海浄土』を放送。石牟礼道子作による、水俣湾に排出された工業廃水に含まれた汚染物質で生じた奇病の苦しみと患者の尊厳を表現した『苦海浄土―わが水俣病』を、木村栄文の監督で映像化。同部門の芸術祭大賞を受賞。[6][59]
- 15・16日 - NHK総合及び民放各局、当時米領土で、琉球政府時代の沖縄において、日本国の衆議院・参議院の議員を選出する「国政参加選挙」が15日に実施されたのを受け、その投票終了後から翌16日にかけて開票速報や特別番組を編成。[6]
- 23日 - NHK総合、勤労感謝の日特番として『心理災害 ―単調労働リポートから―』を放送。[6][73]
- 25日 - NHK総合及び民放各局、三島由紀夫(作家)ら「楯の会」が市ヶ谷駐屯地に乱入して三島が割腹自決する一部始終を生中継。[6]
12月
- 1日 - NHK総合、『NHK特派員報告』にて、特集「マスコミと社会」が放送開始( - 12月29日、全5回)。[6]
- 4日 - NHK総合、『現代の映像』で「チッソ株主総会」を放送。前月28日に開かれた同株主総会にて、弁護士の後藤孝典氏が提唱した「チッソ一株運動」により、水俣病患者と支援者がが株主として東京の株主総会会場に乗り込み、直接企業の責任を追及した歴史的局面で、白装束の患者らが「ご詠歌」を唱えたり、壇上に駆け登って攻め寄る等、企業と激しい対立を起こし、公害の責任を厳しく問う異様な雰囲気の中で、企業の責任が社会的に大きくクローズアップされた模様をドキュメンタリーとして放送。後にこの回は第7回カンヌ中継・ルポルタージュ番組コンクールに参加、特別賞を受賞。[6][75][76]
- 4・5・11・12日 - NHK総合、『国会中継』で「公害関係法案連合審査」の模様を中継(衆議院が4・5日、参議院が11・12日)。[6]
- 9〜20日 - NHK総合、第6回アジア競技大会の模様を連日放送。9日の開会式はタイテレビ局の協 力で同競技初の衛星中継を実施[77]。[6][78]
- 16日 - NHK総合、ニュースの時間に、従来のカラーカメラの約50倍の感度を持つ超高感度カラーカメラを初使用[6]。年内では、同月31日の『ゆく年くる年』の洞海湾周辺と若戸大橋からの中継でも使用。[5]
- 20日 - 日本テレビ系の演芸番組『笑点』、前田武彦に代わり3代目司会者として、てんぷくトリオの三波伸介が登場。三波は1982年12月に死去するまで12年間にわたって司会を務めた。
- 28日 - TBS系、『ベルトクイズQ&Q』がこの日からカラー放送となる[79]。これを機に、民放の平日の正午の時間帯の帯番組のカラー放送化が進む。
- 31日
- TBS系、『第12回日本レコード大賞』の模様を生中継[80]。大賞は菅原洋一の「今日でお別れ」。
- NHK総合、『第21回NHK紅白歌合戦』放送。視聴率77.0%(前年比7.3%上昇。関東地区、ビデオリサーチ調べ)。
- NHK総合恒例の年越し番組『ゆく年くる年』が、この年からカラー放送となり、更に番組で初めて当時米領だった沖縄(番組内唯一のモノクロ中継)から中継を行った。[80][81]
- フジテレビ系列で年越し番組『オールスター年越し大バラエティ』を23:45 - 1971年1月1日1:15で放送[80]。司会は牧伸二。また番組内ではコミックバンド「ドンキーカルテット」が「解散式」を行い、翌1971年からリーダーの小野ヤスシは単独タレントに転身、残ったジャイアント吉田・猪熊虎五郎・祝勝は新たなコミックバンド「ジャイアント吉田とシンフォニックマッド」を結成する。なお1971年からはフジテレビ系列は年越し番組『ゆく年くる年』(民放版)に加わるため、1959年放送の『泣いて笑って59年』以来続いた「フジテレビ単独年越し番組」はこれが最後となる。
その他テレビに関する話題

(5月5日)
- 1月1日 - 日本教育テレビ(NET、後のテレビ朝日)をキー局とするオールニッポン・ニュースネットワーク(ANN)結成(ニュースネットワークとしての正式な発足は1974年4月1日)。発足時に12局が加盟。[注 12][6][9][10][11]
- 2月 - 電電公社、1968年の十勝沖地震による通信途絶事故の対策として、一方の回線が途絶しても、もう一方から伝送できるようにする為の、テレビ中継回線の全国ループ化整備が完成する(詳しくは、「NTT中継回線#概要」内の「年表」の欄を参照)。
- 4月 - 日本テレビ、夜のゴールデンアワーが全面カラー化。[注 13][2][82]
- 4月1日
- 5月5日 - 静岡放送(SBS)がこの日、本社・演奏所が静岡市紺屋町(後の葵区紺屋町)の静岡新聞社内から同市石田(後の駿河区登呂)の静岡新聞・放送会館[注 14]に移転、稼働開始。
- 9月11日 - フジテレビ、報道番組関係を除く制作部門の独立化を発表。
- 10月1日
- 10月5日 - TBS、ゴールデンアワーの番組が全面カラー化(TBSローカルの「お天気メモ」を除く)。[注 16][2][84]
- 10月21日 - TBS系で1967年12月17日に放映された『ウルトラセブン』第12話「遊星より愛をこめて」の内容が、原爆被爆者を怪獣扱いしているとの被爆者団体からの抗議を受け、制作会社の円谷プロダクションが謝罪、第12話を欠番とすることを決定。
- 11月10日 - 日本テレビ、東京タワーに送信所を移転。[6][85]
- 12月1日 - 広島県の民放第3局となる広島ホームテレビ(UHT、後のHOME)開局。[6]
開局
周年
番組
開局・放送開始
- 3月16日 - 山形放送テレビジョン放送開始10周年。
- 4月1日
- 6月1日 - 福井放送、琉球放送テレビジョン放送開始10周年。
- 7月1日 - NHK宮崎テレビジョン放送開始10周年。
- 8月1日 - NHK函館教育テレビジョン放送開始10周年。
- 9月1日 - NHK室蘭教育テレビジョン放送開始10周年。
- 10月1日 - 宮崎放送テレビジョン放送開始10周年。
- 11月1日 - NHK旭川、福島教育テレビジョン放送開始10周年。
- 12月1日 - NHK仙台教育テレビジョン放送開始10周年。
- 12月23日 - NHK盛岡教育テレビジョン放送開始10周年。
記念回
- 100回以上
- 笑点(日本テレビ)200回 - 1月
- 夜のヒットスタジオ(フジテレビ)100回 - 9月21日
- クイズタイムショック(NETテレビ)100回 - 11月
視聴率
(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)
報道
- ニュース(NHK総合、4月3日 7:00-8:12)46.2%
- スタジオ102(NHK総合、4月1日)44.6%
- ニュース(NHK総合、7月6日 7:00-7:20)43.1%
- 特番・よど号の乗客帰る(NHK総合、4月3日 19:30-21:30)43.0%
- 7時のニュース(NHK総合、4月3日)40.9%
- カメラリポート(NHK総合、4月1日)40.8%
- 特番・帰ってきたよど号(NHK総合、4月5日)40.2%
- ニュース(NHK総合、4月3日 8:30-8:45)39.6%
- JNNフラッシュニュース(TBS、12月5日)39.6%
- 第25回原爆慰霊平和祈念式典(NHK総合、8月6日)37.9%
スポーツ
- プロボクシング世界フェザー級タイトルマッチ「西城正三×ゴトフリー・スチーブンス」(日本テレビ、2月8日)46.3%
- プロボクシング「小林弘×西城正三」(日本テレビ、12月3日)45.3%
- 世界フェザー級タイトルマッチ「ジョニー・ファメション×ファイティング原田」(フジテレビ、1月16日)41.6%
- サンデーワールドボクシング(日本テレビ、7月5日)38.6%
バラエティ・歌番組
- 第21回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)77.0%
- 8時だョ!全員集合(TBS、12月26日)45.7%